937.サリイたちの、密談。

 ピグシード辺境伯領『マグネの街』

 宿屋『フェリー亭』……二階の客室の一つ……


「サリイ、ジェーン、久しぶりね! 元気そうで何よりだわ」


 『フェアリー商会』の幹部となっている元冒険者サリイとジェーンに声をかけたのは、『アルテミナ公国』から訪ねて来た元パーティーメンバーのアイスティルだった。


 彼女は、冒険者パーティー『麗華れいか』を組んでいた時に、『魔法使い』ポジションを担当していた仲間なのである。


「あなたも元気そうで良かったわ。悪いわね、わざわざ来てもらって」


「疲れたでしょう? 座って」


 サリイとジェーンは、アイスティルと交互にハグをしながら懐かしそうに語りかけた。


「いいのよ。あたしもちょうど、来たいと思っていたところだから」


「早速で悪いんだけど、最近の公国の状況はどう?」


 サリイは、早る気持ちを抑えきれずに切り出した。


「悪くなる一方ね。『冒険者ギルド』への締め付けも、かなり厳しくなってきているみたい。人々の生活も益々荒んでいるし、盗賊などもだいぶ増えているわ」


 アイスティルは、胸まで伸びた明るい茶髪をかきあげながら、美人顔の眉間にしわを寄せた。


「ルナリーはどう? 連絡あるの?」


 今度はジェーンが急かすように、仲間の様子を訊いた。


「相変わらず公国の正規軍に潜入できているけど、あまり連絡が取れないんだよ。最後に連絡が来たときには、うまくいけば近衛隊の配属になれそうだから頑張るって言ってたけど……」


 そう答えたアイスティルの表情には、いくばくかの不安が浮かんでいた。

 冒険者パーティー『麗華れいか』で、『アタッカー』をしていたルナリーは、騎士にも劣らぬ強さを持っているが、単身で潜入していること自体、常に危険な状況の中にいるということなのである。


「そう……。元気ならいいけど。メルタリアは?」


 ジェーンは、アイスティルの不安を感じ取り、深く訪ねることを止め、もう一人の仲間の話に切り替えた。


 『タンク』ポジションを担当していたメルタリアは、アイスティルと行動を共にしていることをジェーンは知っているので、元気にしているだろうとの予想はできたが、確認も含め話題を切り替えたのだった。


「メルタリアは元気よ。表向きの行商団の活動は、あの子とマヤとカヤがやってくれてるわ。マヤカヤもナメゴンも元気よ!」


 先程の心配気な表情から一変して、アイスティルは笑顔を作った。

 アイスティルは、『アルテミナ公国』内の情報を集めるために、表向き行商団を作って活動しているのだが、実際の運営はメルタリアと冒険者パーティーを組んでいるときに荷運び人をしていた双子の女の子マヤとカヤが行っているのであった。

 またその時に保護して仲間にしたナメクジ型の虫馬『スラッグン』のナメゴンも、荷引き動物として行商団に加わっているのである。


「マヤカヤとナメゴンも、元気ならよかったわ」


「ほんとね」


 サリイとジェーンは、安堵の表情を浮かべた。


「地下組織のほうも、何とか摘発されずに活動を続けられているわ。まぁハートリエルさんとシュキさんのお陰だけどね。ハートリエルさんの情報収集は完璧だし、何か危険があってもシュキさんが一人で屠っちゃうからね」


 アイスティルは、そう言って笑みを浮かべた。


「それはよかったわ。まさかレジスタンス組織の首領が、『冒険者ギルド』の副ギルド長とは思わないでしょうからね」


「まぁハートリエルさんのことだから抜かりはないと思うけど、だんだん取り締まりが厳しくなっているようだから、充分気をつけるんだよ」


 サリイは頷きながら、ジェーンは少し心配気に言葉をかけた。


「わかってるわ。私の事は心配しないで。それより相談があるのよ」


「「相談って!?」」


 サリイとジェーンは、ハモるように反応した。


「実はね……組織で保護している人たちが増えてきて、今のまま匿っているのが厳しい状況になってきたのよ。特に亜人の人たちは、しつこく公国に狙われているから、一時的にでも国外に出したほうが安全だと思うのよね。旅人を装って少しずつこの国に送り出そうと思っているの。受け入れてもらえるかしら?」


「もちろんよ! なんとかするから任せて。ピグシード辺境伯領は移民を募集してるから、本気で移民してもいいなら定住できるし、一時的な避難でも場所を用意するわ。『フェアリー商会』で雇用してくれる可能性もあるし」


