889.化身獣と戦巫女の、戦い。

「おやおや……魔法陣を破壊したのか……。だが『獣インプ』と『獣ジャキ』の召喚を止めたからといって、私に勝てるとは思わないことだね。キ、キ、キ、どれ……まずは神獣の手先から片付けてくれよう」


 『獣の悪魔』はそう言うと、魔法陣の破壊を行なっていたオカリナさんの為に、牽制行動をしていたフォウを蹴り飛ばした!

 オカリナさんはフォウの背を降りて、青い巨石を動かし魔法陣を破壊し、その間フォウは『獣の悪魔』を牽制していたのだ。


 一瞬の加速に、フォウはまともに蹴りを入れられていたが、空中を飛ばされれながら、体勢を立て直した。

 大きなダメージは、受けていないようだ。


 『獣の悪魔』の話からすれば、強化されている狼顔のインプとジャキは、『獣インプ』『獣ジャキ』と言うらしい。


 名前からして、奴の能力で強化したものだろう。


 通常の『小悪魔 インプ』『小悪魔 ジャキ』は、大して強くない。

 だが、『獣インプ』『獣ジャキ』はレベルも上がっているし、もはや『下級悪魔』くらいの強さがある。


 『下級悪魔』も悪魔である以上、むやみやたらに実体化はできないはずだが、『小悪魔 インプ』と『小悪魔 ジャキ』なら、いくらでも調達できるだろう。

 それを強化して、『下級悪魔』並みに強くできるのだから、かなりの脅威だ。

 『下級悪魔』は、様々な厄介な攻撃もするし、魔物とは一線を画す敵なのだ。

 レベルが30台だったとしても、魔物の30台とは比べ物にならず、人族の兵士で言えば体長クラスでも苦戦する相手という認識がされている。


 その認識は、当たっているだろう。

 セイリュウ騎士などの特別な騎士で、何とか互角の戦いができるほど強いのである。

 俺や仲間たちは、前に『下級悪魔』たちも屠っているから、そんな自覚はなかったが、冷静に考えてみれば、そういう厄介な相手であることは間違いないだろう。


 実体化しづらい『下級悪魔』と同等の存在を、『小悪魔 インプ』や『小悪魔 ジャキ』を利用して、簡単に作れるのだから、本当に恐ろしいことだ。


 キリン様が警戒しているのは、そのためだろう。


『獣インプ』や『獣ジャキ』も、俺の仲間たちにとっては敵ではないが、一般の人々にとっては恐怖そのものになってしまう。

 俺たちの目の届く範囲の人々は守れるが、そうでない人々が襲われたら、多くが命が失われるだろう。


 ピグシード辺境伯領の悲劇が、また起きてしまう。

 『コウリュウド王国』の中ですら、俺たちの目が届いているのは、ほんの一部だ。

 他国に至っては、まったくだ。

 人々全体そしてこの世界のことを考えると、この『獣の悪魔』は、絶対にここで倒しておかなければならない。


 俺が倒してしまうのが確実だが、キリン様の力を借りたフォウとオカリナさんを信じて、一旦は見守ることにする。


 ただいつでもフォローできるように、攻撃態勢だけはとっておくつもりだ。

 いざとなったら、魔法銃で狙撃してやるのだ。


 フォウがレベル56で、オカリナさんはレベル52だから、『獣の悪魔』の65と比べると格下だし、悪魔はレベル以上の強さを持っている。

 通常なら任せるには危険すぎるが、神獣であるキリン様から力を借りているから、大きく苦戦するような事はないだろう。

 というか、そう信じて見守ると決めたのだ。


「キリン棍、乱れ打ち!」


 オカリナさんはそう叫ぶと、キリン棍をバトンのように回転させ、『獣の悪魔』に向けて投げつけた。


 回転しながら迫るキリン棍を、『獣の悪魔』は余裕で見据え、口から炎を放射した。


 炎に焼かれるかと思われたキリン棍は、急激に軌道を変え炎を避け、そのまま『獣の悪魔』の足に向かって進撃した。


 だがこれを待ち受けていたかのように、『獣の悪魔』はキリン棍に蹴りを放った!


