979.ドロップに、トロける。
「では帰ってもらって構わない。シンオベロン卿、くれぐれもこの迷宮都市で問題を起こさないでくれたまえ。『コウリュウド王国』との火種になっては困るからな。ホッホッホ」
ムーンリバー伯爵は、笑いながらも俺に念押しをした。
というか……目は笑ってないと思うんだよね。
相変わらず腹の底が読めない感じだが、悪い人ではなさそうだし、俺に対する悪意は無いと思える。
そして美味しいものを食べさせれば、何とかなりそうだ……ムフフ。
もう口調が、最初の時とすっかり違うからね。
「はい、問題を起こすつもりはありません。迷宮での武者修行に励みたいと思います」
伯爵に見送られながらエントランスのところに戻ると、リリイとチャッピーが女の子と楽しそうに話している。
ニア、アイスティルさん、ブルールさんも一緒だ。
やばい……伯爵に合わせないために、あえて馬車で待機してもらっていたのに……。
どうして馬車から出ちゃってるんだろう……?
「あ、おじい様!」
リリイ達と同じ歳ぐらいに見える女の子が、伯爵のところに駆け寄って来た。
どうやらお孫さんのようだ。
「ルージュや、楽しそうだのう」
伯爵は孫の前では、好々爺になるようだ。
デレっとしている。
「リリイとチャッピーとお友達になったの! 二人は冒険者になるんですって! 私もなりたい!」
ルージュちゃんは、屈託のない笑顔を伯爵に向けた。
彼女も伯爵のことが大好きなようだ。
「リリイ……? シンオベロン卿の連れかね?」
伯爵は思案顔をした後、訝しげな感じで訊いてきた。
リリイの名前で引っかかった感じだ……まさか感づいてないよね……?
「はい。私の仲間というか家族です」
「まさか……この子供たちが冒険者になるというのは本当ではあるまいな?」
結構睨んでいる。
「本当です。この子たちが身を守れるように、鍛えてあげたいと思っています」
「なんと! いくつなのだ、この子たちは!?」
「八歳ですが、しっかりしていますし、並の兵士よりは強いんですよ」
「何を馬鹿なことを! ルージュと同じ歳ではないか!」
やばい……伯爵がご立腹だ!
「ちょっと! “馬鹿なこと”じゃないわよ! リリイとチャッピーは、この街の衛兵なんかより、全然強いわよ! それに大体ねぇ、あなた、なんで突然グリムを拘束したわけ!? 事と次第によっちゃ、私が許さないわよ!」
おっと……伯爵以上にご立腹なお方がいた。
ニアが飛び出してきて、伯爵の顔の前で止まって怒っている。
「これはこれは、妖精女神様ですね。妖精女神様がおっしゃるなら本当なのでしょう。失礼いたしました。それにシンオベロン卿は嫌疑なしとして、釈放いたしますので何卒お許しください」
伯爵はそう言って、頭を下げた。
やはりこの国でも、妖精族に対する敬意はあるようだ。
「ニア、俺は大丈夫だから。後で詳しく話すけど、どうやら拘束したのは、俺のためでもあるらしい」
「なにそれ!? わけわかんないけど。まぁいいわ。……孫娘がほんとに大事なら、ちゃんと自分で身を守れるように鍛えてあげるべきよ! 過保護はダメよ!」
ニアの怒りは、まだ収まらないようだ。
「はは、肝に銘じます。どうかご機嫌を直してください」
伯爵がニアの剣幕に、少し困った顔をした。
そしてそんなやりとりを見ていたルージュちゃんが、泣きそうな顔になっている。
ニアもそのことに気づいたようだ。
「……わかればいいけどね」
「ありがとうございます。ところで……リリイちゃんと言ったかな? リリイちゃんはどこの出身だい?」
やばい……やはり伯爵がリリイに興味を持ってしまったようだ。
リリイという名前で、七年前に死んだことになっている王女を思い出したのかな……?
「リリイは、ばあちゃんと山に住んでいたのだ。でも今はグリムと一緒なのだ」
俺はリリイの答えにホッとした。
『アルテミナ公国』の王女である事は、絶対に内緒と言ってあったから、この国の出身と言わなかったようだ。
「ほほう……どこの山に住んでいたんだね?」
まだ訊くのか……伯爵しつこいな。
「不可侵領域の山に住んでいたのです。おばあさんが亡くなって一人でいたところを、私が保護したのです」
さりげなく割って入って、俺が答えた。
「そっだのか、苦労したようだね。ところで、シンオベロン卿、この子たちは本当にそんなに強いのか?」
伯爵の質問が、俺に切り替わってよかった……。
「おじいさま、ほんとですよ! ここに来る途中にキングボアを倒したんですって!」
「なに!? キングボア! そのものが出たのか!?」
伯爵が目を見開いて、俺を見た。
やはりキングボアが出るのは、かなり珍しいことのようだ。
「はい。迷宮都市に比較的近い場所の街道に現れました」
「街道に!? ……にわかには信じられないが、もしそうなら、街道周辺の巡回を強化しなければならない」
巡回なんてやっていたのか?
