939.アグネスさんの、正体。

 俺は、混乱する頭を必死に整理していた。


 俺に、突然のカミングアウトをしたサリイさんの話は、驚くべきものだった。


 サリイさんが、俺の愛するリリイの伯母で、リリイはなんと『アルテミナ公国』の前公王の娘で王女とのことだった。


 改めて思い返すと……サリイさんはよくリリイとチャッピーに優しい眼差しを向けていたし、一緒にいるときは楽しく遊んでいた。

 単に子供が好きなのかと思っていたが、血の繋がった家族だったわけである。

 妹さんの娘ということなのだから、ほとんど自分の娘と同じ感覚だろう。

 よく今まで名乗り出ずに、我慢できたものだと思う。


 そういえば……同じ元冒険者のローレルさんも、いつもリリイとチャッピーに温かい優しい眼差しを向けていた。


 あれ……さっき七年前のクーデター直後、自分と冒険者をしている伯母に監視がついていたと言っていたが……もしかして……?


「あの……もしかして……ローレルさんは……」


 俺がそう言ってローレルさんの方を見ると、彼女は椅子から立ち上がった。


「はい。今まで黙っていて、すみません。私はサリイの伯母になります。サリイの母親の姉なのです。リリイにとっては大伯母ということになります」


 ローレルさんはそう言って、俺に頭を下げた。


 なんとローレルさんも親戚だった。

 何この展開!?

 驚きが上書きされていく……。


「ローレルさんたち冒険者パーティー『炎武えんぶ』の皆さんが、『コウリュウド王国』に来たのもリリイを見守るためということなのですか?」


「はい。監視の目があるので動きづらいところだったのですが、サリイが先に動いて大きな支障がなかったことと、ちょうど『アルテミナ公国』から『コウリュウド王国』の『マグネの街』を訪れる冒険者が増えていましたので、その状況を利用しました。引退して第二の人生をやり直すと周囲に公言して、出てきたのです。公国は、一応監視をつけていたものの、七年も経っているので、それほど重要視していなかったのだと思います」


「なるほど……そういう事情だったのですね。そんな事情とは知りませんでしたから……お願いした仕事が、リリイとあまり一緒にいられない仕事だったので、辛かったのではありませんか?」


「いいえ、私もそうですが、サリイも、たまに会えるだけ充分幸せでした。この七年間は会うことなどできませんでしたから。使いを頼んだ者に、どのぐらい大きくなったとか……様子を聞くぐらいしかできませんでしたので。それにグリムさんにお会いして、周りの皆様ともお会いして、リリイがほんとに幸せだと、楽しそうに生きていると、心の中でいつも感謝していました。本当にありがとうございます」


「いえ、感謝なんて……していただく必要ありませんよ。リリイと出会えて、私が一番幸せですから」


「そう言っていただくと本当に……本当に……ううっ」


 ローレルさんは、嗚咽した。


 彼女は普段泣くような雰囲気の人ではないのだが……。

 俺も涙が出てきた。


 この人たちの今までの気持ちを思うと……涙が溢れ出してくる。

 娘のようなリリイ……孫のようなリリイ……打ち明けて思いっきり抱きしめたかったろうに……。


 ローレルさんは、冒険者を引退して、少しでもリリイの近くで見守るという決断をした。

 パーティーメンバーの皆さんも、当たり前のように行動を共にしたのだろう。

 このパーティーの皆さんは、本当に一つの家族のような感じだ。

 ローレルさん以外のメンバーも、リリイとチャッピーをすごく可愛がってくれていた。


 俺は、体は若くても、心は涙もろいおじさんのままなので、一度涙腺が崩壊すると、もうだだ漏れになってしまうのだが……何とか気持ちを落ち着けて、話の続きを聞くことにした。


 それにこの展開から行くと……吟遊詩人のアグネスさんとタマルさんも、何か関係があるということだよね……?

 でもどうして……?

 『アルテミナ公国』に行ったことがあるという話は聞いていたけど……。

 そういえば、確かタマルさんは『アルテミナ公国』の出身と言っていた。

 それでアグネスさんとともに、吟遊詩人として訪れたことがあるという話だったと思うが……。


 そんなことを思いつつ、アグネスさんとタマルさんのほうに視線を向けると、何かを感じ取ったようで、アグネスさんとタマルさんが椅子から立ち上がり、俺に近寄って片膝をついた。


「グリムさん、私も謝罪いたします。本当のことを打ち明けるのが、遅くなりました。私もタマルも、リリイとチャッピーのために、お世話になることにしたのです。ピグシード城でお会いしたときに、リリイを見つけました。元々『フェアリー商会』に協力するだけのつもりでしたが、リリイとチャッピーを見守るために入社させてほしいと申し出たのです」


 やはりこの二人も、リリイとチャッピーを見守るために『フェアリー商会』に入ったということか……。

 そして……リリイだけじゃなく、チャッピーの名前も明確に入っていたが……?


 俺はとりあえず二人を立たせ、元の椅子に座らせた。


「あの……アグネスさん達はリリイはどういう関係が……?」


「グリムさん、私の本当の名前は……トワイライト=アルテミナと申します。私は、リリイの父方の叔母になります。殺害された前公王は一番上の兄で、クーデターを起こした現公王は二番目の兄なのです。七年前のクーデターの時に、三番目の兄が命がけで私を逃してくれ、九死に一生を得ました。公国では死んだと思われています。そして私は、タマルの村の人達の手助けで、密かに公国を脱出しました。その時にパートナーだったタマルも、一緒についてきてくれたのです」


 アグネスさんは、涙をこらえながら言った。


 なんとアグネスさんは、『アルテミナ公国』の王女だったようだ……。

 そして、リリイの父方の叔母だった……。

 俺も、もう言葉が出ない……。


 でも……前に『波動鑑定』したときには、『名称』はアグネスとなっていたけど……?


 そういえば……リリイもリリイ=アルテミナとはなっていない。

 リリイと表示される。


「あの……すみませんが……アグネスさんを鑑定させてもらうと、ちゃんとアグネスと表示されると思うのですけれど……? それにリリイもリリイと表示されるだけで、アルテミナという苗字は表示されないのですが……?」


「はい、鑑定されて出自がわかると困るものですから、『命名』スキルを持つ者に頼んで、名前を付け直してもらったのです。『命名』スキルを使って、名前を上書きすることによって、以前の名前を消すことができるのです」


 そう言ったアグネスさんが、サリイさんに視線を流した。


「リリイについては、公国を出るときに、私たちが『命名』スキルを持っている者を手配しました。あの子の親がつけてくれたリリイという名前だけを残し、アルテミナという苗字は上書きによって消したのです」


 今度はサリイさんが、説明してくれた。


 俺はあまり認識していなかったが、この世界では名前を変えて別人として生きる事は、比較的簡単にできるようだ。

 もっとも、『命名』スキルを持っている者に頼まないとできないから、そういう伝手がなければ簡単にはできないだろうけどね。



 それにしても……驚きのカミングアウトの連続だ……。

 そしてリリイを心配して、こんなに血縁者やその友人たちが集まっていたなんて……。



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