779.哀れな、最後。

 この迷宮遺跡に突然やって来た『赤の中級悪魔』と『赤の上級悪魔』と、出迎えた白衣の男を確認した俺は、引き続き、離れた場所から『視力強化』スキルと『聴力強化』スキルを使って、様子を見ている。


「まさか……赤の中級と共に上級まで現れるとはねえ……。よくこの場所を探し出したものだ……」


 白衣の男が訝しげな表情で、二体の悪魔を見ながら呟やいた。


「そなたの行動や位置を把握するなど造作もないこと。ヒョホッホ」


 『赤の中級悪魔』が、不敵な笑みを浮かべている。


「それに、お前の中に爪の中級が宿っていることも知っているぞ」


 今度は『赤の上級悪魔』が言った。


「さすがは上級……お見通しか……。爪の奴が、いつまでたっても出ていかないのだ。どうだ爪のよ、お仲間が来てることだし、そろそろこの体から出ては?」


 白衣の男は、『赤の上級悪魔』に話している途中から、自分の中の『爪の中級悪魔』に話しかけている。


「まぁ慌てずとも良いではないか。そのうち爪のも出るだろうて」


 『赤の上級悪魔』が、薄ら笑いを浮かべている。


 『赤の上級悪魔』は『赤の中級悪魔』よりも、少し人間に近い顔立ちになっている。

 フードをかぶっているから耳などはわからないが、鼻は中級のように大きなかぎ鼻ではない。

 目もギロリとしているものの、まだ人間に近い感じだ。


「そうだ。むしろ、爪のにいてもらった方が、お前のためかもしれぬぞ。ヒョホッホ」


 『赤の中級悪魔』は、不敵な笑みを浮かべながら、意味あり気なことを言っている。


「ふん、突然来たわけはなんだ? 遊びに来たわけではあるまい。それとも、力を貸しに来たのかな?」


 白衣の男は、吐き捨てるように言った。

 どうも警戒しているようだ。

 今までの感じを見る限り、もともと知っている悪魔というわけではないみたいだ。

 悪魔の方から、突然訪ねてきたのだろう。


「ふん、なぜ我らがお前に力を貸すと思うのだ?」


 『赤の中級悪魔』は、少しキレ気味に言った。


「ホホホホホ、まぁ良いではないか。今回来たのは、力を貸しに来たといってもいいことだからのう。我らが必要としているものを差し出すならば、便宜を図ってやろう。こんな迷宮遺跡に閉じこもっているよりも、良い暮らしをさせてやるぞ。人間共を好き勝手にできる地位と権力を与えてやる」


 『赤の上級悪魔』は、ニヤけながら言った。

 まさに悪魔の囁きという感じだ。


「必要としているもの……?」


 白衣の男が、首を傾げた。


「単刀直入に言おう。ピグシード辺境伯領を襲撃したときに、人間の怨念を集めて『怨念珠』を作ったはずだ。それをいただきたいのだよ。『怨念珠』を集める計画が少し遅れていてね……」


『赤の上級悪魔』が、ニヤけたまま言った。


「なるほど……そういうことか。悪魔が欲しがるものと言えば……確かに怨念だな。確かに持っているぞ。ワシの中にいる爪の中級を上級にするための物を差し引いても、中級悪魔を三体受肉させることができる『怨念珠』を持っている。それを渡せと?」


 白衣の男が、納得がいったというように大きく頷いている。


「そうだ、不足分の穴埋めに使わせてもらう。そのかわり、お前には、『アルテミナ公国』において最上位の爵位をやろう。そして国の要職もだ。侯爵の爵位と技術大臣の地位を与えてやろう。どうだ? 好きな研究が思う存分できるぞ」


『赤の上級悪魔』が、相変わらずニヤけ顔のまま言っている。


「ふっふふふ、なかなかに魅力的だなぁ……。だが『アルテミナ公国』が安全だとなぜ言い切れる? 妖精女神とその使徒やパートナーの男は……強いぞ。俺が召喚した『剣の上級悪魔』もその男が倒した可能性が高い。奴らの目を逃れるために、隠れているのだ。奴らに見つかる可能性は無いのか?」


 白衣の男が、警戒した様子のまま言った。


 やはり奴が、ここに引きこもっていたのは、俺たちの目を逃れるためだったらしい。


「ある程度の情報は仕入れているようだなぁ。ちなみに悪の組織『正義の爪痕』は、ついこの前壊滅したよ。我らの仲間が手駒として密かに動かしていたのだがな。役立たずだったのだよ。まぁ初めから期待していなかったから、むしろよくやった方だがな。妖精女神とその相棒の目を十分に引きつけてくれた。あの程度の組織の役割としては、充分だったさ、ハッハハハハ」


『赤の上級悪魔』は、相変わらずニヤけている。

 奴のニヤけ顔は、本当に不快だ。


「笑っている場合なのか!? 奴に狙われて勝てるのか?」


「妖精女神とその相棒は、かなり危険な存在であることは間違いないがな。だが所詮は、勇者に毛の生えた程度……のはずだった……。それが……忌々しい状況になった。神供が人族に力を貸しおったのだ。油断できない状況になったというわけだ。そこで我らも、戦力補強をする必要がある」


「それでわざわざ、上級自らここに訪れたというわけか?」


「奴らのせいで集める予定だった『怨念珠』が全く集められなかったからなあ。『アルテミナ公国』は、我らの勢力圏だから安全だ。ここに引きこもっているよりも、よほどいいと思うがなぁ。まぁまだ悪魔の影響下にあると知られるわけにはいかないから、表立っては動けんがなぁ。悪魔の領域を作ってあるから、お前に何かあったときには、すぐに転移させてやろう。それでも恐れるのか?」


「…………」


 白衣の男は、答えを出しかねているようだ。


「つくづく人間とは、臆病なものよのぉ。仮に『アルテミナ公国』が悪魔の影響下にあると知られても、我らを見つけ出すことなど不可能だ」


「ふっふふふ、信じようではないか。いつまでもここで隠れていてもしょうがないからなあ。どうだ? 爪の」


 白衣の時はそう言って、自分の中にいる『爪の中級悪魔』に話しかけている。


「ガハハハハ、そういうことか。我が同胞が来てくれて助かったようだ。今の話を聞く限り、もうここで息を潜めている必要もないようだなぁ。そして人間の体の中に、潜んでいる必要もないようだ。悪いが“白衣の”よ、お前は必要なくなったようだ。ハハハハハ」


 白衣の男が話しているが、意識が入れ替わったようで、どうも主体となっているのは『爪の中級悪魔』のようだ。


 そして、その直後に白衣の男が、突然苦しみ出した。


「ぐがっ、はうんっ、ぐっ……おのれ……“爪の”一体何を? 何をしているのだ!? 早く俺から出て……出て行げぇ……」


「ハハハ、哀れな人間よ。お前は、我の宿り木としての意味しかなかったのだよ。我が入り込んだ時点で、お前の運命は決まっていたのだ。我が出る時は、お前の体を食い破る時だからな!」


 白衣の男は、まるで一人芝居のように交互に話している。


「ぐあぁ……うぐっ……ぎゃぁぁぁぁ」


 白衣の男が大きな悲鳴を上げると、同時に胸から鋭い爪の腕が飛び出した。

 そして体が裂けながら、脱皮するかのように『爪の悪魔』が出現した。


 どうやら、白衣の男は体を食い破られて絶命したようだ。


 悪魔と契約していたようだが、最後は悪魔に食い破られて身を滅ぼしたらしい。

 まさに自業自得だが、哀れな最期だ。


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