 と思ったが……キリン棍が視界から消えた……?

 いや……蹴られたのではなく、その瞬間『獣の悪魔』の足に巻きついたようだ。

 どうやら自由に変形できるらしい。

 オカリナさんの念の力で、軌道変えたり、変形させたのだろう。

 右足を巻き上がるようにリング状に巻き付き、先端の青い部分がキリンの頭に変形した!

 そして、右足の付け根を噛みちぎった!

 もう片方……反対側の青い部分もキリンの頭に変形し、伸びながら左足の足首を噛みちぎった!


「ぐあぁぁぁ……」


 悪魔といえども、痛みは感じるようで、唸るような声を漏らした。


 キリン棍は、両端からキリンの頭を出したまま、オカリナさんの下に戻った。


「さ、さすが……神獣の力を借りているだけはあるか……。だが残念だったなぁ。もう同じ手は食わないぞ」


 ——パチンッ


 『獣の悪魔』は、指を一回鳴らした。


 すると地上で戦っていた『獣インプ』二体が、吸い寄せられるように急上昇してきた。


 え! なんと『獣の悪魔』が、大口を開けて飲み込んでしまった!


 おお、……今失った右足と左足首が、急速に再生してしまった。


 どうやら『獣インプ』を餌にして、自分の体を再生したようだ。


 自分の因子を入れて強化したからか、『獣インプ』たちを吸収すると回復できるようだ。


 ……なんてやつだ。


「回復しても無駄! 何回でもやってやろうじゃん!」


 フォウはそう言うと、『獣の悪魔』に向けて加速した。

 体当たりするつもりのようだ。


『獣の悪魔』は素早い動きで躱したが、フォウの四肢と尻尾の光の炎が横に広がり、『獣の悪魔』の左腕をかすめて焼いた。


「なんだ!? この光の炎は……不快だ! ガウーー」


『獣の悪魔』は、未だに纏わり付いている光の炎を、口から火炎を放射して吹き消した。


 フォウは急旋回しながら突進を繰り返しているが、『獣の悪魔』は素早く躱し、かすめるのが精一杯な感じだ。

 だがフォウには何か考えがあるようで、しつこく繰り返している。


 そしてオカリナさんは、フォウを援護するでもなく、ずっと空中に浮かんでいる。

 そういえばオカリナさんは、『舞空術』をマスターしているわけではないが、普通に宙に浮かんでいる。

 おそらく『共有スキル』の『浮遊』スキルを使っているのだろう。


 オカリナさんも何か考えがあって、静止しているようだが……


 なんとなくだが……二人は念話でやりとりをしているのかもしれない。


 そう思った時だ、『獣の悪魔』の動きが、ぎこちなく止まった。


 これはもしや……オカリナさんが『念動術』で『獣の悪魔』を固定したのか……?


 フォウの攻撃に気をとられていた『獣の悪魔』は、オカリナさんの攻撃に対してはノーマークだったようだ。


 やはり念話でお互いに作戦を練ったようだ。

 フォウは、このタイミングで体が光りだした。

 というよりも、四肢と尻尾に現れていた光の炎が、体全体を包み込んだ。


「貫け! キリンの角!」


 フォウは、発動真言コマンドワードのようなものを唱えた。


 おお!

 フォウの頭……キリンの頭から、ユニコーンのような角が現れた!

 後ろに向けて伸びている竜の角のようなものとは別に、新たな角が生えたのだ。


 そしてその角が鋭く伸びていく!


 フォウはそのまま疾走し、身動きが取れなくなっている『獣の悪魔』の胸に角を突き刺した!


「グギャァァァァァ」


『獣の悪魔』は、串刺しにされ悶絶している。


 フォウが何かを念じているようだ。


 次の瞬間、角から光の炎が現れ渦巻いた!

 まるで光のドリルだ!


「グギャァバオンッ」


 そして『獣の悪魔』の体を吹き飛ばした!


 弾け飛んだ体が、靄となって消えていっている。

 どうやら倒したようだ。


 いや、一つ靄にならずに落下した!

 あれは……



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