元冒険者のアイスティルさんの話では、巡回には手が回っていないということだったけど。
でも巡回をしてくれるなら、そのほうがいい。
ここは、論より証拠で実物を見てもらおう。
「もし差し支えなければ、私の魔法カバンからそのキングボアの死骸をお出ししますが、確認いたしますか?」
「なんと……よかろう。確認しようではないか」
「ワシもギルド長として、ぜひ確認したいのう」
伯爵に続いて、ギルド長も身を乗り出した。
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
——ドスンッ
「「「おお!」」」
突然現れた巨大な猪魔物の死体に、伯爵、ギルド長、メーダマンさんが、驚きの声を上げ、そのまま口をあんぐりとさせ固まってしまった。
「大きい! ほんとにリリイとチャッピーが倒したの?」
ルージュちゃんが、驚きつつもリリイたちに質問を投げかけた。
普通なら、こんな巨大魔物の死体を見たら怖がると思うんだけど、この子は肝が座っているようだ。
「みんなで倒したのだ!」
「リリイとチャッピーも頑張ったなの〜」
二人が少し得意顔だ。
「すごい! でも怖くないの?」
「怖くないのだ。やっつけちゃわないと、他の人が危ないのだ」
「そうなの〜。人の命を奪う悪い子は、さよならしちゃうなの〜」
「リリイとチャッピーはすごいのね! 私も人を守れるように、強くなりたい!」
ルージュちゃんは、リリイとチャッピーに憧れるような眼差しを向けた後に、ねだるように伯爵を見上げた。
そんな純真な瞳に見つめられ、伯爵は困り顔をしている。
「オホンッ、シンオベロン卿、わかった。もうしまってくれ」
「はい、かしこまりました。ところで……先ほどおっしゃってましたが、街道の巡回を増やしていただけるのでしょうか?」
「もちろんだ。これだけの魔物がまた現れると思えないが、巡回を強化させよう」
「ありがとうございます」
「ホッホッホ、面白いなぁ。この国の者でもない貴公が、礼を言うとはな。ホッホッホ」
「人の命に国境はありませんから」
「ホッホッホ、さすが『救国の英雄』殿だな。今後、表立って貴公と交流することはできぬが、もし何かあればギルド長を通じて話をよこしてくれ。力になれることがあれば、力になろう」
「ありがとうございます」
「リリイとチャッピーには、どこに行けば会えるの?」
別れの雰囲気を察知したルージュちゃんが、切実な表情で問いかけた。
「しばらく迷宮都市にいるのだ」
「迷宮の中にいるかもなの〜」
リリイとチャッピーが、のん気な感じで答えている。
「そうじゃなくて、宿とか決まってないの?」
「すみません。まだ宿は決めてないんです」
俺が代わりに答えた。
「ルージュ様、私は『ヨカイ商会』のメーダマンと申しますが、しばらくは私の屋敷にいると思います。南区の『西ブロック』の『中級エリア』にあります」
メーダマンさんが、気を利かせ答えてくれた。
「分りました。二人ともまた会いましょう」
「わかったなのだ」
「チャッピーも会いたいなの〜」
「リリイとチャッピーの友達になってくれたお礼に、これをあげるよ。口に含んで噛まないで舐めてね」
俺はルージュちゃんに、ドロップをあげた。
飴作りを発展させて、丸いドロップを作っていたのだ。
それを『竹プラスチック』の箱に入れて、商品にしようと思っていて、その試作品を持っていたのである。
「甘くて、美味しいのだ!」
「口の中がずっと幸せなの〜。噛んじゃダメなの〜」
リリイとチャッピーがそう言って、自分たちのドロップの箱の蓋を開けて一つずつ口に入れた。
それを見たルージュちゃんも真似して、俺が渡した箱を開け、ドロップを口に入れた。
「甘い! 美味しい……」
ルージュちゃんが、とろけそうな顔をしている。
このドロップは砂糖主体のものと、果汁を混ぜたイチゴ味、リンゴ味、ブドウ味の四種ミックスなのだ。
ルージュちゃんの美味しそうな顔を見て、伯爵やギルド長が欲しそうな顔をしていたので、二人にも一箱ずつプレゼントした。
メーダマンさんにもあげた。
「これも貴公が考えたのか? なんなのだ一体、貴公は料理人なのか!?」
「これは素晴らしいのう。口に含んでいる間、ずっと幸せが続くのじゃ」
「ほんとに素晴らしいです。冒険者が迷宮に持って行くにも良いのではないでしょうか?」
伯爵、ギルド長、メーダマンさんが、ふにゃふにゃな顔になっている。
「おう、それはいい! 冒険者の非常食にも良いのではないか!?」
ギルド長が手をポンと叩いた。
「食事の代わりにはならないかもしれませんが、甘いものを取ると疲れが取れますし、そういう意味ではいいかもしれませんね」
俺がそう答えると、ギルド長はニヤリとした。
「よかろう! これを特別にギルドの酒場で、販売しようではないか!」
純粋にルージュちゃんにプレゼントしたかっただけなのだが……なぜか追加の納入商品になってしまった。
まぁ『フェアリー商会』で販売に向けて、量産しようと思っていたからいいけどね。
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