1001.炊き出しの、準備。
伯爵に促され、会議のメンバー全員で中庭に移動した。
確かに、子供たちが駆け回れるような広いスペースがある。
ここなら仮設住宅が出せる。
俺は、ピグシード辺境伯領の『マグネの街』に設置したのと同じログハウスタイプの仮設住宅を、魔法カバン経由で『波動収納』から取り出した。
「おお……すごい……。こんなものを魔法カバンに……しかも五十個以上あるというのか……」
伯爵が驚きの声を上げた。
「これはすごいのう。仮設住宅というより、普通に住める家ではないか」
ギルド長がそんな感想を漏らしながら、仮設住宅の扉を開けた。
「みんな見てみるのじゃ、本当にしっかりとした家だぞ。こんなものを五十個も……いったい、いくらで提供してくれるのじゃ?」
ギルド長に、値段を訊かれたが……値段は考えていなかった。
前にアンナ辺境伯がつけてくれた値段はあるけど……。
……ここはダメ元で言ってみよう。
「値段は結構です。あくまで仮設の住宅ですので、無料でお貸しします。もちろん、もし住まれる方が気に入って購入したいということになれば、値段を設定して販売することもできますが……」
こんな話をユーフェミア公爵やマリナ騎士団長にしたら、ダメな子供を見る目で見られてしまうが……国が違うから、ダメ元でそんな提案をしてみた。
「なんと! 無償でこれを提供してくれるというのか!? 使わなくなったら、ただ返せばいいのか?」
伯爵が目を丸くした。
「ええ、それで構いません」
「こりゃ……まいったのう、伯爵。無償というわけにはいかないが……この仮設住宅はものが良すぎて、値段をつけるとなるとかなり高額になりそうじゃしのう。そんな予算、いくら伯爵でも、独断では使えんじゃろう? 判断が難しいのぉ。おそらく公都に報告をあげても、予算は認めんじゃろう。どうせ……野宿する場所でも提供すれば良いくらいにしか考えんじゃろうからのう」
ギルド長が、苦虫を噛み潰したような顔をした。
ギルド長も、公都には腹に一物あるようだ。
「あの……そういう事情があるのでしたら、尚更遠慮せずに使っていただいた方がいいと思います。行政としては被災した人々に避難生活を送るための土地を提供しただけで、私が勝手に被災者支援のために家を提供したということにしたらいいんじゃないでしょうか? 何よりも大事なのは……被災した人々が元気になって、早く立ち直ることだと思います」
俺は、少しだけ語気を強めた。
「うーん……そうだな……シンオベロン卿の言う通りだ。何よりも被災した人々の生活のことを考えてやらねばな。体面を気にしている場合ではない。わかった、貴公の言葉に甘えよう。仮設住宅を設置する場所は、すぐに用立てする。貴公に対する恩は、ここにいる皆が忘れずに覚えておく。何かで返せるときには返す。皆……良いな?」
伯爵がそう言って皆に視線を受けると、みんな黙って頷いていた。
さっき俺に冷ややかな視線を向けていた人たちは、なんとなく不服そうな顔だ。
「ありがとうございます。恩とかは別に構いませんので、気にしないでください。それからもう一つお願いというか……提案なのですが……被災した人たちに、今から炊き出しをしてはどうでしょう? ちょうどお昼ですし、許可していただけるなら、この臨時の救護所になっている場所で、炊き出しを行いたいと思います。倒した魔物の肉を、焼いて提供するだけでいいと思います。問題なければ、慣れている私たちが運営いたしますが……」
「おお、そうだな。確かにみんなお腹を空かせているだろう。炊き出しの件は、了承した。貴公に任せよう。我々は、まだ打ち合わせをせねばならぬことが残っているからの。それにしても……貴公は、細かいところまで気が回るのだな」
「いえ、『コウリュウド王国』で私の仕えているピグシード辺境伯領は、悪魔と魔物の襲撃で壊滅状態に追い込まれました。その時の経験が生きているだけです」
俺は、そう答え苦笑いした。
伯爵たちは、黙って頷いていた。
「それでは、私は炊き出しに取り掛かりたいと思いますので、失礼いたします」
俺はそう言って、会議室を出た。
◇
太守屋敷の正門からエントランスまでの間にできた臨時の救護所及びエントランス前の広場を使って、炊き出しの準備を始めた。
俺、アイスティルさん、『コボルト』のブルールさん、リリイ、チャッピーを中心に準備を進めているが、伯爵の孫娘のルージュちゃんと屋敷の使用人の皆さんが、手伝いを申し出てくれた。
「グリムさん、こちらにいらしたんですね。ご活躍は聞きました。もう噂になっていますよ」
そう言いながら現れたのは、『ヨカイ商会』のメーダマンさんだ。
心配して、南区から中区まで来てくれたようだ。
一緒に冒険者パーティー『
話によると……彼らは『冒険者ギルド』の要請に応じ、南門に集結し、迫りくる魔物を倒そうとしていたそうだ。
だが、要請が出てから出動した冒険者が集結したのは、俺がバッファロー魔物と戦っている頃で、出番はなかったとのことだ。
外壁の上から、俺の戦いの様子を見ていたようで、改めて強さに驚いたと言われてしまった。
「そうだ、グリムさん、私たち『
猫亜人のニャンムスンさんが、そんな話をしてきた。
彼女は……めちゃめちゃ色っぽい外見なのだが、話し方は普通に可愛い感じだ。
そして何故か……途中から頬を赤らめていたが……。
それにしても……リーダーが交代したのか。
もう少し話を聞いたが、リーダーだった鼠亜人のラットマンさんは、本人の希望でリーダーをニャンムスンさんに譲ったようだ。
彼がうまい話に引っかかって、仲間たちが奴隷になってしまったので、今後活動を再開するにあたって、リーダーを辞したいと申し出たとの事だ。
そう説明しながら、彼は恥ずかしそうに頭を掻いていた。
今までも、『
本格的に、活動を再開するそうだ。
冒険者に顔が広いようなので、これから頼りにさせてもらおうと思う。
「グリムさん、私たちも手伝いますよ。『コロシアム村』の炊き出しで、すっかり慣れてますから」
メーダマンさんがそう言うと、『
確かに彼らは、『コロシアム村』の炊き出しの時に、手伝ってくれていたからね。
炊き出しをやるには、人手が足りなかったので大助かりだ。
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