911.二度目の、キス。
食のコンテスト『美味い屋台決定戦! 屋台一番グランプリ』の表彰式は、午前中に終わった。
表彰式が終わった後に、表彰仲間となった『ニクマツリ商会』の会頭さんと、個人で出店していたオッカアさんと少し歓談した。
二人とも凄く喜んでいた。
このコンテストにより、領都中に商品が知れ渡ったことが嬉しいようだ。
お客さんに味を認められたということでもあるしね。
そして売り上げも、凄かったようだ。
二人とも三日半で、一年分稼いだ気分だと大喜びしていた。
俺も改めて思ったが、人口が多い所での商売は売れたときの儲かり方が半端ないんだよね。
まだ正確には聞いていないが、『フェアリー商会』の出店した十三種類の屋台の売り上げを合計すると、一億ゴルを超えたらしい。
途中報告の時点で、既に一億ゴルを超えたと言っていたので、最終的にはもっと行っているかもしれない。
ちなみにこのイベントは、領の主催ではあるがその企画運営を『フェアリー商会』が委託されていた。
その委託事業としての委託料は、二千万ゴルになっている。
イベントの準備や大会本部の運営は、『フェアリー商会』のスタッフがやったのだが、セイバーン公爵家長女のシャリアさんや産業振興執務官という名の事実上の『フェアリー商会』の支援要員となっている絶叫アナウンサーことシャイニングくんが、かなり動いてくれていた。
それ故に、二千万ゴルももらうのは申し訳ない感じだ。
確かに本部要員として、運営スタッフや揉め事が起きないように見回りするスタッフなど、人手は多く用意したので人件費を計算すれば、それなりの金額にはなると思う。
そして、投票札など備品もかなりの数を用意した。
それでも……半分以上は利益になっているのではないだろうか。
まぁイベントのアイデア料とかも金額に換算すれば、違ってくるかもしれないが……。
六位入賞のオッカアさんは、「一年ぐらいは、遊んで暮らしたいわぁ」と言って豪快に笑っていたが、本音としては「明日からが大変だわ。大忙しになるよ」と微妙な顔で言っていた。
「まぁお客さんのために、張り切って働くしかないね」と言って、また笑っていたけどね。
ちなみに、オッカアさんは、下町エリアの屋台組合の役員をしているようで、『フェアリー商会』にも組合に入ってほしいと言われたので、快く了承しておいた。
もともと入るつもりだったので、特に問題は無いのだ。
むしろ屋台組合の世話役のみたいな人と知り合いになれて、よかったのだ。
雰囲気的に……屋台組合の組合員全体のおっかさんみたいな感じの人だと思うんだよね。
オッカアさんという名前は偶然かもしれないが……名は体を表すという状態になっている。
そしてオッカアさんの『とろけ肉と味しみ卵の豊潤スープ』の肉は、『ニクマツリ商会』から仕入れているそうで、取引があったらしい。
オッカアさん曰く、『ニクマツリ商会』は肉を販売している店の中で、一番の良店とのことだった。
プロ意識が強く、良い肉を良心的な値段で売っていると褒めていたのだ。
それを聞いていた、会頭さんは嬉しそうに頬を緩めていた。
ちなみにスープに使っている卵は、下町の子供たちが売りに来る物を買い取ってあげているようなのだが、仕入れが安定しなくて困っているとのことだった。
卵などを扱っている大きな商会はもちろんあるのだが、できるだけ生活が苦しい家の子供たちから買ってあげたいと思っているようで、悩んでいた。
今回のコンテスト用には、大量の卵が必要だったので事前に頼んであった食品を扱う総合商会にお願いしたらしい。
だが、今後どうしようか悩んでいるとのことだった。
現実的なところでは、一定量を総合商会から購入して、子供たちからも今まで通りに買うという方法で行くしかないだろうと話していた。
本当は、下町の子供たちでも働ける仕事として、養鶏場が作れないかと考えているようだ。
今回の売り上げと賞金を使って養鶏場を作ることも考えたようだが、屋台をやりながら養鶏場の経営をするのは難しいし、頼める人材もいないとのことだった。
そこで、『フェアリー商会』で養鶏場を作って、下町の子供たちを雇ってくれないかと頼まれてしまった。
下町の子供たちを雇用してくれるという条件さえ飲んでくれれば、屋台組合に行って卵を仕入れさせるという具体的な話まで提示されてしまった。
そして養鶏場を作る場所も、下町エリアで子供たちが集まりやすいところを確保すると言われた。
確かに、鶏の世話をして卵を拾うというのは子供たちでもできるし、俺も養護院で鶏を飼うというシステムは導入しているから、すごくイメージはできる。
そしてそれが貧しい子供たちの家計を支えることになるなら、やる意味はあるよね。
『フェアリー商会』で養鶏場をやって、そこで雇ってあげれば、仕事の一環として文字の読み書きを教えてあげることもできるしね。
俺はそういう考えに至り、突然の提案だったが了承したのだ。
オッカアさんは、ダメ元の提案と思っていたらしく、めちゃめちゃ喜んでくれた。
そして喜びが抑えきれなかったらしく……突然、俺に抱きついてキスをした……。
異世界に来てのファーストキスを、六十三歳のマリナ騎士団長に奪われて以来、二度目のキスを奪われてしまった……トホホ。
ちなみにオッカアさんは……六十歳ということだった。
少しふくよかな……豪快な感じの人で、それでいて優しい雰囲気も兼ね備えた……ほんとにおっかさん的な雰囲気の人なのだ。
まぁ若い頃は、美人だったかもしれないけどね。
そんな片鱗は、少し垣間見える。
ただ今は、オカンとか、おっかさん的な雰囲気が前面に押し出されている。
なんとなく……割烹着とかが似合いそうな感じだ……。
割烹着アーマーとか作りたい感じだ……。
ダメだ……キスをされたショックからか、思考がおかしくなっている……割烹着アーマーって何よ!?
