931.ピッタリの仕事を、提案!

 翌日、俺はセイバーン公爵領『ウバーン市』に来ている。


 ピグシード辺境伯領に仕官してくれたケンナさんとヤリンさんが勤めていたという『護衛請負専門商会マモリヤス』の人たちに会うためだ。


 もっとも、その商会は『ペルセポネ王国』で犯罪に巻き込まれ、取り潰しになったようだが。


 ケンナさんとヤリンさんの話では、元商会のメンバーは十八人いて、そのうちの何人かは、新たに護衛を請け負う商会を始めようとしているということだった。


 そこで俺は、『フェアリー商会』の人材としてスカウトできないかという話を二人にした。

 そして二人からも、ぜひ話をしてあげてほしいと頼まれたのだった。

 昨日の夜のうちに、ケンナさんとヤリンさんがメンバーたちを探しに『ウバーン市』を訪れてくれていた。


 今日の朝になって、『アメイジングシルキー』のサーヤが迎えに行ったところ、昨夜メンバーたちに会えて、大体の話を伝えたところ、詳しい話を聞きたいと言ってくれたと報告を受けたのだ。


 そこで俺はサーヤとともに、転移でやって来たのである。


 ケンナさんとヤリンさんは、待ち合わせ場所に皆を集めてくれているらしい。


 待ち合わせの場所は、港だった。

 まだ十八人とも、『ウバーン市』に残っていたようで、人数も多いことから港の広場で集まることにしたらしい。


 何人かは商会が所有していた船で寝泊まりしていることもあり、広い港横の広場にしたようだ。


 ケンナさんたちと同じく、元々護衛の仕事で『ウバーン市』に来ていた人たちは、依頼主の船に乗っていたので船はない。

 だが、後から商会が取り潰されたことを知らせに来てくれた人たちが乗って来た中型船が一隻あるらしい。

 その船に、何人かが寝泊まりしているということのようだ。


「はじめまして、私はヤスと申します。『護衛請負専門商会マモリヤス』では、仕事頭として実際の仕事の段取りや、護衛隊の編成などをしていました」


 四十代くらいのがっしりとしたスキンヘッドのおじさんが、前に進み出て挨拶をしてくれた。


 どうやらこの人が、今残っているメンバーでは一番役職が上だったようだ。


「はじめまして、『フェアリー商会』の会頭のグリムといいます。お集まりいただき、ありがとうございます」


 俺はそう声をかけて、ここに集まった人たちの現在の状況を聞かせてもらった。


 それによると……このヤスさんを中心に、ここにいる護衛隊の隊長さんなど四十代三十代のメンバーで、護衛を請け負う商会を立ち上げられないか模索していたらしい。


 商会の幹部が突然逮捕されたときに、ヤスさんは運良く不在で、情報を知ってすぐに身を隠したとのことだ。


 そして事務を担当していた人が、社員に払う給金用の硬貨を持ち出してヤスさんと合流したのだそうだ。

 更に、捕まらなかった他のメンバーとも合流し、逃げ出して来たとのことだ。


 隣町で受けた護衛の仕事の依頼主が実は窃盗団で、『護衛請負専門商会マモリヤス』まで一味と認定されてしまったらしい。

 そしてまるで準備していたかのように、隣町の衛兵隊が押し寄せ、摘発されてしまったとのことだ。

 ヤスさんの話では、完全な濡れ衣で、巻き添えを食っただけというのが真相のようだ。


 隣町の代官が摘発の指示を出していて、瞬く間に商会の資産を抑えて幹部を逮捕してしまったらしい。


 その代官は、『商会潰し』と言われ始めている恐ろしい代官なのだそうだ。

 難癖をつけては商会を取り潰し、資産を没収し、社員を奴隷にする。

 その過程で、資産を自分の懐にかすめ取っているという噂があるらしい。

 通常捕まえる必要のない末端のスタッフまで捕まえて、犯罪奴隷に落としてしまうという恐ろしい噂もあったようだ。


 そんなこともあり、ヤスさん達は、逃げる以外の選択肢が無かったらしい。


 この代官の行為が酷いという話も、商売仲間からの噂であって本当かどうかわからないようだが。

 まだ大々的な噂にはなっていないので、領主などの耳にも入っていないのだろうとのことだ。


 彼らの商会があった大港湾都市『セイレン市』は、『接海せっかい領』の領都でもあるらしい。

接海せっかい領』の領主は、『フェアリー商会』に入ってくれた女海賊アルビダさんの父親のシレーヌ侯爵ということだ。


 そのお父さんが、アルビダさんと同じような実直な性格の人なら、領内の不届きな代官を見逃すとは思えないが……。


