976.フェファニーで、朝食を。
「ホッホッホ、もう来たのか。かまわん、ここに通しなさい」
何やら耳打ちした執事に対し、太守ムーンリバー伯爵が指示を出した。
どうやらギルド長とメーダマンさんとニアたちが到着したようだ。
「『冒険者ギルド』のギルド長には、もう会われたか?」
「いいえ、まだです。お会いしようと思っていたのですが、拘束されましたので……」
別に嫌味で言ったわけじゃない。
「ホッホッホ、それは申し訳ないことをしました。どうやら、ギルド長があなたを助けに来たようです。ギルド長を動かせるようなお知り合いがいるようですね。ホッホッホ」
——コンッ、コンッ
「ギルド長とそのご友人をお連れいたしました」
執事がドアの外から声を上げる。
「通しなさい」
ドアが開くと、メーダマンさんと八十歳位の白髪白髭の老紳士が入ってきた。
ローブのようなコートを羽織っているので、一般的にイメージされる魔法使いのおじさんのような感じだ。
この方がギルド長なのだろう。
ニアたちは、打ち合わせ通り馬車で待機してくれているようだ。
「これはこれは、ギルド長。わざわざおいでいただかなくてもよかったのに」
伯爵が大仰に挨拶をした。
「そうもいかんでのう。この飲み仲間に頼み込まれてのう。伯爵の事だから、何か考えがあってのことだと言ったのじゃが……。国家間の争いになるとか、逆に伯爵の命が危ないとか、ごちゃごちゃ言うもんで、面白そうだし来ちゃったのじゃよ」
ギルド長は面倒くさそうに言った後、茶目っ気たっぷりに笑った。
「ホッホッホ、相変わらず私以上にふざけた方ですね、ギルド長は」
「おぬしには言われたくないわ。おぬしの方がよっぽどふざけておるじゃろ。ああ、そうそう、こちらはワシの飲み仲間の『ヨカイ商会』会頭のメーダマンさんじゃ」
「ご挨拶させていただきます。伯爵閣下、お目にかかれて光栄です。メーダマンと申します。せ、僭越ですが……グ、グリムさんは……決してスパイなどではありません。騙されて奴隷にされた私の息子や他の冒険者たちを、『コウリュウド王国』で助けてくれたのです。武者修行したいというので、私がこの国に誘っただけなのです」
メーダマンさんが、ガチガチに緊張している。
それでも俺のために勇気を振り絞って、伯爵に意見してくれている。
彼がこの国に来るように誘ってくれたわけでは無いのだが、そんな作り話までして、容疑を晴らそうとしてくれている。
「心配をかけたようですね。だが安心してください。ちょうどこれから、嫌疑なしとして釈放するところですから」
伯爵はそう言って微笑んだ後、俺にも視線を送った。
俺は、メーダマンさんに向かって首肯した。
「そ、そうなんですか……よかったぁ……」
メーダマンさんが、胸を撫で下ろした。
ほんとに心配してくれていて、逆に申し訳なくなる。
「そちらがシンオベロン卿じゃな?」
ギルド長が俺を見据える。
「はじめまして、『コウリュウド王国』ピグシード辺境伯家家臣グリム=シンオベロン名誉騎士爵と申します。私のためにお手を煩わせて、申し訳ありません」
「気にせずとも良いですぞ。伯爵とは長い付き合いだから、何か理由があってのこととは思ったが、それの確認も含めて来たのじゃから。伯爵は何を考えているかわからないところがあるから、不安だったかもしれないが、悪い男ではないのじゃよ。今の厳しい『アルテミナ公国』の状況の中で、『迷宮都市』が何とか最低限の正常さを保っているのは、伯爵のお陰なのじゃよ」
「オホンッ、私は太守の仕事をしているだけですよ」
伯爵がギルド長の言葉を遮るように咳払いをした後、すまし顔で言った。
やはり腹の底の読めない人だ。
「シンオベロン卿、せっかくだからワシが伯爵のことを、少し教えてあげよう」
「ギルド長、要らぬ節介だ」
「まぁ良いではないか。大丈夫だ、言っちゃまずいことは、言わんから。伯爵のことと言うよりは、伯爵家の事業のことを話そうではないか。シンオベロン卿は、商才もあるようだし」
ギルド長はそう言って俺に笑顔を向けたので、俺も微笑み返した。