「少なくとも『フェアリー商会』で、困ってる人を見捨てることは無いわ。会頭のグリムさんも妖精女神と言われているニア様もそういう人よ」


「それはよかった。じゃぁ移動の時だけ気をつければ、何とかなりそうね」


 サリイとジェーンの答えに、アイスティルは安堵の表情を浮かべた。

 彼女が来た本題は、この件についてだったので、期待していた通りの回答に肩の荷が降りた思いだったのだ。


「この件は、サーヤさんに相談したほうがいいわね……」


 自問するように……呟くようにサリイが言った。


「そうね。『フェアリー商会』での雇用も、サーヤさんが力になってくれるはずだし。きちんと事情を説明すれば、安全な場所も用意してくれるんじゃない?」


 同じことを考えていたジェーンも、声に力がこもった。


「そうね……この件について、しっかり説明したほうがいいわね。あと……そろそろ本当のことを言ったほうがいいと思っているのよね……」


「そうね。私もそう思っていたところよ」


 サリイとジェーンは、お互いを見つめて頷いた。


「サーヤさんは、私を採用してくださった時から何か事情があるというのを多分察していたと思うの。それでも詳しく聞かずに、私を信じて採用してくれた。今こそきちんと説明する時だわ」


「そうね、早いほうがいいわね。グリムさん達の次の目的地が『アルテミナ公国』という話だから……このままでは、あの子たちも一緒に行ってしまうわ。多分私たちより、もう強いくらいだと思うけど……それでも少し心配だわ……」


「そうなのよね……。グリムさんと一緒にいるのが、一番安全だとは思うんだけど……今回の『アルテミナ公国』行きは、悪魔を倒すためみたいだし……。ただでさえ危険なのに……万が一、身元がバレれば……」


 サリイが、考え込むように……腕組みしながら視線を落とした。


「悪魔!?」


 二人の話を聞いていたアイスティルが、驚きの声を上げた。


「そうなの……。やはり『アルテミナ公国』は、悪魔の影響下にあるみたいなの。私たちが何年もかけて調べていたことを、グリムさん達が一瞬でつかんでしまったのよ。おかげで、私たちの予想が間違っていなかったことがわかったけどね。詳しい情報は教えてもらってないんだけど、悪魔の根城が『アルテミナ公国』にあるという情報をつかんだようなの。それでグリムさんが、探りに行くらしいわ……」


 サリイが、複雑な表情で説明した。


「それであの子たちも、一緒に来きちゃうわけ? 危険よ! あなた達の話じゃ、グリムさんは相当強いみたいだけど……悪魔が相手じゃ……。それに公王は、公王家の血筋の能力をまだ諦めていないわ。悪魔と結託しているなら……悪魔の狙いなのなのかもしれないし……。過去に遡って、公王家の血筋を探しているくらいなのよ……」


「そうね……やはり危険よね……。おばあさまが必死に守り育てたあの子を、みすみす公国に入れるわけにはいかないわよね……」


「それから、もう一人の子も……あの村の生き残りなんでしょう? おそらく伝説の正当な血筋よね?」


「そうなの……。私もここに来て、最初に二人を見たときには驚いたわ。運命の引き合わせとしか考えられなかった……」


「あの村の人間は、全滅したことになっているけど……もし生きていることが知れたら、大変なことになるわ!」


 アイスティルは、煮え切らない感じの二人に、立ち上がって力説した。


「ローレル伯母様たちやアグネスさんたちにも声をかけて、まずはサーヤさんに事情を説明するわ。その後グリムさんに時間を作ってもらいましょう。今まで真実を隠していたことを詫びて、二人を連れて行かないようにお願いするつもりよ」


 サリイは、決意の眼差しで言った。


「そうね。それがいいわね。最近の『アルテミナ公国』の生の情報が欲しいから、あなたにも同席してほしいんだけど……」


 ジェーンは、そう言いながらアイスティルの肩に手をかけた。


「もちろんよ。任せて! グリムさんにも会ってみたいしね。凄い……いい男なんでしょ?」


 アイスティルは、胸をポンと叩きながらイタズラな笑みを浮かべた。


「アイスティル、あなたが男に興味を持つなんて、驚きね」


 サリイも、イタズラな笑みを浮かべた。


「なによ! 男嫌いってわけじゃないんだから……。興味を持たせるような男に出会わなかっただけよ……」


「まぁ見るだけにしといたほうがいいわよ。競争率が高いとかの次元じゃないから……。もう競争できない次元だから……。グリムさんを落とせるとか、落とせないとかじゃなくて……お嫁さん軍団の一員に滑り込めるかどうかっていうレベルだから……ほほほほほ」


 今度はジェーンが、イタズラっぽく笑った。


「なにそれ!? ますます会ってみたくなったわ!」


「楽しみにしてて、ふふふふふ」


「襲いかかっちゃダメだよ、ほほほほほ」


 三人は、お互いを見ながら愉快に笑った。

 一転して、女子トークで盛り上がりだしてしまったのだった。


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