936.のさばる悪を、闇に紛れて掃除する。

「グリム様、本当にありがとうございます。このご恩は、決して忘れません。今後の私の人生をかけて、お返しいたします」


 そう言って、俺に六回目にもなる礼をしているのは、『護衛請負専門商会マモリヤス』の会頭だったマモさんだ。

 マモさんは、『監獄島』から救出し今後の生活の面倒まで見てくれたと言って、繰り返しお礼を言ってくれているのだ。


 人手不足が懸念されていた『フタコブ島』の住民になって『フェアリー商会』で働いてくれるし、海義賊となった『自由の旗海賊団』にも入ってくれるので、むしろ俺の方こそ礼を言いたいくらいなのだが。

 まぁ実際、礼は言ったけどね。


 一応、マモさんには、脱獄したばかりの今すぐは無理でも、いずれまた商会を経営したいなら、応援するという話もした。


 がんばって経営していた商会が、濡れ衣であっという間に潰されたのだから、すごく無念だと思う。

 もう一度再起したいという気持ちがあるのではないかと思い、そんな話をしたのだ。

 だが、本人はもう過ぎたことと割り切っているとのことだった。


 逆に、一生監獄暮らしと思って人生を諦めていたのに救ってもらったので、新たな人生を始めたいという気持ちだと言っていた。


 それ故に、『フェアリー商会』の力になれるように頑張ると宣言してくれたのだ。

 非常にありがたい話である。


 マモさんは、四十六歳ということだが、筋肉質でがっちりとした体型をしている。

 背は低めだが、とてもパワフルな印象だ。

 赤の縮毛で顎髭も蓄えているので、海賊も似合いそうだ。

 レベルが38もあるから、腕のいい護衛だったのだろう。

 フリーの護衛稼業から身を立てて、商会を作ったのだそうだ。


「今後は、アルビダ様のもとで海賊ができると思うと、年甲斐もなくワクワクします!」と笑っていたので、その力を遺憾なく発揮してくれることだろう。


 副会頭のリーさんという人は、スリムな華奢な体つきの人だった。

 四十四歳で、子供が七人もいるビッグダディだ。

 奥さんのお腹には八人目もいるらしく、心配でたまらなかったとのことだ。


 もう二度と会うことができないと思っていたようだが、再び会うことができて号泣していた。

 そしてこの人も、俺に対して何度も泣きながら礼を言ってくれている。


 茶髪をロングにした素敵なおじさまという感じなのだが、俺の顔を見ては、号泣してぐちゃぐちゃになっているので、少し残念な感じだ。


 お子さんたちは、今のところ全員女性らしい。

 一番上の子は、成人したての十五歳とのことだ。


 リーさんは、もう会えないと思っていたのに、再会できた喜びで未だに気が動転しているのか……俺に対して、「ご恩をどう返していいかわからないので、娘たち全員を嫁に出します」とわけのわからないことを言い出していた。