「まったく、話し好きのじいさんは困ったもんだ。しょうがない。まぁ二人とも座りなさい」
伯爵は諦めたようで、ギルド長とメーダマンさんを席に促した。
タイミング良く、執事がお茶を持ってきてくれた。
お茶は、やはり『黄色紅茶』である。
「ムーンリバー伯爵家は、代々この迷宮都市を治めているが、事業もやっておるのじゃ。まぁ伯爵家にとっては、お遊びのようなものじゃがの。宝石商と高級料理店をやっておるのじゃ。先祖が迷宮の利権と関係しない宝石と高級料理の店を始めたのじゃよ。宝石好きと食通なのは、このムーンリバー家の特質のようなもので、この一家は皆宝石も好きだし、食べることが大好きなのじゃよ」
ギルド長が愉快そうに話し、からかうように伯爵の顔を覗き込んだ。
伯爵は「ふん」と言って、渋い表情でお茶をすすっている。
「宝石は、装飾品に加工して販売しておってのう、職人の腕が良くて人気なのじゃ。他国にも知れ渡るほどなのじゃよ。『フェファニー』という店の名前が、装飾品の名前のようにもなっておる。東小国群の貴婦人なら『フェファニー』の宝石と聞けば、皆飛びつくほどじゃ」
「高級料理店も『フェファニーレストラン』と言って、一種のステータスになっていますよ。『フェファニー』の装飾品を身に付けて、『フェファニーレストラン』で優雅に朝食を食べるのが、成功の証と言われています。実は……今夜は、そちらにお連れしようと思っていたのですよ」
黙って話を聞いていたメーダマンさんが、割り込んできた。
「そうだったんですか。それは楽しみですね」
俺がそう答えると、メーダマンさんは満面の笑みで大きく頷いた。
「商会を立ち上げて、やっと軌道に乗った時に、今は亡き妻と一緒に食事をしました。あの時の喜びは今でも忘れません……」
メーダマンさんにとっては、かなり思い入れのある店のようだ。
俺も、そんな有名な店ならぜひ味わってみたい。
今から楽しみだ。
ていうか……無事に帰してくれて、食べに行けるよね……?
「私の話はそれぐらいで良いだろう? それよりもシンオベロン卿は、ギルド長と話をする案件があったのだろう? 構わないから、ここでやりたまえ。体裁として、もう少しここにいて欲しいから、丁度いい」
伯爵がそう言って、執事を呼んでお茶のおかわりを依頼した。
問答無用で、ここで商談させる気のようだ。
「ワシに話というのは、ギルドの酒場への納入の件じゃな? ここに来る途中で、メーダマンさんから聞いたよ」
「ええ、そうです。メーダマンさんから相談を受けまして、『コウリュウド王国』にある私の商会で協力するつもりでいるものですから、いくつかお伺いしたいことがありまして」
「伯爵がおるが、純粋な商売の話じゃから、気にせず訊きなされ。のう伯爵?」
「ああ、それはかまわんが……シンオベロン卿は大きな商会もやっているそうだね? この国に進出するつもりかね?」
伯爵が、少し訝しげな表情で訊いてきた。
多分わざと表情を作っていると思う。
どういうつもりなんだろう……?
「よくご存知ですね。『コウリュウド王国』では成り行きで、少し大きな商会をやっていますが、この国に進出するつもりはありません。あくまで迷宮で武者修行をするために、来ただけですから」
「ホッホッホ、それは賢明だね。そのほうが良いだろう。本文である冒険者の活動以外では、なるべく目立たない方が良いだろうからねぇ……」
伯爵がそう言って、念押しするように俺に頷いた。
「もちろんわかっています。冒険者としての活動だけしか、しないつもりです。ただ『ヨカイ商会』さんは、ご縁があったので、協力できる事はしようと思っていますが」
「ケチくさいこと言いおって、本来なら『フェアリー商会』みたいな面白い商会を誘致するのが、太守の仕事だろうに。まぁ……このご時世じゃ、しょうがないがな……」
ギルド長は文句を言った後に、額に手を当てて諦め顔をした。
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