908.戦士の学校を作って、脳筋の聖地になるかも……。
コバルト直轄領に関することで、領政官に就任したクリスティアさんから、もう一つ報告と相談があった。
それは、コバルト領近海に巣食う海賊についてであった。
反乱事件において捕縛した海賊の尋問を進める中で、他の海賊についての情報もかなり集まったようだ。
領軍や衛兵隊が機能せずに、街道沿いに魔物や小悪魔が頻出するようになっていたように、領軍の海兵隊が機能しておらず近海には魔物も現れるし、海賊も多く出没するという状況だったらしい。
二つの悪徳商会と手を組み、反乱の首謀者ボンクランドに力を貸していた海賊団は、一番規模の大きい海賊団だったようだ。
そして、それに近い規模の海賊団が、あと二つもあるということがわかったのだ。
ただ逆に言うと、それ以外に海賊団はいないようだ。
海賊も抗争が激しくて、小さな海賊団は生き残れずに消滅したか、大きな海賊団に組み込まれてしまっているらしい。
コバルト軍の海兵隊は、海に面した市町の港周辺の警備をするだけで、周辺に出没する魔物や海賊の討伐は一切していなかったそうだ。
海兵隊にも、大幅なテコ入れが必要な状況だ。
そんな状況なので、海の魔物と海賊にも早急な対処が必要である。
それは良いのだが、クリスティアさんからの報告には、一つ面白いことがあった。
残り二つの海賊団のうち一つは、海賊を狩る海賊団ということだった。
どうも捕縛した海賊の話によると、航路に現れる海の魔物を退治したり、他の海賊に襲いかかるという海賊団らしい。
ある意味、海兵隊がするような仕事をしている海賊ということだ。
そしてその海賊団は、一般の商船を襲って荷物を奪ったり、人を殺めるということはしていないらしい。
変な言い方だが……良い海賊ということなのだろうか……?
クリスティアさんは、この海賊について調査を行い、状況を確かめたいと思っているらしい。
もし本当に海の魔物を退治したり、他の海賊を倒してくれていたりするなら表彰ものだよね。
そこで、その調査は俺が引き受けることにした。
クリスティアさんに尋ねたところ、この変わった行動をとっている海賊団と、もう一つの通常の海賊団のアジトの場所までは判明していないとのことだった。
だが、大体の出現場所は聞き出しているらしい。
チーム付喪神に『魚使い』のジョージを加えて、調査に当たってもらおうと思っている。
通常の海賊団は壊滅させ、近海の魔物も退治してしまうつもりだ。
ジョージに行ってもらうのは、仲間にした方が良い魔物がいれば仲間にしてもらうためだ。
面倒くさいので、基本的には殲滅でもいいと思っているけどね。
美味しい海の幸になってもらえばいいからね。
まぁその辺の判断は、ジョージに任せる。
コバルト領内の魔物と小悪魔の掃討と近海の魔物と海賊の掃討は、明日から開始することになった。
これで、コバルト領についてのクリスティアさんからの報告と相談が終わった。
お開きになるかと思ったら、最後に陛下から一言あった。
「コバルト領を王家直轄領にしたのは一時的な措置のつもりだが、現状を鑑みるに、おそらく長期的にこの状態が続くだろう。私が認める者が、領主を引き受ければ別だけどね……。そこでどうせ直轄領として管理するなら、コバルト領として何か特色めいたものがあれば良いと思うのだが……意見がある者はいないかね?」
陛下がそんな話を振ってきたので、俺は王家直轄領について少し尋ねてみた。
それによると現在の王家直轄領はかなり広大な面積で、広いセイバーン公爵領の二倍以上あるらしい。
今回コバルト侯爵領が直轄領に加わるので、合わせたらセイバーン領の三倍近くになるとのことだ。
王家直轄領には、本領という王都を中心としたエリアと、コウ領という迷宮都市があるエリアと、リュウ領という海に面したエリアがあるらしい。
本領は、別名王都領と言われているそうだ。
コウ領は、別名迷宮都市領と言われているらしい。
リュウ領は、別名海領と呼ばれているとのことだ。
本領は、国の中心であり全ての機能が集約されている。
コウ領は、迷宮都市が中心となっていて、それが特色になっている。
リュウ領は、大きな港があり交易の中心になっているらしい。
それぞれの領には広大な農業地帯があって、農業は王家直轄領全体の特色と言ってもいいほど力が入っているのだそうだ。
国力の源は、国民を飢えさせない食料の生産という考えが、根底にあるとのことだ。
「コバルト領で有名なものと言ってもねぇ……騎馬隊は解散させたしね……。産業もこれといった特色は……ないんだよね。農産物や家畜でも、際立った特徴があるものはないねぇ……」
ユーフェミア公爵が、腕組みしながら言った。
「あの……産業や農産物については、詳しく分かりませんが、現状領軍の再編と整備が急務と言うこともありますし、兵士を鍛える特別な学校を作ってはどうでしょうか?
