977.酒飲みと食通の、胃袋を掴む。

「それで、ワシに何が訊きたいのじゃ?」


 ギルド長が長く伸びた白髭を撫でながら、改めて俺に問いかけた。


「はい。ギルドの酒場に商品を納入するにあたって、求められる納入価格を知りたいのです。今回のお話をお受けするかどうかメーダマンさんから相談を受けたのですが、商品の安定調達は何とかなると思います。後は価格が折り合うかどうかと思っています。それと……もう一つ、今よりもより良い物や今までなかった物を提供する代わりに、お客さんに対する提供価格を上げることが可能かお尋ねしたかったのです」


「なるほどのう。商人としては当然の考えじゃろう。だが納入を任せるからには、選り好みせずに依頼した物を収めてもらわなければ困る。中には値段の合わぬ物もあるかもしれぬが、十分利益が出る物もあるはずじゃ。全体として利益が出るなら良いという柔軟な発想でやってもらいたいのじゃよ。ギルドの酒場に来る奴らは、ほとんどが金を持ってない奴らだからのう。そういう者たちに、たらふく食って飲ませてやりたいのじゃよ」


「その理念は、メーダマンさんからお伺いしています。我々は、単に納入価格が合わないからできないという話をするつもりはありません。もしそういうものがあれば、他の商品を提案するとか、商品の質を上げる代わりに、値段も上げてもらうとか……そんな交渉が可能かどうかを知りたいのです」


「もちろん、交渉はしてくれて構わないが……基本的にギルドの酒場に来る連中は、質よりも量だから、値上げは厳しいと思うがのう。物の相場が大きく跳ね上がって、どうしようもない場合は、やむを得んじゃろうが、多少の相場変動では価格は維持してやりたいのじゃよ」


「はい。その冒険者を思うお気持ちは、十分に理解できます。ただ……ほんの少し高く払っただけで、抜群に美味しいものが出てきたら、どうでしょうか?」


「うーん……なんともじゃのう。金額の程度問題かも知れんのう……」


「それでは、論より証拠というか……私がこれから提供するエールとつまみを食べていただけないでしょうか? 今ギルドの酒場で提供しているエールの値段よりも、五十ゴルか百ゴル値上げして出す私のエールと元々のエール、どちらを選ぶかご意見を聞かせてほしいのです」


