1002.アホ貴族、登場。

「まぁ……あなたがシンオベロン卿ね。私はムーラン=ムーンリバーと申します。ムーンリバー伯爵の娘です。この度は、父や義姉そして子供たちを助けていただき、ありがとうございました」


 炊き出しの準備を進めていて俺に声をかけてきたのは、黒に近い濃い紫色の髪のロングにしたスレンダーな美人さんだ。

 ムーンリバー伯爵の娘さんか……。


「はじめまして、グリムと申します」


「私はお店にいたのですが、あなたのお仲間たちのお陰で大きな被害を出さずに済みました。我が一族を助けてくれたこと、『ゲッコウ市』の人々を助けてくれたことに、改めて深く感謝いたします」


 お店というのは……『フェファニーレストラン』か装飾品店の『フェファニー』のことだろう。


「私たちにできることをしただけですから、どうぞお気になさらないでください」


「ムーランおばさま」


 ルージュちゃんが、駆け寄って来た。


「ルージュ、よかった……あなたが無事で」


「リリイとチャッピーが助けてくれたの」


 ルージュちゃんが、後を追って来たリリイとチャッピーを紹介している。


「あなたたちが、リリイとチャッピーね。ルージュと家の者たちを助けてくれて、ほんとにありがとう」


 ムーランさんは、涙ぐんでいる。

 そして、リリイとチャッピーをまじまじと見つめている。


「友達は、絶対に助けるのだ!」

「そうなの〜。友達をいじめる奴は、やっつけちゃうなの〜」


 二人は、少し誇らしそうに胸を張った。


「ほんとにいい子たちね。ありがとう」


 ムーランさんは、そう言うとリリイとチャッピーを抱き寄せた。

 リリイとチャッピーは、嬉しそうな顔をしている。


 このムーランさんという人は、子供好きないい人のようだ。

 伯爵家の中では、一番わかりやすいかもしれない。

 伯爵は腹の底の読めない感じだったし、次男の衛兵隊独立部隊隊長のムーニーさんは、目が細すぎていまいち感情が読み取りにくかったからね。


 ムーランさんともう少しだけ話をしたが、彼女は伯爵の第三子で長男のムーディーさんと次男のムーニーさんの妹ということだった。


 伯爵家で行っている事業を取り仕切っていて、普段は『フェファニーレストラン』で仕事をしているのだそうだ。

 装飾品店『フェファニー』の方は、マネージャーに任せていて、たまにしか顔を出さないらしい。

 今度、両店に俺たちを招待してくれると言ってくれた。


 実はニア、リリイ、チャッピーたちが朝食を食べに『フェファニーレストラン』に向かっていたお陰で、中区に現れた魔物たちに対処できたという裏話をしたら、驚いていた。


「私も炊き出しのお手伝いをいたします。何をしたらよろしいかしら?」


「ありがとうございます。では、子供たちと一緒に炊き出しをする旨の告知をして、人々を集めてもらえますか?」


「分りました。では早速、被災した人々を集めて参ります」



 人が集まってくるとスペースがなくなる可能性があるから、今のうちに魔物の死骸を取り出して肉の準備をしよう。


 ……改めて見ると……猪魔物、バッファロー魔物、鶏魔物、ワニ魔物……ここでよく食べられているメジャーな肉四種類だ。

 その肉が、結果的に大量に確保できた状態である。

 まぁ大きな被害が出ていないから、そんなのん気な感想が言えるけどね。


 ここは豪勢に四種類とも肉串にして、皆さんに思いっきり食べてもらおう。



 ……手伝ってくれている人たちに、肉を切って串に刺したり、焼いてもらったりして、炊き出しを開始した。


 焼肉のいい匂いに釣られてか、どんどん人が集まってくる。

 告知をしてくれているムーランさんと子供たちも頑張ってくれているようだ。


 そんな中、一人の貴族らしき若者が、騒いでいる。


「いいから中区の衛兵隊長を呼んでくれ! 急用なのだ! 私のスライムと馬を探さねばならない!」


 伯爵の執事が止めているのだが、押しのけながらどんどん入ってくる。


 話の内容が聞こえたが……どうも奴があのスライムたちを監禁していた貴族らしい。


「ボコイ殿、この非常時に何を騒いでいるんです!」


 強い語気で問い詰めたのは、告知から戻ってきたムーランさんだった。


「おお、ムーランか! いいから中区の衛兵隊長を呼んでこい! 中に集まっているのだろう?」


「今後の対策を話し合っているところですよ。それを知っていて、呼べと言うのですか!?」


「ああそうだ! 一大事なのだ! 私が集めていたスライムと我が家の馬たちがいなくなったのだ。探してもらわねばならん!」


「……そんな話ですか? 人が何人も大怪我をして、家も失っているというのに……」


「何を言う、あのスライムたちを集めるのにどれだけ苦労したと思っている? それにスライムたちと馬たちが、人々を救ったと言うではないか? それは我が家のスライムと馬たちだ! 私が助けたも同然だぞ!」


 騒いでる貴族がそんなことを大声で言ったもんだから、炊き出しに来ている人たちが驚いて貴族の方を見た。


 そして皆ひどく冷めた顔をしている。


「何を馬鹿なこと言っているのです。人々を救ったのは、こちらにいるシンオベロン卿のスライムたちです!」


 おっと、何気に巻き込まれてしまった。

 完全に巻き込み事故にあったような気がする。

 でも……奴が監禁していたスライムたちや飼育していた馬たちを救出したのは俺だから、巻き込まれても文句は言えないが……。


「なんだと!? じゃぁ貴様だな、私のスライムや馬を盗んだのは? この泥棒め!」


 このアホ貴族……ろくに確認もせずに、初対面の俺に怒鳴りつけてきた。

 無茶苦茶な理屈で、泥棒呼ばわりしているが……実は核心をついていて当たりなんだけどね。

 まぁ俺的には、泥棒したわけではなく救助しただけだが。


 当てずっぽうだが、偶然核心をついているこいつの指摘を認めるわけにはいかない。


「あの……何のことでしょうか……?」


「とぼけんな! お前が我が家にいたスライムと馬を盗んだのだろう!?」


 その通りだけどさ。

 そして、嘘を答えるのは気が引けるなぁ……。


「私が連れているスライムたちは、私が連れて来たスライムたちです。それに……盗まれた馬というのは何色でしょうか?」


「なんだと!? ふん、馬たちは茶色だ! それがなんだというのだ!」


「そうですか。やはり勘違いのようですね。私の馬たちは、白です」


「な、なんだと!? き、貴様は、私を馬鹿にするのか!?」


 なにそれ!?

 どういう理屈で怒ってるわけこいつ……?

 事実を指摘したことが、馬鹿にしてることになるわけ?

 てか、馬鹿にしてるけどさぁ。


「見苦しいですよ、ボコイ殿。やめなさい、人々が苦しんでいる時に」


 ムーランさんが、めちゃめちゃ冷たい視線で睨みつけた。


 このアホ貴族……どうしてくれよう……?

 せっかく人々に元気になってもらおうと炊き出しをしているのに、ほんとに迷惑な奴だ。




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