870.突然の、助っ人。

「皆の者、こやつがこの騒動の首謀者だ! 捕えろ!」


 新たに集まってきた近衛兵、衛兵、正規軍兵を前に、次期領主のボンクランドが叫んだ。


 自分が反乱の首謀者であるにもかかわらず、仲間救出のために潜入していた『コボルト』のブルールに、罪を擦り付けたのである。


「よく聞け、人族よ! 私は、妖精族……『コボルト』の里から来た者だ。拐われた仲間を助けるために、ここまでやって来た。おそらく、この城に監禁されている。この愚か者が言ったことは、真っ赤な嘘だ! 私がこの騒ぎを起こしたのではない。大方……この騒ぎの首謀者は、その男だろう。むやみに傷つけるつもりはないが、襲い来るなら命の保証はしない。命が惜しい者、そして真実を見通す目がある者は、下がりなさい!」


 ブルールは、『拡声』スキルを使って声を張り上げた。

 そして騒ぎの首謀者が、ボンクランドだと名指しして指差した。 


「なに! よ、妖精族……?」

「コボルト……」

「妖精族のコボルトと言えば、大昔からこの領の守り神とも言われている妖精じゃないか……」

「妖精族を捕まえるなんて……」

「コボルトを傷つけるなんて……」


 多くの兵士たちは、動揺した。


 この国では、妖精族に対する崇拝は、神への信仰に近いものがあるのである。


 妖精族が守り神となってくれればその地は栄え、妖精族に見捨てられれば衰えるとさえ伝えられてきたのだ。

 妖精族というだけで、信仰の対象ですらあるのである。


 『お隠れの時代』と言われ、実際に神が顕現することがほとんどない現代においては、妖精族が神に近い存在として……身近な利益をもたらしてくれる存在、守ってくれる存在として、人々に根付いているのである。

 これは過去の歴史において、妖精族が助けてくれた逸話が多いことにも由来している。


『コウリュウド王国』においては、特に有名なのは、約六百年前の初代ピグシード辺境伯の話である。

 羽妖精のピクシーによって助けられ、導かれた青年が、初代ピグシード辺境伯に成り上がるまでの活躍や冒険が描かれた英雄譚が有名なのだ。

 だが、それ以外にも妖精族に守られた話は、数多く存在している。


 このコバルト侯爵領も、約千二百年前の『コウリュウド王国』建国直後の頃から、妖精族のコボルトに愛され、守られたという歴史があったのである。

 それは言い伝えとして、領民には広く伝わっていた。


 コバルト侯爵領内のどこかに隠れ里があり、そこで暮らしている『コボルト』たちが、密かに見守ってくれていると信じている領民も多いのである。


 特に何かいいことがあったり、送り主がわからないプレゼントが家の入り口に置いてあったりすると、『コボルトの贈り物』と呼ばれているほどなのである。


 それゆえに、コバルト侯爵領の人間にとって、『コボルト』に対して剣を向ける事は、全く考えられないことなのであった。 


 その意味では、ボンクランドは、大変な暴挙を働いたのである。

 領民に崇拝され愛され、そしてコバルト侯爵家には“一族で礼を尽くせ”と伝えられている『コボルト』を誘拐したのだから。



「何を戸惑っておる! こやつが『コボルト』である証拠などない! 『コボルト』と言えば捕まらないと思って、語っているのだ! こやつが犯人なのだ! 城を守る近衛兵に攻撃をしたことが、何よりの証拠だ! 早く捕まえろ!」


 ボンクランドは、悪のカリスマとも言うべき怒声で、揺れる兵士たちを賊を捕らえる意識に戻した。


 状況をうまく利用したと言えるだろう。


 確かに、ブルールは近衛兵に攻撃を加えている。

 それは暴挙を止めるためだったのだが、そんな事情は後から来た兵士たちは知る由もなかったのである。


 近衛兵、衛兵、正規軍兵がそれぞれに武器を構え、ブルールを取り囲んだ。


「確かに私は、そこに転がっている近衛兵に攻撃を加えた。建物が崩れ、怪我に苦しむ人々を救うところか、殺す者を近衛兵というならばな!」


 ブルールは、取り囲まれても動じることなく、声を張り上げた。


 ブルールの話を聞いて、何人かの兵士が再び動揺した表情になっている。


「デタラメだ! こやつの言うことは全てデタラメだ! 近衛兵がそんなことをするわけがないではないか! まだ息があった我が一族を殺したのは、その女なのだ! それを止めようとした近衛兵がやられたのだ! 領主不在の今、領の全権は次期領主であるワシにある! 指示に従え!」


 ボンクランドは、再度叫んだ。


 それを聞いたブルールは、打つ手なしとばかりに、少し肩を上げ苦笑いをした。

 相手をしているだけ、無駄という気持ちだった。


「話しても無駄なようね。なるべく殺さないようにするけど、命の保証はしません。真実を見通す目がない愚かな兵士は、かかってきなさい!」


 ブルールは、吐き捨てるように言った。


 衛兵、正規軍兵の中には、未だ逡巡している者もいたが、近衛兵は全てボンクランドの息がかかっているため、すぐにブルールに向けて斬りかかった。


 集団心理か、それに釣られるように、衛兵、正規軍兵も攻撃態勢に入っていた。


 ブルールは、襲ってくる兵士たちを、奪った剣を使って斬り捨てていった。

 なるべく致命傷を与えずに無力化する為に、腕や足を斬りつけていた。

 すべての兵士が悪意の兵士ではなく、やむを得ず上官であるボンクランドの命令に従っているという事情を汲んでいたのである。

 また、なるべく命を奪いたくないという思いからでもあった。


 そんな中、ブルールは、異変を感じていた。


 それは、ブルールを取り囲む兵士たちの輪の一部が崩れ、兵士たちが次々に倒されていっているのが分かったからだ。


 何者かが、兵士たちを倒しながら突き進んでくるのだ。

 現れたのは全身黒ずくめで、覆面をした女だった。

 黒ずくめで覆面をしていても、豊満な体のラインから女だという事はすぐわかったのだ。

 ブルールは、警戒態勢を取ったが……なぜか懐かしい匂いを感じ取っていた。


「お待たせ! この数は結構大変でしょ!? 私が手伝うよ。それから……ブルールが探してたトウショウさんは、地下牢に閉じ込められていたけど、もう助け出したから! だから……あなたがここにいる理由はなくなっちゃったと思うんだけど、この兵士たちを無力化したいから、今度は私に協力して! あぁそうそう、トウショウさんは、私の仲間が今、領城から連れ出しているとこだから安心して!」


 突然現れた黒ずくめの女の馴れ馴れしい口調は、ブルールには懐かしく、聞き覚えのあるものだった。


「え、……ていうか……オカリナ!?」


 ブルールは、驚きの声を上げた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る