……これから兵士を目指す者や貴族の子弟のための学校ではなく、すでに兵士として働いている者を短期間でレベルアップさせるための上級特別学校というのはどうでしょう?
各領の領軍や衛兵の中から有望な者を送り出してもらって、一ヵ月とか三ヶ月という短期間で集中的に鍛える。そして隊長クラスやそれ以上の実力に鍛え上げる。
王国全体の戦力の底上げになると思います。
私は先日、王国近衛騎士団のタングステン団長と手合わせをさせていただいて、非常に勉強になりました。
きっと教えを乞いたいと思っている兵士や騎士が多いはずです。
タングステン騎士団長を中心に、その技術を後進に伝授してもらうというのはどうでしょう?
もちろん陛下の護衛をしながらで構わないと思いますが……」
俺は、そんな提案をしてみた。
先日の手合わせで『鉄壁のタングステン』という二つ名の凄さを肌で感じたからね。
あの凄さや経験は、後進に伝えるべきだと思うんだよね。
「なるほど! それは面白いね。今後魔物や悪魔が襲ってきた場合に、中核戦力なる強い兵士を増やすことができるね。何よりもタングステン騎士団長の後継者を多く育成する事は、それだけ多くの人々を守れるという事でもある」
国王陛下はそう言って、ニヤリと笑った。
「それはいいですなぁ。鉄壁殿に教えを乞いたい者は、山ほどいるでしょう。その学校の生徒の第一号には、私が志願したいくらいですよ。ガハハハハ」
ビャクライン公爵がそう言って、豪快に笑った。
さすがに冗談で言っているのだと思うが……この人の場合、本当に生徒第一号とかになっていたりする可能性があるからなぁ……。
「タングステン騎士団長、引き受けてくれるかな?」
陛下が、護衛として控えているタングステン騎士団長に声をかけた。
「しかし私には陛下の護衛という任務が……」
「その点は心配いらないさ。ミチコルもいるし、『近衛騎士団』には他にも立派な騎士がいる。通常の護衛は、その者たちで充分だよ。特別な行事や大きな式典の時だけ担当してもらえば、大丈夫だろう。転移の魔法道具を使えば、距離の問題は解決するしね」
陛下がタングステン騎士団長に諭すように言って、最後に俺の方を見た。
俺はその合図を見逃さず……
「この機会に、タングステン騎士団長にも転移の魔法道具をお渡しいたします。いつでも王城に戻れますので、ぜひ後進の指導をお願いします」
俺はそう言って、タングステン騎士団長に頭を下げた。
「分りました。ではどこまでできるかわかりませんが、後進の育成に全力を傾けましょう」
タングステン騎士団長は、陛下に貴族の礼をとった。
「いいね。これで決まった! シンオベロン卿は、いい提案をしてくれたよ。コバルト領は、戦士を育成する特別な領という特色にしよう! 各領主に通達して、有望な者たちを交代で派遣してもらおう。『強戦士育成学校』という名称にしよう!」
陛下は、すっかり上機嫌だ。
騎士とかではなく“強戦士”という表現に、思いの強さを感じる。
いい名前ではないだろうか。
ただ……まかり間違っても、“狂戦士”が育成されないことを祈りたい。
もちろん大丈夫だと思うが……筋肉バカやバトルジャンキーという意味での“狂戦士”は、育成されてしまうかもしれない……。
冷静に考えてみると……戦士を育成するという特色の領になってしまったら……脳筋な人たちが集まってくる領になりそうだ……。
“脳筋の聖地”になってしまうかもしれない……。
まぁそれはそれで面白そうだけどね。
ちなみにその後の雑談で、特別講師としてマリナ騎士団長やビャクライン公爵にも登場してもらったらどうかという話をしたら、二人は嬉しそうな笑みを浮かべ、上機嫌になっていた。
なんとなく……王国全土から特別講師として、名だたる騎士たちを集めて……オールスターのような選抜チームができてしまいそうだ……。
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