998.掃討後の、問題。
「シンオベロン卿、私はムーンリバー家の嫡男ムーディーといいます。ニア様とこの子たちに助けられました。ここに来てもらえなければ、今頃は皆死んでいたでしょう。特に私の妻は、死から生き返ったも同然です。なんと感謝をしていいか……」
俺に話しかけてきたのは、ムーンリバー伯爵の長男のムーディー氏だ。
昨日訪れたときには、会っていない。
ルージュちゃんの父親でもあるようだ。
「助けることができて、良かったです。我々は、できることをしただけですから、どうぞお気になさらず……」
「そういうわけにはいかん。シンオベロン卿、私からも礼を言う。我々を救ってもらい、この『ゲッコウ市』を救ってもらった。
南門の事についても、今さっき知らせが来た。南門でキングボア率いる猪魔物の群れと、キングバッファロー率いるバッファロー魔物の群れを、ほとんど貴公が倒したと聞いた。
貴公がいなければ、甚大な被害になっていただろう。
それからニア様から聞いたが、北区でもワニ魔物の群れが現れたのだろう? いずれ私のところに知らせが来ると思うが、よければ状況を教えてもらえないか?」
伯爵も話に入ってきた。
「はい。実は北区の戦場を取り仕切っていた『冒険者ギルド』の副ギルド長のハートリエルさんから、伯爵への報告も頼まれていたところです」
「そうか……では早速で申し訳ないが、教えてもらえないか」
「はい。北区にはワニ魔物の群れが押し寄せ、北門の一部が破壊され、内部への侵入を許してしまいました。ですが、衛兵と冒険者が力を合わせ、撃退しました。それから外壁に押し寄せていたワニ魔物の撃退中に、後方からワニのキング……キングクロコダイルが現れましたが、これも撃退。皆で力を合わせ、残るワニ魔物を掃討しました。ハートリエルさんの迅速な指示で一般人は避難していたので、北門前広場に魔物に侵入されたといっても、一般人に被害はありません」
「なんと、ワニ魔物のキングまで出たのか!? ……シンオベロン卿……報告はありがたいのだが……できれば正確にしてもらいたい。とてもじゃないが、北区の戦力でワニ魔物のキングを倒せたとは思えない。貴公が倒したのだろう? もっと言えば……通常のワニ魔物も、ほとんどは貴公や仲間が倒したのではないか? 衛兵やあの地区に多い若手の冒険者では、倒せないだろう?」
伯爵は驚きつつも、渋い顔で俺を見た。
「まぁ……キングは巨大でしたので、私が何とか倒しましたが……」
俺はそう言って、苦笑い……。
「まぁ良いわ……。いずれ正確な報告が入るだろう。現時点での情報で判断すると、北区も南区も一般人に被害は出ていないようだ。北区で戦った者に死者は出たかね?」
「正確に確認したわけでは無いのですが……多分出ていないと思います」
「なるほど……南区の戦いでも、死者は出ていないとの事だった。外壁から落ちて命を落としそうになった者は、シンオベロン卿が救ってくれたと報告が入っている……」
伯爵が俺を見て、ニヤっと笑っている。
俺は、苦笑いしつつスルーだ……。
「……一番被害が大きいのは、この中区だろう。空から侵入されたのが大きい。死者が出ていなければ、良いのだが……」
伯爵は顔を曇らせた。
「そうですね。そのためにも、全体の状況を確認したいところですね」
「ああ、この中区については、既に部下に調査に行かせた」
そう言いつつ伯爵の目線が動いた。
部下と思われる三人が、伯爵に耳打ちした。
報告を受けながら、半笑いで俺の方を見ている。
……なんだろう?
