917.海賊団は、ほぼ海兵隊。

 この海賊団のお頭となり、女海賊となっていたアルビダさんは、アルビダ=シレーヌといい『ペルセポネ王国』のシレーヌ侯爵家の長女だった。

 王子との縁談が受け入れられず、国を捨て出奔したとのことだ。


 その航海の途中、海賊に襲われていた小さな船団を助けた。

 それがコバルト侯爵領『ミルト市』から逃げ出してきた人々で、今この島に住んでいる人たちなのだ。


 この船団を率いていたのは、カイヘインさんという三十五歳の男性だ。

 現在は、この海賊団の副長をしている人で、背が高くがっちりしていて、横幅もある。

 すごく優しそうな顔つきの人で、『ミルト市』の海兵隊で副隊長をしていた人らしい。


 領主だったコバルト侯爵や守護の方針に意見して、無実の罪を着せられて投獄されそうになったところを、家族とともに逃げ出したのだそうだ。

 彼を慕う部下やその家族、他にも虐げられていた人たちを一緒に連れ出したらしい。


 海兵隊が海賊から没収していた船を奪って逃げたそうで、コバルト侯爵領では懸賞金がついたお尋ね者になっていたとのことだ。


 かなりの部下が一緒に来たらしく、この海賊団のほとんどは元海兵ということになる。


 海の魔物を狩ったり、他の海賊を襲ったりと、海兵隊のような働きをしていたわけだが、ある意味それも納得だ。


 カイヘインさんは、この島の存在を知っていて、ここに隠れ住むつもりで船を出航させたらしい。

 島の反対側……コバルト侯爵領とは反対側にあたる南側に、穏やかな入江と砂浜があり、住居を建てられるし、見つかる可能性も低いと考えたようだ。

 島自体が航路から外れているし、仮に近づいてくる船があっても住居は反対側に作ってあるので、気づかれないだろうと判断したそうだ。


 今回他の海賊に襲われたのは、探し回られたから発覚されたのであって、普通には見つからないような環境と言えるだろう。


 この島を目指している途中で、海賊に襲われて応戦していたところ、アルビダさん達に助けられたということになるようだ。

 アルビダさん達は九人しかいなかったが、みんなレベルが高いから、強力な助っ人になったのだろう。


 お陰で海賊たちを追い払うことができ、一緒にこの島までやって来たらしい。


 そしてお互い事情を打ち明けた後に、逃げ出してきた者同士というか、行くあてのない者同士ここに住んで、海賊団を立ち上げることにしたのだそうだ。


 ちなみに海賊団の名前は、『自由の旗海賊団』というらしい。

『何にも縛られず、自由の旗を掲げて生きよう』という想いからつけたのだそうだ。

 発案は、アルビダさんらしい。

 彼女は……自由への渇望が強いように見える。

 端から見れば、羨ましい上級貴族の令嬢の生活も、彼女にとっては自由のない苦しいものだったのかもしれない。


 アルビダさんは、身の上を話してくれるときに、大きな帽子をとって女性だということも明かしてくれた。

 帽子をとるとオレンジ色の髪が肩まで降りてきて、一気に女性っぽくなった。

 背の高い、立ち姿が綺麗な美人だ。

 男装の麗人という言葉にぴったりな人なのだ。


 凛々しい顔つきで、少し太めの眉毛に意思の強さが出ている。

 それでいてかなりの美人顔なので、家柄だけでなく美貌も相まって王子との縁談が出たのだろう。


 一国の王子、しかも話によれば第一王子ということらしいので、そんな縁談が持ち上がったら普通は喜んで嫁ぐのではないだろうか。

 それなのに、家も国も捨てて出奔するというのだから、もしかして他に好きな人でもいるのかと思い、ついそんな質問を投げかけてしまった。


 そしたら……キリリとした表情だった彼女は、急に真っ赤になった。

 そして、「好きになった人以外と結婚するつもりはありません! そんな殿方に出会わなければ、一生独り身でいます! でも……その方と出会うために、私は自由の海に乗り出したのかもしれません……」と何か宣言するように、硬直ながら言っていた。

