869.混乱の、コバルト城。
セイバーン公爵領の『領都セイバーン』の領城にて、コバルト侯爵が暗殺される少し前……
コバルト侯爵領の『領都コバルト』の領城の近くで、懸命に仲間を探している者がいた。
妖精族『コボルト』の女性ブルールである。
彼女は、コバルト侯爵領内にある『コボルト』のカジッド氏族の隠し里から拐われた仲間を探しているのだ。
『コボルト』特有の優れた嗅覚で、必死で仲間の匂いを拾い、辿り着いたのがこの領城なのであった。
実際には……優れた嗅覚を、彼女の持つ『通常スキル』の『嗅覚強化』を使って強化して、僅かな匂いを追って来たのだ。
ブルールは、カジッド氏族の族長の孫であり、突如として拐われた仲間の捜索を託されたのであった。
それは彼女が以前、迷宮攻略者だった経験をかわれてのことである。
仲間の鍛冶職人は、昨日突如として隠し里に侵入してきた人族によって、拉致されてしまったのだ。
その時に使われた爆弾によって、里は大混乱に陥いり、その隙に密かに拉致されていたのだ。
混乱が収まった後の確認で、一人が行方不明であることが発覚した。
そして氏族を上げて捜索した結果、里の周辺には見つけることができなかったが、人族のものと思われる匂いを感知したのだった。
そこから、人族が攻撃を仕掛け、その隙に拉致したのだろうという結論に至ったのである。
そこでブルールは捜索の任務に立候補し、族長も彼女の経験をかい、認めたのだった。
「やはり城の中に連れ込まれたのは間違いないようね……。それにしても人族が……しかも貴族が『コボルト』を拐うなんて……」
ブルールは、仲間が城の中に連れ去られたことを確信しつつも、どう助け出そうか思案していた。
元迷宮攻略者でレベル49の彼女にとっては、兵士であっても恐れる対象ではない。
たださすがに正面突破をしたのでは、大きな騒ぎになる。
そうなると必然的に、忍び込むしかない状態であるが、中の状況が全くわからない中、思案をしていたのである。
——バゴーンッ
——バゴーンッ
——バゴーンッ
——ゴッゴゴゴッ、バン、バン、バン
突然、轟音が響いた。
そして、地響きが鳴った。
ブルールは驚きつつも、すぐに周囲の状況を確認した。
「領城の中ね……。建物か何かが崩れ落ちたの……?」
城壁の外からの観察ではあったが、ブルールの見立ては当たっていた。
城の別館の一つが、爆弾により半壊したのだ。
「何かあったのは間違いない。急いでトウショウを探さなきゃ」
ブルールは、突然の出来事に混乱している門番の隙をついて、城の中に潜入した。
城内も混乱していた。
城に残っていた文官や一般の衛兵たちは、何が起きたのかわからず右往左往していたのだ。
この事件の首謀者の手足と化している近衛兵だけは、半壊した別館に集まり、生き残っている者がいないか探していた。
生き残りを始末するためである。
「困ったわね……火薬の匂いと土埃で、うまく匂いが拾えない……」
ブルールは、『嗅覚強化』スキルを使っているにもかかわらず、仲間のトウショウの匂いを嗅ぎ分けられなかった。
領城の中にいることまでは突き止めても、領城はかなり広く、かつ雑多な匂いが混じり合っていて、もともと嗅ぎ分けにくい環境なのである。
そこに、爆発による火薬や土埃、血の匂いで、更に選別が難しくなっていたのだ。
トウショウの監禁されている場所が、ブルールの現在地からかなり離れた場所の地下であることも、実は大きな要因であった。
ブルールは、戸惑ったが、そこは元攻略者で、すぐに気持ちを切り替え、まずは半壊した建物の周辺を探すことにした。
「え、……まだ生きてる者を助けるどころか……殺している……。なんてことを……」
ブルールが目にしたのは、助けを求める怪我人にトドメをさしている非情な近衛兵の姿だった。
「許せない……」
ブルールは、ある決意をした。
ここまで来た目的は、仲間のトウショウを助けることだが、この非道を見過ごすわけにはいかない。
そして何よりも、この場にトウショウがいないか確認するには、目の前の非道な近衛兵が邪魔になる。
そこで、潜入が露呈することを覚悟の上で、近衛兵を排除する決意をしたのだ。
「土魔法——
——ズンッ、グサッ
——ズンッ、ドスッ
——ズンッ、グシャッ
——ズンッ、グサッ
——ズンッ、ドスッ
——ズンッ、グシャッ
ブルールは、魔法スキルである『土魔法——
その場にいた近衛兵たちは、地面から突き出てきた硬い岩のような針に、足を貫かれ、その場に縫い止められた。
そしてブルールは、半壊した建物に近づき、その様子を確認した。
残念ながらブルールの介入は、一足遅かった。
半壊した建物周辺で目につく人々は、子供も含めすべて事切れていたのだ。
ブルールは、この中に仲間のトウショウがいないか確認したが、目につく範囲にはいなかった。
瓦礫の下敷きになっているか、別の場所にいるかだろうと考え、瓦礫の中を探すか、広い領城を改めて探すか考えていた。
——その時だ。
新たに駆けつけた近衛兵たちが、ブルールを取り囲んだ。
「貴様、何者だ!?」
声を上げたのは、この反乱の首謀者コバルト侯爵家の長男ボンクランドだった。
「ほほう……貴様が首謀者か……? 悪の香りがプンプンする。我が里から連れて行った者を返しなさい!」
ブルールは、近衛兵とともに現れた一際煌びやかな服を着た中年男を見て、一目で確信した。
この男が首謀者だと。
ブルールの第六感とも言うべきものだが、男から漂うマイナスのオーラというか、悪事の匂いを嗅ぎ取ったのだった。
「小娘が! 何を言っている! 我が里だと……? もしや……お前はコボルトなのか? ハハハハハハ、これは愉快! わざわざ乗り込んでくるとは! お前たち、この女はコボルトだ! なるべく殺さないで捕まえろ! 後でじっくり楽しみたいからなぁ、ヒッヒッヒ」
ボンクランドは、嗜虐の笑みを浮かべながら、舌なめずりした。
『コボルト』は、『シルキー』や『ドワーフ』などと同じで、見た目は人族とそれほど変わらない。
耳が少し尖っている程度なのだ。
話の内容から、自分が拉致を命じた『コボルト』の里の女がわざわざ追いかけて来たと知り、飛んで火に入る夏の虫とばかり、捕まえることにしたのだった。
もちろん、自分の欲求を満たすために。
「愚かな者供め! 命だけは助けてやろうと思ったが、襲い来るなら容赦はしない! 土魔法——
ブルールは、連続の土魔法を放った。
ブルールにとっては、やはり敵ではなかった。
ただ数が多いことは、厄介だった。
この場の脱出に手間取れば、それだけトウショウを探す時間がなくなるからだ。
この騒ぎを知った兵士たちが、城の外からも大量に集まってくる可能性があると考えていたのだ。
そして、その読みは当たっていた。
まずは城の中に残っていた近衛兵と衛兵、一部の正規軍兵が押し寄せて来たのだ。
「この数は……少し厄介だな……」
ブルールは、唇をかんだ。
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