「ほほう……面白いことを考えるのう。この場に出せるのかね?」


「はい、魔法カバンに入れてあります。よろしければ、お飲み下さい」


「おお、かまわんよ! それは面白いのう。ちょうど喉も渇いておったところだ。ワシはエールが好きだから、厳しく判定しよう!」


 エールが飲めることが嬉しかったのか、ギルド長がご満悦だ。


「それでは、お出しいたします……」


 俺はそう言って、魔法カバンから出す体で『波動収納』からキンキンに冷えたエールと鶏の『唐揚げ』を出した。

 『唐揚げ』も、揚げたてを『波動収納』にしまってあるのだ。


「おお、これは……冷たい。エールを冷やしてあるのか!」


「はい。まずは、一杯どうぞ」


「ではいただこう! ……グビッ、グビッ、グビッ、グビッ、グビッ、ぷはぁぁぁぁっ」


 木製のジョッキに入れてあったので、生ビールの中ジョッキ位の量はあったと思うが、ギルド長は一気に飲み干してしまった。


「美味い! なんだこれは!? この喉越し……美味い!」


「お気に召していただいて、嬉しいです。おかわりをどうぞ」


「おかわりがあるのか! 早くくれ!」


「はい。でもその前に、この『唐揚げ』を食べてみて下さい」


 酔いが回る前に、ちゃんと『唐揚げ』も味わって欲しい。

 俺の作っている『唐揚げ』は、実は竜田揚げだけどね。


 ——バリッ


「……なんだ、なんだこれは!? 外側のカリッとした感じと中のジューシーさ……そしてこの香ばしい味! 美味い!」


「『唐揚げ』をつまみに、エールを一口飲んでみて下さい」


「おお、それは合いそうじゃ! バリッ、…………グビッ……うぅぅぅ、美味い! この『から揚げ』は、この冷えたエールによく合うのう!」


「そうでしょう! 私もこの『唐揚げ』と冷えたエールの虜になっているのですよ!」


 たまらないといった感じで、メーダマンさんが口を挟んだ。


「では、ここで『から揚げ』に、一工夫いたします!」


 俺はレモンを取り出し、半分に切って唐揚げに絞った。

 本当は女の子に絞ってもらうと最高なのだが……まぁそんなことはどうでもいいが。


「なんだこれは!? 味が変わって……さっぱりしている! この食べ方も美味い! いやぁーすごい!」


「今度は、少し変わったエールをお出ししましょう!」


 俺が出したのは、エールをトマトジュースで割った『レッドエール』だ。


「これは『コウリュウド王国』のヘルシング伯爵領の『サングの街』の名物で、エールをトマトの果汁で割った『レッドエール』といいます」


「おお、聞いたことがあるぞ! でもエールにトマトの汁を入れるなど……邪道ではないか。とても美味いとは思えんがのう」


「ギルド長、だまされたと思って飲んでみてください!」


 メーダマンさんが、援護射撃をしてくれた。


「しょうがないのう……グビッ、……おお! グビッ、グビッ、グビッ、ぷはぁ! 美味い! すごく美味いではないか!違う飲み物になったようじゃ……」


 ギルド長が、めっちゃハイテンションになっている。

 そして感心するように、大きく頷いている。


 メーダマンさんは、我意を得たりという得意顔だ。


 今気づいたが……横で見ている太守のムーンリバー伯爵が、恨めしそうな顔で眺めている。

 ここは伯爵にもご馳走しておきますか!


「伯爵、もしよろしければ、ご一緒にいかがですか? 味の評価をいただければ幸いです」


 俺がお願いベースで話を振ると、伯爵はニヤリとした。


「頼まれては、やむを得ない。どれほどのものか、食通の私が味見をしよう」


「別に食べたいわけじゃないけど」的な冷めた表情だけど……もしこの人に尻尾があったら、振りまくってると思うんだよね。

 食べたくてしょうがないというオーラが、ひしひしと伝わってくるのだ。

 まぁそこはスルーしてあげるけどね。


 俺は伯爵にも、『唐揚げ』と冷えたエール、そしてレモン果汁を絞った『唐揚げ』とレッドエールを出した。


「なんだ、これは!? 冷たくて美味い! 何杯でもいけるぞ、このエール! ……これは特別なエールなのか?」


 ハイテンションで興奮気味に感想を言ってしまった伯爵は、途中で我に帰り冷静を装い、俺に質問を投げかけた。


「いえ、ごく普通のエールです。実は『フェアリー商会』では特別なエールも開発しているのですが、まだ完成していないのです。完成すればもっと美味しくなると思います」


「それは本当なのか!? 今のままでも充分に美味いが、もっと美味くなるのか……。トマトを絞った『レッドエール』も味わい深い。これらのエールを美味くしているのは、この冷たさだな。この『唐揚げ』という料理も、最高ではないか! 外側のパリパリ感がたまらん。こんな美味い鶏肉の料理は初めてだ」


 腹の底の読めなかった伯爵が、饒舌になっている。

 口調も、くだけた感じに変わってるし、ハイテンションで、まくしたてちゃってますけど……。

 すっかり顔も緩んじゃてる。


 この人の攻略は……美味しい物を食べさせれば、それで完了してしまうかもしれない。


「シンオベロン卿、このエールを我が『フェファニーレストラン』に納入をすることを許そう。値段は、そちらの言い値で良いぞ。この冷えた状態で提供できるということなのだろう?」


 伯爵がすっかり上機嫌だ。

 そして突然、商談がまとまった感じになっているが……


「はい、そうです。冷えた状態でお出しできる装置を貸し出しいたします」


 氷魔法の巻物を利用した氷で冷やす簡易冷蔵庫を前に作ったが、それの応用で氷で冷やすタイプのエールサーバーを作ってあるのだ。

『フェアリー商会』のお店では、既に絶賛稼働中だ。


「これ伯爵! ワシとの商談なのに、なぜそっちで話がまとまっておるのじゃ!」


 ギルド長が、ほっぺたを膨らました。


「まぁ固いこと言いっこなしだ。商売はタイミングだからな、ホッホッホ」


 腹の底が読めなかった伯爵が、満面の笑みで大笑いしている。

 それに釣られるように、ギルド長とメーダマンさんも笑い出した。


 やはり、美味しい物の力は偉大だ……。



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