938.リリイの、出自。
翌日の午後、俺はピグシード辺境伯領『マグネの街』の『フェアリー商会』本部にいる。
『アメイジングシルキー』のサーヤから重要な話があると、呼び出しをされたのだ。
もちろん転移で来たが、一緒に来たのはニアだけだ。
会議室に入ると、待っていたのはサーヤだけではなかった。
『アルテミナ公国』出身の元冒険者で、現在は『フェアリー商会』の幹部として大活躍してくれているサリイさんとジェーンさんがいる。
その傍には、初めて見る女性もいる。
それから、そのサリイさんの紹介で『フェアリー商会』に入ってもらい、『領都ピグシード』にある『狩猟ギルド』のギルド長をお願いした元冒険者のローレルさんもいる。
ローレルさんの仲間で、一緒に冒険者パーティー『炎武』を組んでいた皆さんも来ている。
『ハンター育成学校』の校長をお願いしているサラさんと、講師陣となっているフェリスさん、ディグさん、オリーさんだ。
『フェアリー商会』で『芸能事業本部』を担当してくれている吟遊詩人のアグネスさんとタマルさんもいる。
このメンバーは……一体どういうことなのだろう?
どういう話なのか全く予想できないが、とりあえずみんなに座ってもらった。
サリイさん達と一緒にいる初めて見る女性は、アイスティルさんと言って、サリイさん達が冒険者をしていたときのパーティーメンバーだそうだ。
簡単に挨拶を交わした。
「旦那様、ここにいるみんなから、大事なお話があります。まずはサリイから話をさせます」
サーヤがそう言うと、サリイさんが椅子から立ち上がった。
「グリムさん、すみません……お呼び立てして。実は……一つ打ち明けなければならないことがあるのです」
神妙な面持ちで、サリイさんが切り出した。
どういうことだろう……?
「打ち明けなければならない事というのは……?」
「はい。私が『フェアリー商会』さんにお世話になったのには、理由があるのです。面接の時にサーヤさんにお話しした『フェアリー商会』さんの評判を聞いて、ぜひ働きたいと思ったのも嘘ではありません。ただそれ以外に本当の目的があり、それを今まで秘密にしていました。申し訳ありません」
「本当の目的?」
「はい、実は……私は……グリムさんが可愛がってくださっているリリイを見守るために、『アルテミナ公国』からこの町にやって来たのです」
サリイさんは、突然そんなことを言った。
打ち明けなければならないことと言うから、どんな内容なのかと思ってドキドキしたが、全く予想だにしていない方向の話だった。
リリイを見守るために『フェアリー商会』に入ったって……どういうことなんだろう……?
「それは一体……? もしかして……前からリリイのことを知っていたのですか?」
「はい、そうです。実は……私は……リリイの伯母なのです。リリイは、私の妹の娘なのです。一歳のときに、私の祖母が国から連れ出して、人の近寄らない不可侵領域で、隠れて暮らしていたのです」
サリイさんはそう言って、言葉を詰まらせた。
突然のカミングアウトに……俺の頭も追いつかない……。
リリイの伯母……?
「リリイと出会ったときには、一緒に住んでいたおばあちゃんが亡くなって、一人ぼっちになったと言っていましたが……」
「はい。リリイが暮らしていたのは、私の祖母でリリイにとっては、曾祖母になりなす。
リリイと祖母のケリイは死んだことになっていたので、私たちが会いに訪れることはできずに、使いの者に頼んで時々食料などを運んでいました。
ですが使いの者から、突然二人の姿がなくなって、住んでいた場所には祖母のものらしき墓があったと報告を受けたのです。
その後、必死でリリイの行方を探しました。そしてこの街で、グリムさんに保護されていたことがわかったのです」
サリイさんは、泣き出すのを必死にこらえながら、そう説明してくれた。
どうもリリイが一緒に住んでいたのは、ひいおばあちゃんだったようだ。
確かに保護したときに、時々男の人がいろんな物を持ってくるけど、誰かわからないし連絡する方法も知らないと言っていた。
そもそも……どうしてあんな誰も寄り付かない不可侵領域に、二人で隠れて住んでいたのだろう……?