「シンオベロン卿……この中区全域で多くのスライム、白馬、犬などが駆け回っていて、魔物を倒したり、人を救助したり、回復したりしていたそうだ。そんな証言が相次いでいる。それらの者たちは……君が使役している動物たちなのか?」
「……はい。ただ……私はテイマーですが、使役というよりは仲間です。『コウリュウド王国』では、“妖精女神の使徒”と言われていました。こういう災害時の人命救助には、慣れているのです」
隠してもしょうがないので、認めた。
どうせ“妖精女神の使徒”の話も、噂で広まっているだろうからね。
「やはりそうなのか……。中区でも、多くの命が貴公たちに助けられたようだな。今のところの報告では、死者はいないそうだ。もし本当に死者が出なかったなら……奇跡としか言いようがない……。ニア様の蘇生も奇跡の御技だしな……。死んで時間が経った者でも、ニア様は蘇生させられるのだろうか?」
ニアが治療中でここにはいないので、何故か俺に訊いてきた……。
「ニアの蘇生は……正確には、死にかけている人を救っているだけで、完全に死んでしまった人を生き返らせるわけではありません」
「そうか……やはり完全に死んでしまった者を、生き返らせることはできないのか……」
伯爵は神妙な顔で考え込んでしまった。
「ベニーが救えたのも……他にも死んだと思われた者を何人もニア様が救ってくれたのも……素早い救助のお陰とも言えるわけだ。貴公や仲間たちには、本当に感謝の言葉もない……」
伯爵は、そう言って俺に頭を下げてくれた。
ベニーさんと言うのは、おそらくルージュちゃんの母親のことだろう。
たしかに、仲間たちがよく頑張ってくれたと思う。
そして、リンちゃん達『スライム軍団』を投入したことが大きかった。
そのお陰で、もしかしたら死者が出ないで済むかもしれない。
「どうかお気になさらないでください。我々はできることをしただけですし、何よりも運が良かったと思います。神の導きかもしれません」
「ああ、そうだな。この国を守護してくださっているアルテミス様の導きでもあるだろう」
伯爵は天を仰ぎ、祈りを捧げている。
「伯爵、無事でしたか? おお、シンオベロン卿もいた! これはちょうどいい」
声を張り上げて走ってきたのは、ギルド長だった。
急いで中区までやって来たようだ。
「ギルド長! ニア様に助けてもらったのだ。危うく死んでいたところだよ」
「そうじゃったか。南門もあわや大惨事じゃった。シンオベロン卿がいなければ、どうなっていたかわからん。もちろん強い冒険者たちもいたのじゃが、犠牲者はかなり出たはずじゃ……」
「北区には、ワニ魔物の群れが押し寄せたらしいのだ。それもシンオベロン卿が対処してくれたようだ」
「ああ、そのようじゃな。ここに来る途中、伝令の者と会って大体の状況を聞いておる」
ギルド長がそう言って、俺に感謝の眼差しを向けた。
「私と言うよりは、ハートリエルさんが、全体を指揮していたのが大きいと思います」
「ああ、それもあるだろう。あの子がいてくれてよかったのじゃ」
「ギルド長、状況の調査とこの後の対処について話に来たのだろう?」
伯爵の指摘に、ギルド長がポンとおでこを叩く。
「そうじゃった。一番の問題は、魔物の死骸じゃ。これを処理してしまわないと、下手したらアンデッド化する恐れがある。だがこれほどの数がいると、運ぶだけでも大変じゃ。ギルドにある魔法の宝箱で、南区の魔物の死骸を回収させているが、容量無限と言うわけではないからのう……」
「確かにそうだな。私もそれを考えていた。一度にこれほどの死骸が出ると、衛兵を総動員しても解体が追いつかない……」
「あの……もしよろしければ、私がお力になれると思います。妖精族の秘宝の魔法カバンを持っています。すごい容量があるので、なんとか今回の魔物の死骸を回収できると思います。一時的に私が回収すると言うことでよろしければ、協力いたしますが……」
「なんと、それは本当か!?」
「これだけの魔物を回収できる魔法カバンがあるのかい!?」
「ええ、妖精族からお借りしている魔法カバンがいくつかありますので、それを全て使えば何とかいけると思います」
俺はいつも通り……適当な説明をした。
本当は『波動収納』に回収するだけなのだが、そのスキルの存在は秘密なので、妖精族の秘宝といういつもの手を使ったのだ。
そして今回は数が多いし、それぞれの魔物がデカいから、秘宝の魔法カバンがいくつもあるということにしたのだ。
「頼んでも良いのか? ……ただこれだけの騒ぎだ、公都に報告を上げねばならんから、魔物が何体いたか確認せねばならん。後日、また出してもらうことになるが……」
「はい、それはいつでも構いません。ただ数がわかれば良いのであれば、回収の時に数えておきます」
「それは助かる! では頼む。私が書状を出すので、北区と中区の魔物を頼む。ギルド長、南区はギルドの魔法の宝箱で足りそうかね?」
「いやー、厳しいじゃろう。特にキングボアとキングバッファローは巨大じゃからな」
「であれば、南区にも回収に向かいます」
「そりゃあ助かるわい。すまんのう」
「では早速、回収に行ってきます」
俺は、伯爵が作った『魔物の回収に関する指示書』を持って、魔物の回収に向かった。
伯爵は、現場で衛兵の横槍が入らないように、伯爵の勅命であることを示す指示書を発行してくれたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます