825.船の、付喪神。
「アルシャドウ号は、戦いで大破したのです。密かに修理されていたんですね……。動くのかしら……」
『魔盾 千手盾』の付喪神で、元『守りの勇者』の残留思念でもあるフミナさんは、そう言って懐かしそうに『アルシャドウ号』を見上げた。
『アルシャドウ号』は、『勇者団』が使っていたという高速飛行艇だ。
フミナさんは、『ホムンクルス』のニコちゃんの手をとって、ジャンプで甲板に飛び乗った。
俺たちも、続いてジャンプした。
フミナさんは、船の後部にある屋敷のような作りの艦橋の扉を開けた。
特にセキュリティーは無いようだ。
中の階段を上り、四階部分に相当するブリッジに出た。
フミナさんによれば、本来はエレベーターがあって、船が稼働していれば簡単に移動できるらしいが、今は階段を登るしかないのだ。
ブリッジは、全面ガラス張りだ。
もっとも、俺が知っているガラスと同じ素材というわけでは無いだろうが。
中央部分には、丸くて大きな舵がある。
舵の中央の部分には、なぜかドクロのマークが入っている。
『勇者団』の船には似つかわしくないと思うが……
俺がドクロマークを見つめていると、フミナさんがニコッと微笑んだ。
「それは、『斬撃の勇者』ケント君が作って、貼り付けたものなんです」
『斬撃の勇者』ケント君というと……吸血鬼の始祖であり、元『癒しの勇者』ヒナさんの旦那さんで、『真相吸血鬼 ヴァンパイアオリジン』のカーミラさんの父親でもある。
約五百年ごとの転生を繰り返していて、今回も既に生まれ変わってきているはずとのことで、ヒナさんとカーミラさんが探しに行っている人だ。
「このドクロマークは、何か意味があるんですか?」
「意味は……特別はないんです。いろんな海賊の話が好きだったみたいで、特に宇宙海賊に憧れていたみたいなんですよね。私たちも、海賊の映画やアニメがみんな好きで、ドクロマークに抵抗はなかったので、そのままにしたんです。というか……結構みんなで盛り上がっちゃってたんですよね」
フミナさんは、懐かしむようにドクロマークを触った。
「当時『勇者団』のために新造されたこの高速飛行艇の名前は、ケント君を中心に私たちでつけたんです。宇宙海賊の戦艦に対するオマージュでつけた名前なんですよ。私たちと共に戦った第四皇女殿下がエメラルディアという名前で、この船の艦長もすることになっていたので、クイーンエメラルディア号という名前も有力候補だったんですけどね。悪乗りで、女海賊の衣装なんかも作ったりしました」
フミナさんは当時のことを思い出し、さらにそんな話をしてくれた。
懐かしさが止まらなくなっているようだ。
そしてフミナさんが言っている宇宙海賊の話は、俺も知っているので、思わずほくそ笑んでしまう。
ここに『後天的覚醒転生者』である『魚使い』のジョージや、『先天的覚醒転生者』であるハナシルリちゃんがいたら、きっとニヤニヤが止まらなかっただろう。
もう一つ、フミナさんが教えてくれたのは、船首についている戦女神のモデルは、そのエメラルディア皇女だということだ。
『勇者団』と共に戦ったというエメラルディア皇女は、この『アルシャドウ号』が大破した最終決戦直前の戦いで、命を落とされたそうだ。
この船とともに悪魔が融合した『亜竜 ワイバーン』に特攻をかけて勇者たちを守ったのだそうだ。
そんな話をした時は、懐かしむように微笑んでいたフミナさんも、悲しげな表情になっていた。
「操縦は、どのようにしていたのですか?」
俺は少し気になったので、尋ねてみた。
「魔法AIが搭載されていたので、音声入力ようなかたちで、『魔力炉』の始動や各種装置の操作ができました。オートモードで飛行させることもできましたし、戦闘時などは、この舵を使って手動で操船することもできました」
「起動できますかね?」
「やってみます!」
「アルシャドウ号、システム起動!」
フミナさんは、舵に触りながら念じるように呟いた。
だが……何の反応も無い。
やはりシステムは生きていないのだろうか……?