「なぜ国から逃れて、人のいないところで隠れ住むことになったのですか?」
「『アルテミナ公国』で、七年前にクーデターが起きたのをご存知ですか?」
「前にそんな話を聞いたことがあります。確かローレルさん達に初めて会った時にも、そんな話が少し出ていたと思いますが……。確か…… 七年前に公王の弟がクーデターを起こし、王位を簒奪したとか……」
「そうでしたね。あの時にも、少し話は出ていましたね。公王の弟だった現公王は、兄である公王とその家族、自分の弟妹まで殺して王座に着いたのです。
実はリリイは……殺された前公王の娘なのです。王妃が私の妹でした。
そのクーデターの際、妹は幼いリリイを抱いて逃げ出し、実家に助けを求めてきたのです。
残念ながらその時に、妹と私の母は命を落としました。祖母とリリイも危ないところだったのですが、私と仲間たちで助け出したのです。
……妹と母は、身を挺して追手を防ぎ、その時祖母とリリイは川に落ちました。
密かに私と仲間たちで助け出したのですが、クーデター軍は溺れ死んだと思ってくれたようでした。ですから現在の公王は、リリイが死んだと思っているはずです」
サリイさんは、涙を擦りながら話してくれた。
言葉が出ない……。
リリイが『アルテミナ公国』の王女だったなんて……しかも一歳の時に命を失いかけていた……。
「驚きました……。まさかリリイが王女だったなんて……。サリイさんは、命を狙われなかったのですか?」
「はい。クーデターが完全に成功し、実権を把握したために、それ以上の殺生は行わないことにしたようでした。早く民心を落ち着かせようという思惑があったのでしょう。ただ私と冒険者をしていた伯母には、監視がついていたので、リリイたちに会いに行くことができなかったのです」
「では監視されているのを知りながら、冒険者をずっと続けていたのですか?」
「はい。下手に動いて、万が一リリイや祖母が生きてることを、知られるわけにはいきませんでしたから……」
「そうだったんですね。会いに行くことができなくて、さぞ辛かったでしょうね」
「はい。でも私たちにとっては、生きていてくれることが一番でしたから……」
「それにしても……どうして『フェアリー商会』に入ったときに、打ち明けてくれなかったのですか?」
「すみません。打ち明けようかと何度も悩んだのですが……万が一、監視が続いているとまずいので、しばらく様子を見ることにしたのです。その後は、グリムさん達と一緒にいる姿を見て、このままのほうが幸せだろうと思って、打ち明けることをやめたのです。リリイが大人になった時に、打ち明けるかどうか、もう一度考えようと思っていました。場合によっては、一生知らない方がいい、悲しい過去でもありますので……」
サリイさんは、再び大粒の涙を流した。
とても切ない表情だ。
リリイのためには、事情を明かさないほうがいいと思ったのだろう。
その気持ちは、わからなくはない。
今幸せなら、あえて悲しい過去を知る必要はないかもしれないからね。
大人になって、本人が自分の出自をどうしても知りたいという状況になったら、打ち明ければ良いと考えたのだろう。
「では……なぜ今打ち明けたのですか?」
「はい、グリム様が『アルテミナ公国』に向かうと聞きました。当然リリイも連れて行くだろうと思い、告白することにしたのです。
グリムさん達といれば、命の危険はないと思いますが、万が一、公国に気付かれれば、何があるかわかりません。
それにグリムさんが行かれる目的は、悪魔を倒すことと聞きました。相手が悪魔では、リリイが危険にさらされるかもしれないと思い、不測の事態に備えるためにも、真相をお話ししておいた方が良いと判断しました」
「なるほど……そういうことだったんですね」
「すみません。もっと早くお話しするべきでした」
「いや、いいんですよ。むしろよく我慢しましたね。打ち明けて、しっかりと抱きしめたかったでしょうに……。今のリリイの幸せのために、自分の気持ちを抑えて見守っていたのですね……」
「は、はい……すみません。本当に……うう」
サリイさんは、泣き崩れてしまった。
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