918.海賊から、海義賊へ。
「私たちの住む場所を整備していただき、ありがとうございます。ニア様、グリムさん……どうして私たちに、ここまでしてくださるのですか?」
『自由の旗海賊団』のお頭……女海賊のアルビダさんは、俺とニアの前で片膝をついた。
「言ったでしょう。力になりたいって。ちゃんとしたところに寝て、心の緊張を解さないと、楽しく生きられないわよ。別に何かを要求するわけじゃないから、安心して!」
ニアが、いつもの軽口で答えた。
「ありがとうございます。でもここまでしていただいて……我々は一体どうすれば……」
「だから別に何もしなくていいのよ。ただ……家も整備しといてなんだけど……ほんとにずっとここにいるってことで、いいのよね? ピグシード辺境伯領への移民は、かなりオススメなんだけどね……」
ニアは、イタズラな笑顔を浮かべながらそんな話をした。
ダメ元で、もう一度話を振ってみてくれたみたいだ。
「はい。ニア様とグリムさんの事なら信用できますので、移住することも考えられると思います。ただ……私のような他国を出奔した者を受け入れても、大丈夫なのでしょうか? もし『ペルセポネ王国』が問題にして騒いだ場合、国際問題になる可能性もあり得ます……」
アルビダさんはそう言って、視線を落とした。
「まぁ大丈夫だと思うけどね。他の国からの移民も受け入れるはずだし。そもそもアンナ辺境伯は、そんなこと気にしないと思うのよね。逆に守ってくれようとすると思うけど。それから国王陛下も、守ってくれると思うよ。ただ……もし気が引けるようなら……ここに残るのもアリよね。……そうだ! あなたたち、まとめて『フェアリー商会』に入るっていうのはどうかしら!? 私たちがやってる商会で、いろんな事業をやってるんだけど、商会のメンバーになってくれれば、この島にいたままでも、いろいろ助けてあげられるわ。今よりも安全で豊かに暮らせると思うのよね。仕事をお願いする代わりに、賃金ももちろん払うし、必要な物資は届けるし、より強固な安全対策もしてあげれるわ」
ニアはそう言って、思い切った提案をしてくれた。
全員を『フェアリー商会』に入れるというのは、なかなか思い切った提案だが、確かにそれもありだな……。
ピグシード辺境伯領に移住してもらうのが一番いいと思うけど、心配事があったり、ここで自由に生きていたいというのであれば、無理強いすることはできない。
親切の押し売りをしないで、そっとしておいてあげたほうがいいだろう。
ただもし嫌でなければ、保険的な意味で『フェアリー商会』の社員になってもらって、俺たちと関わりを持ちながら、より安全に、より豊かに暮らすというのはアリだと思うんだよね。
「は、はぁ……。……この島に住み続けたほうが、気が楽ではあるのですが……。『フェアリー商会』に入って、私たちは一体何をすれば……?」
突然の提案に、アルビダさんは疑問顔だ。
「そうね……仕事はどうとでもなるんだけど……ここは海産物がいっぱい取れそうだから、魚や貝をとってくれてもいいわね。それを『フェアリー商会』で販売すればいいし。まぁこの際だから……海運事業を始めてもいいわね。船もあることだし。元海兵も多くて操船技術もあるしね。まぁ海賊を続けてもいいけどね」
「は? ……『フェアリー商会』に入った後も、海賊も続けるということでしょうか……?」
アルビダさんは、ニアの口から次々と出るいろんな言葉や提案に混乱気味だ。
でもその気持ちは、充分わかる。
俺がその立場でも、混乱するよね。
しかも『フェアリー商会』に入った後も、海賊を続けても良いと言っているんだからね。
「もちろん、海賊をやりたいなら続けてもいいわよ! 今みたいな“いい海賊”でってことではあるけどね。私たち商会のメンバーの中には、密かに義賊的な行動している人もいるのよ。……人を助ける海賊っていう意味では、あなたたちも義賊みたいなものよね。海義賊っていう名前にしたらいいかも! ふふ」
ニアは、一人で楽しそうだ。
確かに海義賊っていうのは、面白いかもしれない。
アルビダさんをはじめとした海賊団や島のみんなは、口をぽかんと開けて呆然としているけどね。
ニアが言っている商会のメンバーで義賊的な行動している人というのは、おそらくヘルシング伯爵領『サングの街』の『フェアリー商会』社員のスカイさんのことだろう。
