978.お酒の力で、商談成立。
「ギルド長、それで先程の私の話ですが……一度この味を知ってしまったら、いかに安い物がいい冒険者と言えども、このエールを選ぶのではないでしょうか?」
俺は、ご満悦のギルド長に、ここぞとばかりに切り込んだ。
「そりゃそうじゃ。間違いない! この味を知ったら、今までのエールはもう飲めん。お主の言う通りだ。お主が言っておるのは、こういうことなのじゃな。こういう提案をしてくれるということなのじゃな?」
「はい、そうです。この『唐揚げ』については、もし『ヨカイ商会』で納入させていただくことになった場合には、レシピを無料で提供いたします」
「なんとレシピを、ただで教えると言うのか?」
「はい、そのかわりに『唐揚げ』に必要な食材や調味料を納入させていただくので、損はありません。もちろん肉は、ギルドに冒険者が持ち込んだ魔物肉が豊富にあることは存じておりますので、肉以外の材料で結構です」
「なるほど、さすが商売人じゃのう。『ヨカイ商会』を納入商会に指定すれば、この美味いエールが毎日飲めて、『唐揚げ』も食える……ワッハッハ、もう断るわけにはいかんのう。と言うよりも、納入商会になってくれと頼まざるを得ない。
シンオベロン卿は、商才もずば抜けておるようじゃ。実際に飲食させたのは大正解じゃよ。
商売とは物を売り込むことではなく、買いたいと思わせることだと前に知り合いの商人が言っておった。まさにそれを地で行っている。
ワシは見事に、シンオベロン卿の術中にはまったようだ。ワッハッハ。
『ヨカイ商会』に、ギルドへの納入をお願いしたい。納入価格に問題があるものは、個別に相談しようではないか」
ギルド長は愉快そうに笑って、メーダマンさんに手を差し伸べた。
「本当ですか!? ありがとうございます」
メーダマンさんは立ち上がって、ギルド長の手を握り返した。
嬉しそうだ。
「ギルド長、ありがとうございます」
俺もお礼を言い、頭を下げた。
俺の思っていた展開で、商談成立となった。
心の中でガッツポーズだ。
「ギルド長、それで納入はいつからになりますか?」
メーダマンさんは、早速仕事の段取りを考えているようだ。
「現在の納入商会の事情は、この前も説明したが、次の納入先が見つかるまで、解散を待ってくれておったのじゃ。次が決まったと連絡すれば、すぐに資産を精算して解散するじゃろう。資産が、いかに早く精算できるかによるが、それほどはかからんじゃろう」
「そうですか。では早速準備に取り掛かっておきます。今後も適宜打ち合わせをお願いします」
「あいわかった。打ち合わせをした後は、冷えたエールが飲みたいのう……」
ギルド長がねだるような視線を、メーダマンさんと俺に向けた。
「そうですね。グリムさんにお願いして、打ち合わせのときには冷えたエールをお持ちします。ご安心ください」
そう言いながらメーダマンさんが俺に視線を流したので、首肯した。
「それはそうと……シンオベロン卿……もしよければだが……その商会の資産を買ってやってくれないかね?
事情はメーダマンさんから聞いているかもしれないが、ご主人を亡くして商会幹部も同時に亡くして、残された奥さんが可哀想でのう。
娘の嫁ぎ先に行くとは言え、肩身の狭い思いをする可能性もある。できるだけ多くお金を持たせてやりたいのじゃ。
だが、急いで資産を売却すれば、買い叩かれる可能性もあるからのう。本当はメーダマンさんが引き受けてくれるのが良いのじゃが……資金的に余裕がないだろうからのう」
ギルド長は、悪戯っぽい笑顔を作っているが、目は真剣だ。
「……わかりました。私も事情を聞き、気の毒だと思っておりましたので、私でよければ力になりたいと思います」
「そうか! それは助かる。奥さんも喜んでくれるじゃろう。できれば……従業員も引き受けてくれると良いのじゃが……。
この国に『フェアリー商会』を進出させないなら、それは難しいかのう……?
まったく……太守がケチくさいこと言わんで、進出を後押しすればいいものを……」
ギルド長は、伯爵にもイタズラな笑顔を作って、皮肉を言った。
伯爵は、あえてスルーしているようだ。
確かに『フェアリー商会』を進出させるなら、いくらでも人を引き受けられるが、今はその手は使えないんだよね。
「そうですね。ただ……『ヨカイ商会』さんの方で引き受けられる人がいるかもしれませんね。資金的な問題は『フェアリー商会』で出資するつもりでいますので……どうですかメーダマンさん?」
「どこまでできるか分かりませんが……可能な限りは頑張ろうと思います……」
メーダマンさんが、苦笑い状態で少し汗をかいている。
もしかして……解散するという商会って、結構大きいのかな?
もしそれなりの規模の商会で、従業員がたくさんいるなら、その人たちを引き継ぐのは大変だよね。
規模を確認するべきだった……。
「その商会は、どのくらいの規模の商会なんでしょうか? 従業員の方は多いのですか?」
「それほど大きくはない。中規模商会だよ。『ヨカイ商会』と同じで、食材全般を取り扱っていて、ギルド以外にもいくつかの飲食店に納めているはずじゃよ。それから南区と北区に、直売のお店も持っている。従業員は…… 二十人ぐらいじゃないかのう……」
お店も二つあるのか……それなら二十人ぐらい雇用してるよね。
『ヨカイ商会』よりも人数が多いんだなぁ……。
『ヨカイ商会』は、十人って言ってたからなあ。
でも……お店をうまく引き継げるなら、雇用は維持できるだろう……。
「そうですか。メーダマンさんと相談して、何とか引き継げるように考えます。その商会の方が、私たちで良いようでしたら、またご連絡ください」
「うむ、すぐに声をかけてみる」
ギルド長が満足そうに頷いた。
「商談は終わったようだな。我が『フェファニーレストラン』にも、エールだけでなく、『唐揚げ』も頼むよ」
待ってましたとばかりに、伯爵が声を上げた。
「もちろん構いませんが、ギルドの酒場で出すメニューと同じものを『フェファニーレストラン』で出しても、よろしいのでしょうか?」
メーダマンさんが、恐る恐るお伺いを立てた。
「それは心配いらない。美味しいものを提供するのが、『フェファニーレストラン』だ。それに……同じレシピで作ったとしても、一緒に添える野菜などで違いを出すから、問題はない」
「なるほど。出過ぎた心配でした。喜んで納入させていただきます」
メーダマンさんが頭を下げると、伯爵は「よろしく頼む」と言って、満足そうにエールを飲み干した。
思わぬ展開で、迷宮都市で高級店として有名な『フェファニーレストラン』にまで納入できることになってしまった。
ギルド長も伯爵も、さっきからすごい勢いでおかわりのエールを飲み干している。
結構酔ってると思うんだよね。
この商談……覚えてないなんて事は無いよね……?
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