1003.スライムの、都市伝説。

「そこで騒いどるのは、クレーター子爵家のボコイか!? 何事だ?」


 誰何しながら歩み寄ってきたのは、ムーンリバー伯爵だった。

 打ち合わせを終えたようだ。


「閣下、実は此度の魔物騒動で、我が家のスライムと馬がいなくなったのです。民を救ったというのは、我が家のスライムたちなのです。どうか探すのを手伝っていただきたい」


「何を馬鹿なことを言っておる。そなたの家のスライムではない。シンオベロン卿が使役しているスライムたちだ」


 伯爵が改めて断言した。


「な……そ、それは見つければわかることです。おお、中区の衛兵隊長、お主の管轄であろう? 早く探してくれ!」


 アホ貴族は、失礼にも話の途中で後ろにいた中区の衛兵隊長に声をかけた。


「馬鹿者が! 貴様はこの状況がわからんのか!? 人々が大変な目に合っているときに、よくスライムを探せとのうのうと言えたものだ。そうであろう……区隊長?」


 伯爵は、アホ貴族を怒鳴りつけるとともに、中区の衛兵隊長に釘を刺すような……圧を込めた視線を向けた。


「はい……」


 中区の衛兵隊長は、渋い顔で同意した。


 この人は、俺に冷たい視線を浴びせていた人の一人だ。

 伯爵のことをよく思っていないっぽい。


 なんとなくだが……迷宮都市は、大きな都市で貴族が数多くいると言っていたから、派閥みたいなものがあるのかもしれない。

 もしそうだとしたら、この人はきっと伯爵側ではない人なのだろう。

 まぁ派閥争いなんて、勘弁してほしいけどね。


「隊長、何をしておる!? 部下に命じてくれ! せっかく百七体まで集めたのだ。あと一体だったのに……」


 アホ貴族が、激昂している。

 本当に空気の読めない奴のようだ。

 ただそんなことよりも……奴の発言が気になる。

 どういうことだ……?

 百七体に意味があるのか……?

 いや……あと一体ということは……百八体集めたかったということなのか……?


「全く救いようがないのう。そんな都市伝説を信じておるのか!?」


 今度はギルド長が、呆れ顔で吐き捨てた。

 都市伝説……?


「この非常時に、公務を妨害するならば、貴様を拘束するぞ!」


 伯爵がすごい圧で睨みつけた。


「お、おのれ……伯爵、後悔しても知りませんぞ!」


 アホ貴族は、捨て台詞を吐いて走り去った。

 伯爵に捨て台詞を吐くなんて……大丈夫なんだろうか?


「まったく……あの家にも困ったものだ。非常時だと言うのに。息子はあんな馬鹿息子で、親父は状況確認にすら現れない……」


 伯爵が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「大方、溜め込んでいる資産が心配で、屋敷にいるのじゃろう。奴の屋敷も、少しは被害を受けたみたいじゃからのう」


 ギルド長が再び呆れ顔だ。


 アホ貴族は、二十代後半くらいに見えたが、その父親がいて、親子揃って問題ということのようだ。


 どう見ても、面倒くさそうなので、できれば関わりたくない。

 スライムたちや馬たちを俺が助け出した事は、誰にもわからないだろうから、完全スルーでいきたいね。


 それはそうと……さっきの都市伝説というのが気になる。


「ギルド長、テイマーとして少し気になったのですが……彼がスライムを集めていたのは、何か都市伝説のようなものがあってなのでしょうか?」


「おお、そうなのじゃ。テイマーの貴公でも聞いた事はないようじゃのう。まぁその伝説は、この『アルテミナ公国』でしか広まっていないからのう。根拠など無いものじゃよ。歴史書や英雄譚などで語られているわけでもない。いつの頃からか、まことしやかに言われているだけなのじゃ」


「それはどういう内容なのでしょうか?」


「ほほう、興味があるようじゃのう。それは……スライムを百八体集めて、満月の夜に神に捧げると、その者に幸運が訪れるとか特殊な力を授かるとか……言われておるのじゃ」


「それはまったくのデタラメなのでしょうか?」


「多分そうじゃろう。出所がわからんし……昔の神官が啓示を受けたとかいう説もあるが、はっきりしておらん。そして実際それを成し遂げた者もおらんのじゃ。いくらスライムとはいえ、百八体も使役することは、普通はできんからのう。それをあのバカ息子は、百八体揃えようとしておったようじゃ。前にテイマーを集めておったから、多くのテイマーを使ってやり遂げようとしておったのじゃろう……」


「生贄に捧げるというのは……?」


「スライムたちをまとめて殺すということじゃろう」


 ……なんて奴だ。

 スライムたちを助けてよかった。


「酷い話ですね。この迷宮都市でスライムを見かけないのは、彼が捕まえてしまったからなのでしょうか?」


 多分そうだと思うが、一応確認してみた。


「そうじゃのう……それもある。だが元々『アルテミナ公国』は、最近ではスライムが少なくなっていたのじゃ。この都市伝説があるせいか……スライムを捕まえようとする者も、結構いるからのう。この国のスライムたちは、人族の住む場所には寄り付かんのじゃ。愛想を尽かされておるのかもしれんのう」


「スライムたちが幸運をもたらすという都市伝説が広まっているのに、スライムは大事にされていないのですか?」


「そうなのじゃ。全く愚かしいことよ。あくまで神への供物としか思われていないようじゃ。スライムたちは、人間の暮らしを助けてくれる素晴らしい生き物なのにのう」


「本当ですね。とても許せません」


 スライムは、俺的には……ある意味、この世界の最強生物だと思う。

 だが、そのスライムの凄さを知っている人は、ほとんどいないんだよね。


 スライムたちは、大体レベル5を超えると分裂してしまって、低レベルのものしかいないのだ。

 本来の凄さが発揮できていないんだよね。


 もっとも、高レベルにならなくても……スライムたちがいてくれたら、街のゴミを片付けてくれたり、水を綺麗にしてくれたり、いろいろ役立ってくれる。

 存在自体も、めっちゃ可愛いし。

 なぜ大事にしないのか……本当に愚かしいことだ。


 この街で、敢えてスライムたちを連れて歩いて、スライムの素晴らしさを啓蒙しようかな……。


 そんなことを考えていたら、伯爵が先程のアホ貴族について、少し教えてくれた。


 クレーター子爵家という名門貴族の跡取り息子らしい。

 クレーター子爵は、この迷宮都市の商業市政官という役職についていて、『商業ギルド』や商人たちの監督をする仕事をしているのだそうだ。


 力のある上級貴族で、現在の公王に取り入っているので、問題行動があっても、かなり大きな問題を起こすとか、悪事の証拠がない限り、どうしようもないらしい。


 少し茶化すようにギルド長が口を挟んで教えてくれたが、伯爵の反対勢力らしく、やはり俺が予想した通り派閥争いのようなものがあるのだそうだ。


 この会議に集まったメンバーの中だと、中区の区政官と中区の衛兵隊長、北区の衛兵隊長がクレーター子爵派らしい。

 ギルド長が、こっそり耳打ちしてくれた。

 さすがに、あからさまに伯爵や他のメンバーの前では言えなかったのだろう。

 言われてみれば、その三人は、俺に対して冷ややかな視線を送っていた人たちだ。


 本当に面倒くさそうな予感しかしない。

 この都市の中での派閥争いになんて、絶対に巻き込まれたくない。

 なるべく関わらないようにしよう。




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