彼女は『闇影の義人団』のリーダーとして、義賊的なこともしているからね。
まぁ『闇影の義人団』に改名してからは、義賊というよりは奉仕活動や人助けをしているという感じだけどね。
そして俺も『闇の掃除人』という名前で、密かな活動をする時もあるから、俺のことも入っているのかもしれない。
アルビダさんたちも、『フェアリー商会』の社員として仕事をしながら、海賊を続けるというのもアリなんだよね。
海義賊として、海の魔物を退治したり、悪い海賊を懲らしめるというのは、人々の役に立つことだしね。
場合によっては、他の海賊たちへの威圧や抑止効果も含めて、海義賊という名前で、情報を広めてもいいかもしれない。
又は、『フェアリー商会』の私設海兵隊として、存在をオープンにしてもいいかもしれない。
もしくは……シンオベロン家の私設騎士団みたいな形で、組織してもいいかもしれない。
一部の貴族の子弟には、俺が私設騎士団を作るのではないかと期待している向きもあるようだし、シンオベロン家の家臣になりたいと申し出てくる者も増えているらしい。
サーヤがこの前、亜人の子たちが、将来俺が私設騎士団を持つなら主力になるほど見込みがあるという話をしたときに、そんな状況も報告してくれたんだよね。
まぁ今のところ、そんな予定は無いけどね。
ついこの前そんな話を聞いたので、思い浮かんでしまっただけだ。
私設騎士団にする案は、すぐに頭から消去しよう。
もしこんな案を、いつものメンバーの前で言ってしまったら……大変なことになりそうだからね。
国王陛下なんか、すぐに私設騎士団の設立を許可しそうだし、家臣団は許可とか関係なくいつでも作れるから、いろんな人が、勝手にいろんな動きを始めてしまいそうで怖い……。
それから、ニアさんが言っている海運事業というのも、アリかもしれない。
現在はやっていないが、海産物や海産加工品の採取や生産も含めて、三十八番目の事業として『海運・海産事業』を立ち上げてもいいかもしれないね。
「あなたたちが作ったこのフタコブ島の村……フタコブ村って呼ぶけど……『フタコブ村』を存続させつつ、『自由の旗海賊団』もやりつつ、『フェアリー商会』の一員にもなって、安定収入を得るっていうのがいいんじゃない! より安全で、より豊かに、そして便利に暮らせると思うわよ! もちろん、この島から出たくなったら、いつでも受け入れられるし。そんな感じで、軽く考えてくれていいんだけど」
ニアは、思考が停止している島の人たちに向けて、改めてまとめ提案をした。
だが相変わらず、みんなポカーンとした状態だ。
やはり突然の提案に、戸惑っているのだろう。
「まぁ慌てなくてもいいわ。ゆっくり考えて。私たちと無理に絡む必要もないから。今まで通りに暮らすなら、それでもいいわ。黙って立ち去るから。それよりも、みんなお腹すいたでしょう? 私が来た記念に、すごいものを食べさせてあげるわ! それはね、この前セイバーン公爵領で行われた食のコンテスト『屋台一番グランプリ』で優勝した『カレーライス』という魅惑の食べ物よ!」
ニアは、押し付けにならないようにするためだと思うが、突然、食べ物の話に舵を切った。
この人……本当に自由すぎる。
そして密かに、俺に念話を入れてきた。
(ここは、胃袋をつかむ作戦でいきましょう! 『波動収納』に作り置きのカレーがしまってあるでしょう? 食べさせちゃおうよ!)
なるほど……そういうことか。
美味しいもので、心をつかむ作戦らしい。
まぁそこまでして無理に引き入れる必要は無いのだが、せっかくだからご馳走してあげよう。
俺は、すぐに魔法カバン経由で『波動収納』から大きなカレー鍋と炊き立ての状態で保存してあるご飯を取り出した。
ふと思ったが……なんとなくカレーライスは……俺たちにとって、今後も切り札的な……ジョーカー的なすごいアイテムになりそうだ。
ここは『ドワーフ』のミネちゃん風に、お礼を言っておこう!
「カレーライス氏は凄いのです! いつも助けてくれて、ありがとうなのです! 今後ともよろしくなのです!」
きっと……ミネちゃんにお礼を頼んだら、こう言ってくれるに違いない……。
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