975.腹の底が読めない、太守。
「今の話からすれば、すぐに私を解放してくれると思って良いのでしょうか?」
俺は、迷宮都市『ゲッコウ市』の太守であるムーンリバー伯爵に、改めて確認する。
彼の話からすれば、スパイ容疑で逮捕したものの嫌疑なしとして釈放するという筋書きのようだが……
「ええ、半日程度は取り調べした体裁にしたいので、もう少しだけいて欲しいのですが……」
「これから、取り調べを受けるということでしょうか?」
「いいや、取り調べをする必要はありません。あなたの目的が何であれ、詮索するつもりはありませんよ。まぁそれが私の期待するものであれば良いとは思っていますが……。ところで、『救国の英雄』と呼ばれるようになったセイバーン公爵領での戦いの話は、本当なんですか?」
「どんな内容で伝わっているか分かりませんが、その手の話は、尾ひれがついて誇張されているのが普通だと思いますが……」
「まぁそうでしょうね……。ただ……話半分に聞いたとしても、敵にしたくありませんね。ホッホッホ」
「…………」
俺は無言で苦笑いしたが、それ以上のツッコミはなかった。
「迷宮に挑むのは、やはり効率よくレベルを上げるためでしょうね。迷宮なら深く潜れば強い魔物もいますからね。逆に言うと……迷宮でないと、もうレベルを上げることができないほど高レベルなんでしょうね?」
太守は、意味ありげに微笑んだ。
なんとなく……カマをかけられている気がしないでもない。
「いえいえ、私のレベルは55ですから。まだまだです」
俺は、偽装ステータスでセットしている現在の偽装レベルを伝えた。
本当はもっと低いレベルにしておきたかったが、『コロシアム村』であれだけのことをやって目撃されているので、このぐらいにはしておかないと、逆に怪しまれそうだからね。
「何をおっしゃられる。55と言えば、トップランクの冒険者のレベルですよ!」
「『救国の英雄』などと言われていますが、たまたま運が良かっただけです。迷宮に挑んで、本当の実力をつけたいと思っているのです」
「なるほど、英雄殿は謙虚でいらっしゃる。『コウリュウド王国』には大きな迷宮があるのに、なぜわざわざ我が国に?」
太守が、またニヤけ顔をしている。
やはり何かを探っているというか……カマをかけているのだろうか?
「はい。『コウリュウド王国』の迷宮も考えたのですが……私の仕えているピグシード辺境伯領からは、遠いのです。この国の迷宮のほうが近いですし、この国の冒険者の方たちとご縁があったものですから、こちらを選びました。迷宮も二つありますしね」
質問を想定して、考えていた理由が役立った。
「なるほどね。そういうことですか……。まぁ迷宮が二つあるといっても、一つは初心者用の迷宮ですがね。ただ、お仲間や私兵を鍛えるなら、いいかもしれませんね。現れる魔物の上限が決まってますから、多少なりとも安全性が高まりますからな」
あえて私兵という言葉を入れてくるあたり……やはり何かを探ろうとしているのか?
「私は最下級貴族ですので、私兵は持っておりません。ただ仲間がいますから、まだレベルの低い仲間を鍛えるのには良いでしょうね」
俺は動揺するそぶりを見せず、さらっと返した。
実際に動揺しているわけではないしね。
「閣下は、この迷宮都市の太守を務められて長いのですか?」
「我が『アルテミナ公国』は小国で、貴公のピグシード辺境伯領とさして変わらぬ面積でしてな。それ故、領という概念がないのです。代わりに都市を、貴族家が代々治めているのです。我がムーンリバー伯爵家は、代々迷宮都市を治めているのですよ」
太守は、顎に手を当てながらニヤリと笑った。
しまった……失礼な質問をしてしまったようだ。
「勉強不足で大変失礼いたしました」
「いや、いいのですよ。そういうことですので、各都市が『コウリュウド王国』で言うところの領のようになっているのです。正確には……この『ゲッコウ市』には、『衛星町』というのが四つあって、それを含めて、ムーンリバー家が治めているのですよ」
「そうなんですか。他の都市も同じような構造になっているのですか?」
「似たようなものです。村をたくさん抱えている都市もありますしね。ただこの迷宮都市ほど多くの貴族がいる都市は、他にはありません。もちろん公都は別ですけどね。迷宮があると言うだけで、迷宮利権のようなものが多くありますから。元から貴族家は多いのですが、他の都市の貴族も集まってくるんですよ。家督を継ぐ権利のない貴族の子弟や傍系の者などがね。商売をするためだったり、迷宮で実力をつけて騎士団に入るためだったり、理由は様々ですがね。……くれぐれも貴族と揉め事なんて起こさないように頼みますよ。ややこしい問題が起きる可能性がありますから。そうなったら、せっかくの私の作戦が台無しになる……。ホッホッホ」
念押しするように俺をじっと見つめているので、苦笑いしながら頷いた。
そんな時だ、ニアから念話が入った。
(今大丈夫? あのさぁ……メーダマンさんが心配しちゃって、不在だったギルド長が戻ってきたところで、グリムを釈放するように働きかけようってことで、馬車に乗ってそっちに向かってるのよ。成り行きで、私たちも馬車に乗っちゃってるんだけどね。行っちゃっても大丈夫な感じ?)
ニアは心配するというよりは、何やら楽しそうなトーンだ。
てか……連絡をくれたのはありがたいのだが……そういう事は、馬車に乗り込む前に連絡して欲しかった。
今更、馬車降りれないでしょうよ……。
(うん、多分大丈夫だと思う。太守と話をしてるところなんだけど、明確な悪意は感じないから。ただ……底の見えない感じの人なんだけどね……)
(そうなの……まぁ用心したほうがいいわよね。私たち馬車で待ってようか?)
(そうだね。状況が落ち着くまでは、そのほうがいいかも)
(オッケー、わかったわ。あー、なんかもうすぐ着くみたい。大きな建物があるから、きっとそこよね?)
え、もう着いちゃうわけ!?
もっと早く連絡しなきゃダメでしょうよ!
まぁいいけどさ。
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