 話していて途中から恥ずかしくなったのか、最後の方にはさらに赤くなり、声が小さくなってフェイドアウトする感じで終わっていた。


 今までの男を装ったお頭としての荒っぽい感じとのギャップが、可愛いかった。

 よく考えたら彼女は十七歳の少女だし、すごく純粋な子なのかもしれない。



 この島は、海から見ると二つの小山が連続した形になっているのが特徴だ。

 このことから『フタコブ島』と言われているらしい。

 女性の胸の形に見えなくもないので、女性の胸を表現する名前がついていなくてよかった。


 鬱蒼とした森が広がっている島だが、入江の砂浜の周辺はなだらかな平地になっている。

 だが、少し奥に入ると山という感じなのだ。


 畑を作るのは大変な感じだが、おそらく山の植物で食べられるものがいくつもあるだろうし、猪など食べられる動物も多くいそうだ。

 そして何よりも海の幸が豊富だから、作物を作れるかどうかは別にして、食べることには不自由しない島だろう。


 航路から大きく外れていることと、平地が少ないことから放置されていた島なのかもしれない。

 大きさは、一つの街くらいの大きさはあるので、それなりにはあるけどね。

 海賊のアジトにするには、うってつけの場所だ。


 それでも他の海賊たちが使っていなかったのは、航路から離れすぎていて商船を襲撃するのが大変になるからではないかと、元海兵のカイヘインさんが言っていた。



 海賊団として船に乗っている人たちが四十二人、村に残っている人が子供たちを入れて三十九人で総勢八十一名になるようだ。

 規模としては、村と言っていい規模だ。

 小さめの村は、大体人口が百人前後くらいだからね。


 ただ家などの建物は充実しておらず、ほとんどがバラック小屋みたいな感じだ。


 安全のための柵だけは、しっかり張り巡らせてあるけどね。


 海賊団としても、中型船を四隻所有しているだけのようなので、決して大きな規模とは言えない。

 当初の情報では、もう少し規模の大きい海賊団だった気がするが、情報が不正確だったようだ。


 俺は、ピグシード辺境伯領で避難民たちに提供したログハウスタイプの仮設住宅をプレゼントすることにした。


 アルビダさんを始め島の人たちは、最初俺が何を言っているのか理解できなかったようだが、魔法カバン経由で『波動収納』から見本としてログハウスを出したら、俺が言っていることが理解できたようだった。

 目が点になっていたけどね。


 そしてみんなが十分に使えるように、いくつも仮設住宅を設置できるという話をして、瞬く間に設置してしまったのだ。

 島の人たちは戸惑っていたが、ニアさんが中心になって段取りしたので誰も断ることができず、あっという間に設置を完了した。


 それから周囲に、しっかりとした土壁も作ってあげた。

 いつものように、土魔法系の巻物『土壁瞬造グランドウォール』を発動させて作ったのだ。


 これを見ていた村の人たちは、腰を抜かさんばかりに驚いていたが、“妖精族の秘宝”というお約束のキラーフレーズで誤魔化した。


 仮設住宅をいくつも出したので、当然もともとの生活スペースでは足りず面積を拡張し、その上で外壁を作ったのだ。


 途中にある木も一瞬で伐採したので、人々は皆唖然としていたが……木を切り倒すぐらいはいいだろうと思って、やってしまったのだ。

 剣を取り出して、切り倒したので、見ていた子供たちは歓声をあげていたし、海賊団の人たちも驚いていた。


 そして、それを見ていたアルビダさんとその『八従士』たちが、俺の真似をして木を切り付けていたのだが、俺のように一発で綺麗に切り倒すことはできなかった。

 特に地面すれすれで切ったから、難易度が上がったかもしれない。

 みんな首をひねっていた。


 確かに俺は、太い木を枝でも切るように、軽く切ってしまった。

 しかも地面すれすれで……。

 結構なチート技だったかもしれない。


 切れ味抜群の『魔剣 ネイリング』ではなく、先日コボルトの里でもらった『青鋼剣 インパルス』を使ったのだが、やはり名剣だったので、簡単に切れてしまったんだよね。


 俺は、コボルト族からもらった名剣の力でできたことだと、説明を付け加えておいた。


 それでもアルビダさん達は、なぜか首をひねりつつ俺をじーっと見ていた。


 なんとなく……いつものメンバーの貴族女子たちに向けられる視線と似たようなものを感じるが……。

 もちろん『八従士』には男性もいるのだが……同じようにじーっと俺を見ている……。

 何故か背中にゾクっとするものを感じるが……まぁ気にするのはやめておこう。


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