 そういえば、アルビダさんに父親のことは詳しく聞いてないので、どんな人物なのかは、わからないんだよね。

 仮に俺が思っていた通りに悪い人でなかったとしても、領内のことをくまなく把握することは難しいから、代官の悪行に気づいていないのかもしれない。


 ヤスさんは、相手がそんな噂がある代官であるために、国を出て、すでに『ウバーン市』にいた商会の人たちにも国に戻らないように知らせに来たのだそうだ。


 もし戻って捕まったら、奴隷にされる恐れがあるから、しばらくは国に戻らないようにみんなに諭したとのことだ。


 この世界は冤罪などで簡単に人生が狂わされるし、一度奴隷に落とされたら、普通は元の生活に戻ることなどできないだろう。


 今回の罪で、さすがに家族まで逮捕されることはないと考えているようだが、念のため残してきた家族には、しばらく身を潜めるように伝えてあるらしい。


 どうにかして家族に連絡をして、呼び寄せたいという希望もあるようだ。


 ヤスさんたちが持ち出した資金は、もともと社員への給金としてストックしていたものらしく、それをここのみんなに配ってしまったので、それほど大きな金額は残らなかったらしい。


 そのため新たに商会を起こすにしても、資金的に心もとなくて、しばらく他の仕事をしてお金を貯めて、みんなで持ち寄ろうという話を進めていたとのことだ。


 本当は十八人全員でやりたかったようだが、それほどの人数に給金が払える状態になるかどうか分からないので、若い人には仕事を探してもらうことにしたのだそうだ。

 そして、仕事を見つけるのが大変な四十代と三十代の人で、立ち上げを検討することにしたらしい。


 大体の事情はわかったので、俺はいくつか提案してみた。


 まず一つ目は、本当に護衛を請け負う商会を立ち上げるなら、事業計画を説明してもらって問題なければ、『フェアリー商会』で出資をするという話である。


 二つ目は、『フェアリー商会』に入らないかという話だ。

 『フェアリー商会』の中にも、警備部門である『警備保安事業本部』があり、対外的には『フェアリー警備』という名称になっている。

 ただ、現状は『フェアリー商会』の各店舗や施設の警備を担当する部門で、外部からの警備の請負は行っていない。

 将来的には、警備の請負や護衛の請負も考えているので、その仕事を担当してもらっても良いという話をした。


 それから、俺が密かに閃いたのだが、長距離乗合馬車事業をセイバーン公爵領で始めるので、そのスタッフにならないかという話をしたのだ。

 結構熱が入ってしまった。


 よく考えたら、そのスタッフに最適なんだよね。


 長距離乗合馬車事業は、各市町を結ぶ街道に乗合馬車を走らせるというものだ。

 この世界では、命の危険が伴う旅をする事業なのである。

 それ故に、腕の立つ人間が必要なのだ。


 ピグシード辺境伯領で既に始めている長距離乗合馬車事業は、『アルテミナ公国』からやって来た元冒険者を採用し、腕の立つスタッフで行っているのだ。


 もちろん荷引き動物たちは、みんな俺の『絆』メンバーなので『共有スキル』が使えるし、スライムたちも密かに警備してくれているので、実はほとんど危険はないんだけどね。


 セイバーン公爵領でも、市町の中で走らせる乗合馬車事業と、街道を結び市町間を移動する長距離乗合馬車事業を行ってほしいと、マリナ騎士団長やユーフェミア公爵から頼まれていた。


 だが元冒険者のような腕の立つ人間がそんなに簡単に見つかるわけじゃないし、スタッフの問題があってすぐにはできないと思っていたのだ。


 でも、この人たちなら、適材だ。

 元々長距離を移動する行商団の護衛をしていた人たちだからである。

 今までの仕事を通して、依頼主である行商団の人たちとの円滑な人間関係を構築する能力も身に付けているだろう。

 旅の経験も豊富だから、何かあったときの対応力もあると思う。

 よく考えたら……これ以上ないというくらいの人材なのだ。


 それで俺は、必然的に力が入って説明してしまったのだ。


 三つ目の提案は、ピグシード辺境伯領に仕官しないかという勧誘だ。


 そんな俺の提案を聞いて、みんなすごく嬉しそうな顔をしていた。


 話していても、手ごたえがかなりある感じだった。


 少しみんなで相談したいというので、相談する時間をあげることにした。



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