突然唇を奪われ苦笑いしている俺を見て、ニアがニヤけていた。
やっぱり俺が困っているときに助けない……放置プレイのようだ。
一緒にいた『ニクマツリ商会』の会頭さんが、「よかったですね。オッカアさん」と声をかけたら、オッカアさんは勢い余ったのか、会頭さんにもキスしていた。
オッカアさんて、もしかしてキス魔なのか……?
なんか酔っ払ったら、キスをしまくっていそうなイメージだ……。
会頭さんは、照れ笑いをしていた。
四十二歳ということだったが、三十代半ばに見える。
色黒で筋肉質な上に、顔がテカっているので、ボディービルダーみたいな感じだ。
オッカアさんと並ぶと、髪色が同じ黒なので、なんとなく親子に見えなくもない。
『ニクマツリ商会』は、多くの猟師と契約をしていて新鮮な肉を仕入れているという話だったので、ひとつ提案をしてみた。
それは『フェアリー商会』がセイバーン公爵領に頼まれていることなのだが、俺の独断で話を振ってみたのだ。
今後、領軍が討伐してくる魔物を買い取る窓口を作ってほしいと頼まれているのだ。
ピグシード辺境伯領やヘルシング伯爵領で行っている事業なのだが、セイバーン公爵領でも行ってほしいという要望だったのだ。
全市町で行う予定にしているが、領都については『ニクマツリ商会』のような肉の専門商会があるなら、ユーフェミア公爵に推薦して参入してもらっても良いかと思ったのである。
だが俺の提案は、あっさり断られてしまった。
会頭さんはありがたい提案と感謝をしてくれたのだが、丁重に断られてしまったのだ。
今契約している猟師たちから購入して、さばくので手一杯とのことだった。
それ故に、魔物の肉にまで手を広げるつもりはないらしい。
俺の提案があっさり断られ、少し残念だったが、逆に好感も持ててしまった。
自分の専門分野に特化し、無理に手を広げないというか……うまい話に飛びつかないあたり、堅実で素晴らしい商会だと思う。
現在の『フェアリー商会』の経営とは真逆のことができていて、ある意味羨ましい気もした。
俺としては、手を広げたくないという気持ちは変わっていないからね。
その気持ちとは裏腹に、どんどん広がっていく方向になっているけどね……トホホ。
会頭さんからは、「情報交換も含め、今後協力できることがあればお願いします」と言われ、お互い固い握手を交わすことができた。
いい人脈ができて、良かったと思う。
会頭さんは、仲良くなった記念に裏メニューの美味しい肉を出すので、一度『ニクマツリ商会』で運営している食堂に食べに来て欲しいと招待してくれた。
会頭さんが、一番好きな肉はワニ肉らしく、それを振る舞ってくれるらしい。
ワニ肉が、セイバーン公爵領でも潤沢に手に入るなら、ワニ肉の屋台を出したいと思っているとのことだ。
だが、セイバーン公爵領には普通に猟師が行ける範囲にはワニはほとんどおらず、実現は難しいらしい。
ワニ肉が有名なのは、『アルテミナ公国』なのだそうだ。
『アルテミナ公国』に行くと、屋台で必ずワニ肉の焼き串が売られているらしい。
これから『アルテミナ公国』に行く予定なので、一つ楽しみができた。
ワニ肉って食べたことがないんだけど……確かテレビか何かで見た情報だと……鶏肉に近い肉だったような気がする。
ジューシーな鶏の胸肉みたいな味という評価があった記憶があるが……もしかしたら、めっちゃ俺の口に合うかもしれない。
俺は鶏肉だと、もも肉よりも胸肉が好きなのだ。
うーん……楽しみになってきた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます