940.リリイとチャッピーの、縁。

 吟遊詩人のアグネスさんは、本当の名前をトワイライト=アルテミナと言って、『アルテミナ公国』の死んだとされている王女だった。

 そして、前公王の娘であったリリイの叔母だったのだ。


 吟遊詩人として知り合った時、ピグシード城でリリイとチャッピーを見かけ、自分の姪だと気づいたらしい。

 最初は『フェアリー商会』に協力するだけのつもりでいたようだが、リリイとチャッピーをそばで見守るために、入社することにしたとのことだった。


 まだ訊いていないことがある……


「タマルさんは、チャッピーと関係があるのですか? 確か……タマルさんは『アルテミナ公国』の出身と言ってましたよね? 同じ猫の亜人ですし……もしかしてチャッピーの血縁の方なのでしょうか?」


「はい。私は、チャッピーの父方の叔母に当たります。チャッピーは、兄の娘です」


 タマルさんは震える声でそう答え、大粒の涙を流した。


「そうだったんですか……」


 天涯孤独の身になったと思っていたチャッピーにも、血の繋がった家族がいてくれたようだ。

 俺は、あふれ出る涙を抑えることができなかった。


「すみません。本当のことを伝えてなくて……。そしてチャッピーを助けてくださり、大事にしてくださり……本当にありがとうございまずぅ……」


 タマルさんが、嗚咽で言葉を詰まらせた。

 だが気丈に涙を拭って、話を続けようとしている。


「……風の噂にバディード村が、悪魔に襲われて壊滅したという話を聞いていました。生存者は一人もいないという話を聞いていたので、チャッピーを見たときには本当に驚きました。実は二人で、決死の覚悟で『アルテミナ公国』に向かおうと思っていたところだったのです。チャッピーと別れたのは一歳の時でしたけど、名前と見た目ですぐにわかりました。グリム様から聞いたチャッピーとの出会いの話で、やはり村が壊滅したのだということもわかりました。でもチャッピーだけでも生きていてくれて……本当に……本当に……嬉しかったです。ありがとうございました」


 タマルさんはそう言って、泣き崩れた。


「出会えて、ほんとに良かったです。『フェアリー商会』さんから協力の依頼を受け、それに応じようと再びピグシード城に行った時に、リリイとチャッピーの姿を見たのです。本当に奇跡のような出会いでした」


 アグネスさんも、再び涙ぐんだ。


 確かにあの時……アグネスさんは驚いたような表情をして、リリイにいくつか質問をしていた。

 あの時は、アグネスさん一人だった。


「それにしても……一歳の時に別れたリリイがよくわかりましたね?」


「はい。リリイという名前と面影で……もしやと思ったのです。それでリリイに母親の名前を尋ねたんですが、リリイは知りませんでした。ただ一緒に住んでいたというおばあちゃんの名前を訪ねた時に、ケリイさんの名前が出たので、私の姪のリリイだと確信しました」


 アグネスさんは、感慨深そうに言った。


 なるほど……。

 義理の姉だったリリイの母親の親族とは、当然面識があっただろうから、それで確信したということか……。


「それにしても……お二人の姪が揃って一緒にいたのですから、驚いたでしょうね?」


「はい、運命を感じました」


「奴隷にされ、奴隷商人に酷い扱いを受けていたところを、リリイが助けに入っていたという話を聞いて、アグネスと二人で密かに感動して泣いていたのです」


「『アルテミナ公国』の王家と、亜人族の村の中心とも言える『バディード村』には深い絆があるのです」


「私とアグネスは、バディとして固い契りを結んでいます。リリイとチャッピーが出会ったのは、やはり運命としか考えられません……」


「『アルテミナ公国』の建国の立役者である初代王とそのパートナーが、『バディード村』を作ったのです。ですから建国以来の関係なのです。建国当時の話は、英雄譚としても語り継がれているのですが、後ほど詳しくお話ししたいと思います。王家だけに伝えられている秘密もありますし……」


 アグネスさんとタマルさんは、そう答えてくれた。


 俺としては……突っ込んで訊きたいところだらけで……どこから訊いたらいいか、わからない感じだ。


 ただアグネスさんとタマルさんにとっては、リリイとチャッピーが生きていて、そして一緒にいる姿を目の当たりにした事は、まさに奇跡の瞬間だったのだろう。


 俺も、運命を感じざるを得ない。

 まぁ運命と言ってしまえば、今まで出会った人全てが、運命だとは思うが。


 今改めて思い返すと……アグネスさんとタマルさんは、本当にリリイとチャッピーのことが好きで、いつも気にかけていた。

 一緒にいるときは、遊んだり話しかけたり……母親のような視線を向けていた。

 子供が好きで、リリイとチャッピーのことが特に好きなんだと思っていたが……血の繋がった親族だったわけだ。


 今にして思えば納得だが……当時は全く気付かなかった……。



 それにしても……話が凄すぎて……頭の整理が追いつかない。


 サーヤは事前に打ち明けられていたようで、整理できているようだが、一緒に聞いているニアは、俺と同じように感じているようで、珍しく黙っている。

 静かに、噛み砕くように情報を飲み込んでいるようだ。

 いつになく真剣な眼差しだ。

 まぁ俺たちの愛するリリイとチャッピーのことだからね。


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