「ダメですね……反応しません。でも……何か感じるんですよね……。あの……もしよければ、グリムさんが魔力を流してみてもらえませんか? そして私を付喪神化してくれた時のように、システムが生き返るように念も込めてもらえるといいと思うんですけど……」
フミナさんにお願いされたので、俺はリクエストに応えることにした。
魔力をそっと流しながら……システムが復活するように強く念じる……。
…………ダメだ。特には何も起こらない。
やはりシステムは、完全に壊れてしまっているのだろうか……。
ん……なんだ? 何か聞こえる気がする……
耳を澄ませてみる……
————力を貸すよ
————助けてあげる
————船に残る思念が震えてるの
————船に残る思念が会いたがってるの
————力を貸してあげて
————力を貸してあげよ
————みんなでやろう
————溢れる霊素を分けてあげて
————みんな手伝うよ
————大丈夫
————大丈夫
囁くような声が聞こえた。
実際の言葉なのか、念話なのかの区別もつかないほどの声だ。
これは間違いなく、精霊たちのささやきだ!
精霊たちが、俺に力を貸してくれると言っている。
そしてこれは、間違いなく付喪神化する流れだ。
この精霊たちの手助けによる付喪神化は、もうすでに三度も経験している。
そして前回……『闇の石杖』の闇さんの時に、俺の『固有スキル』の『波動』の『波動調整』コマンドのサブコマンド『生命力強化』の使い方も体得した。
これはやってみるしかない!
システムが稼働できないとしても、付喪神化に成功すれば動くようになるかもしれないしね!
————みんな力を貸して!
俺は、精霊たちに語りかけるように強く念じた。
そして再度舵に手を触れて、魔力を流しながら俺の生命エネルギーも流し込むイメージを強く持つ。
そして『生命力強化』を発動し、この飛行艇全体が活性化されるイメージを持つ……。
舵がうっすら光った気がする……反応してくれているようだ。
俺は、引き続き魔力と生命エネルギーを流し続ける。
ゆっくり腰を落ち着けて、この船と同調するような感覚で舵に触れた手から、俺の神経が伸びていくような感覚を船全体に行き渡らせるイメージを持つ……。
少しして……おそらく二、三分だと思うが……俺の中では何時間も経ったような感覚だ……命の鼓動のようなものを感じた……。
これは初めての感覚だ。
その時、船全体がうっすらと光った。
次の瞬間——
俺の横に、黒いマントを羽織った女海賊風の女性が立っていた。
マントの中は、赤地に白のポイントが入った戦闘服のようなものを着ている。
シャープな顔つきのスレンダーな金髪美人だ。
俺と目があった瞬間、少し頬を赤らめたが、なぜか俺を突き飛ばした。
そして、俺の後ろにいたフミナさんに抱きついた。
「エメル皇女……?」
フミナさんが、呆然としながら呟いた。
「フミナ! 会いたかったよー」
現れた女性は、フミナさんに抱きついて号泣している。
どうも彼女は、さっき話に出ていたエメラルディア皇女のようだ。
おそらくエメルというのは愛称だろう。
どうやら彼女の残留思念が主人格となって、付喪神化したようだ。
人型に顕現しているからね。
付喪神の中では、かなりレアな人型に顕現できるタイプも、すでに三人目なので、俺の中ではもうレア感はない。
むしろ……レギュラー感しかない……。
船についていた残留思念は多かっただろうが、彼女の思いは特別だったのだろう。
精霊たちが、残留思念が会いたがっていると言っていたが、それは彼女の残留思念のことだろう。
普通は、付喪神化するときに、すべての残留思念を取り込んで、元々そのものについている精霊たちが主体となって、新たな人格を作るようだが、特に強い思いがある残留思念がある場合、その残留思念を主人格として付喪神化するようだ。
それは、今まで俺が目の当たりにした家の付喪神ナーナと盾の付喪神フミナさんの時と、共通しているのだ。
勇者を守るために、この船で特攻して命を落としたということもあるし、命をかけてまで守った『勇者団』の一人であるフミナさんの残留思念体が現れたんだから、強く反応したのだろう。
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