847.下町の、影のボス。

「師匠の料理には、他にはない凄い料理がいっぱいあるのに、目立つのが嫌だって言って、お店を作ってくれないんです」


「クレープだけは、それほど目立たないだろうってことで、何とかお店を出すことを許してくれたんですけどね」


『怪盗フウジィコ』ことミーネルさんと、『怪盗ゴウエモン』ことイシカさんがそんな話をしてくれた。


「師匠の財力なら、『上級エリア』にだって家を買うことができたんでしょうけど、目立ちたくないという理由で、『下級エリア』の下町に住んでいるんです。まぁ怪盗ですから、しょうがないですけどね」


 今度は、『怪盗ジイゲイン』ことダイスくんが、笑みを浮かべながら言った。


「でも師匠が下町に住んだおかげで、下町ではほとんど揉め事も起きないんですよ。実は……師匠が下町エリアを牛耳っているんです。元々下町のゴロツキを牛耳っていた世話役をボコって、支配下に置いちゃったんですよ。それで、そのグループに他のゴロツキが悪さをしないように、監視させているんです。ゴロツキにゴロツキを監視させるなんて、ほんとに師匠らしいですよね」


 ミーネルさんが、楽しそうに言った。


 なるほど……ゴロツキでゴロツキを制しているわけか……。


 俺の分身『自問自答』スキル『ナビゲーター』コマンドのナビーとは違ったやり方で、下町の安全を守っているわけね。

 まぁ似ているとも言えるけど。


 ちなみにナビーは、ゴロツキの中から更生可能な者を『舎弟ズ』にしたり、『舎弟ズ』になれるように更生させる施設『残念B組 ナビ八先生』に入れている。

 そして、更生が難しいか悪事の程度が酷い者は、衛兵に突き出して、街のゴロツキを一掃してしまうのだ。


 ナビーのやり方のほうが早いし確実だと思うが、オカリナさんのやり方もありかもしれない。

 王都のような人口が多い所では、次から次とゴロツキが出てきてしまうかもしれないからね。

 ゴロツキ同士で抑制しあって、均衡を保つというやり方も、ありかもしれないのだ。


 ただ実際には、オカリナさんの息のかかったゴロツキは、影のボスであるオカリナさんの目があるから、おそらく悪事を働くことはできないだろう。

 そう考えると……『舎弟ズ』の劣化版という気がしないでもない……。


「ほほう……そういうことだったのか……。以前王都の治安調査をしたときに、『下級エリア』の特定の地域だけが極端に犯罪率が低かったのを覚えている。それは、あなたのおかげだったのですね。さすがです」


 国王陛下が頷きながら、納得げに笑みを浮かべた。


「恐縮です。そして……お恥ずかしい限りです。私はただ身近な人たちが、辛い目に合わないように、少し働きかけただけです」


 オカリナさんは、照れ臭そうに頭に手を当てた。


 怪盗は引退したものの、自分の周りに問題が起きないように、その実力を活かしているということのようだ。

 さすがと言うほかはない。


 陛下は興味津々で、少し突っ込んだ話を聞いていた。


 その話によれば、ゴロツキの世話役に指示を出すといっても、その時は変装しているらしい。


 だからゴロツキたちは、オカリナさんと面識があるとしても、彼女が実は影のボスだということは、わかっていないのだそうだ。


 そんな抜かりの無さも、さすがである。


「あのー……もしよかったら、クレープ召し上がりますか?」


 突然、オカリナさんがそう言った。


 クレープの話が出た時から、もう食べたくてしょうがなかったんだよなぁ……。

 食べれるってこと!?


「材料、お持ちなんですか?」


 今まで黙って聞いていた俺だが、思わず言葉が出てしまった。


「ええ、持ってきています。差し支えなければ、クレープを焼けるミニキッチンが魔法カバンに入っているので、ここに出してもいいですか?」


 オカリナさんは、そんな嬉しい申し出をしてくれた。


「もちろんです! ぜひお願いします!」


 興奮してしまった俺は、国王陛下やユーフェミア公爵を差し置いて、即座に返事をしてしまった。


 ただ俺のこの様子を見て、ただならぬものを感じたらしく……まわりの皆さんも、期待を膨らませた感じで、目を輝かせている。


 当然クレープの存在を知っている『魚使い』のジョージとハナシルリちゃんは、目が星のようになっている。


「それでは失礼します」


 オカリナさんは、そう言うと持っていた魔法カバンから大きなテーブルを二つ出した。

 即席の屋台のような感じになった。


 一つが作業台で、一つは鉄板のようなものが置かれていて、クレープを焼く台だ。


 クレープ生地や生クリームやトッピングで使うフルーツなどは、既に準備された状態で魔法カバンに入っていた。

 もう生地を焼くだけでいい状態だ!


 鉄板のようなものは、魔法道具だった。

 魔力を通すと熱くなるらしい。


「これは、どこで手に入れたんですか?」


 王都なら、こんな便利な魔法道具も売ってるのかと思い尋ねてみた。


「実は、私の手作りなんです。魔力を通すと熱くなるという単純な構造で、魔法道具作りの本を見て作ったのです。数年前に手に入れた本なんですけど、わかりやすく書いてあるので、単純な構造の魔法道具なら、何とか作れちゃうんですよ」


 オカリナさんは、さらっと答えたが、かなりすごい話だと思う。

 魔法道具まで作れちゃうのか……多彩な人だ。


 その本……貸してもらえないかなぁ……。


 そんなことを思っている間に、生地が鉄板に投入された。


 オカリナさんは、専用のヘラを使って生地を薄く円形に伸ばした。


 よく見るクレープを作る生地の形だ。


 まずは、生地を何枚も焼いてしまうようだ。


 みんな興味深そうに見ている。


 生地がたまったところで、早速クレープ作りが始まった。


 最初は、一推しの『ブルーベリー生クリーム』を作るとのことだ。


 みんな期待に胸を膨らませている感じで見守っているが……なぜか……ビャクライン公爵と国王陛下が皿を持って待っている。

 既に並んでいるようだ……。

 なに、この人たち……。

 なにかというと先頭に並んでいる……まぁいいけどさ。

 みんな気づいても諦めているのか……だれも大人気無いというツッコミを入れてくれないのだ。

 普通、子供たちが優先だと思うんですけど……。


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