 もちろん、そんな必要はないと丁重にお断りしたけどね。


 リーさんは、商会の運営全般を取り仕切っていたらしい。

 元々マモさんを兄貴と慕っている関係だったようで、肉体派のマモさんと頭脳派のリーさんというコンビだったようだ。

 これに、仕事頭として現場を仕切るヤスさんが加わり、商会を回していたとのことだ。


 リーさんは、アルビダさんの海賊団に入りたいとは言っていたが、『フェアリー商会』の仕事についても、村長のリョウシンさんを補佐してくれると言ってくれた。


 まだ実際の仕事ぶりは見ていないわけだが、リーさんはマネージメント能力が高そうなので、ここの仕事をうまく管理してくれそうな感じだ。


 今後の仕事ぶりが楽しみである。


 今回保護してきた家族には、もちろん小さな子供たちもいたが、自然あふれるこの島が気に入ったようで、先に住んでいた島の子供たちとすぐに仲良くなっていた。





 ◇





 夜になって……俺は久しぶりに、“夜の世直し活動”を行ってきた。


 今は、終わって帰って来たところだ。

 もう真夜中である。


 俺と俺の分身『自問自答』スキル『ナビゲーター』コマンドのナビーで、『ペルセポネ王国』の『セイレン市』に行ってきたのだ。


 ナビーが、今日の日中に『護衛請負専門商会マモリヤス』の人達の家族を連れ出しに行った時に、転移先として登録してくれていたのだ。


 なぜ夜に再度訪れたかと言えば、この『セイレン市』の隣町の『セイレニの街』の代官を捕縛して突き出すためだ。


『護衛請負専門商会マモリヤス』の人達が、無実の罪で投獄されたのも代官のせいとのことだった。

 話を聞く限り、かなり悪どい代官のようだ。


 そんな奴をのさばらせておくと、また犠牲者が出てしまう。


 そこで、久しぶりに『闇の掃除人』として、のさばる悪を闇に紛れて掃除してしまうことにしたのだ。


 俺とナビーは、隣町『セイレニの街』まで『飛行』スキルを使って移動した。

 闇夜に紛れてしまえば、空を飛行していても気付かれることはないからね。


 代官の屋敷を突き止め、『隠れ蓑のローブ』を使って姿と気配を消して潜入した。

 そして仕事部屋や倉庫などを物色し、犯罪行為の証拠を確保した。


 『護衛請負専門商会マモリヤス』の仕事頭だったヤスさんの話では、犯罪に加担したと難癖をつけて商会を潰すとすぐに資産を没収して、その過程で一部を自分の懐に入れているという話だった。

 探せば、絶対何かしらの証拠が出ると思って、乗り込んだわけである。


 証拠は、すぐに見つかった。

 隠し倉庫を発見したのだ。

 そこにあるものは、ほぼ不正な蓄財だろう。

 そして仕事部屋では、それを裏付けるような証拠も見つけることができた。

 没収した資産の本来のリストと、提出用の偽のリストを発見したのだ。

 この差と隠し倉庫にあった物を照らし合わせてみたら、一致するものだった。

 また不正な蓄財によって得たと思われる不動産のリストもあった。


 すぐに証拠を発見したので、代官を密かに拘束し、『セイレン市』に戻って領城に連れて行った。


 本来なら『セイレニの街』の守護に突き出すところだが、癒着している可能性もあるので、その上の領主のところに突き出したのだ。


 『セイレン市』や『セイレニの街』が属する『接海領せっかいりょう』の領主は、女海賊アルビダさんの父親のシレーヌ侯爵である。


 確実に侯爵の目に触れるように、侯爵の部屋を突き止めて、その扉の前に縄でぐるぐる巻きにした代官と犯罪の証拠資料を置いてきたのだ。


 シレーヌ侯爵がどういう人物なのかということは、まだアルビダさんから聞いていないが、アルビダさんのような人格の人であることを期待し、証拠とともに置いてきた。


 そして、メッセージも添えた。


 ————————————

 領主 殿


 領内の商会に濡れ衣を着せ、潰した挙句、没収した資産を着服していた悪徳代官を、その証拠と共にお届けする。


 この代官に濡れ衣を着せられ、犯罪奴隷に落とされた者たちもいるはずである。

 徹底的な調査と奴隷からの解放と釈放を願う。


 領主殿の善処に期待する。


 闇の掃除人

 ————————————


 こうメッセージを添えたので、ちゃんとした領主なら徹底調査をしてくれるだろう。


 そして濡れ衣で捕まえられている人たちがいれば、解放してくれるはずだ。


 そうすれば、いずれ今回脱獄するようなかたちで救出した人たちも、国に戻れる日が来るかもしれない。


 まぁ彼らは、もう新しい道を歩む決意でいて、戻りたいとは思っていないようだけどね。


 悪徳代官を退治したので、すっきりとした気持ちで眠れそうだ。

 本当は、正式に『ペルセポネ王国』の『セイレン市』を訪れて、ゆっくり見物をしたいけれど、それはまた次の機会だ。


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