762.昔話の、主人公。

 今度こそシャインさんの農園から引き上げて帰ろうと思っていたら、引き止めるように取り巻き美女集団『マスカッツ』のサンディーさんが話し出した。


「あのグリムさん、ニア様、もしよろしければなんすけど、これから一緒に荘園に行ってくれないっすか? 実は今から、シャイン様と一緒に、管理している荘園の一つに行くんすけど、シャイン様だけだと不安なんすよ……」


 サンディーさんが、すまなそうな顔をしながら、こっそり耳打ちした。


「なんで? 何かあるわけ?」


 ニアが、少し期待するような顔つきで尋ねた。


「実は荘園の村の村長から訴えがあって、お化けが出るって言うんすよ」


「なに、お化けって……アンデッドでも出るわけ?」


 ニアが、興味深そうに食いついた。


「いや……アンデッドだったら、シャイン様の顔が光るスキルで倒せちゃうと思うんすけど……。なんか……話を聞くと奇妙なんすよ。夜中にクワが宙を浮いて動いたり、勝手に畑を耕したりしてるって言うんすよ。ちょっと怖いっすよね?」


 サンディーさんが、怪訝そうな顔をしながら教えてくれた。


 なんとなく……この話聞き覚えがあるような……。


「ちょっと、なにそれ!? それって、付喪神じゃないの!? クワが動いたり、耕しちゃうなんて! 私の好きな付喪神の話に出てくるクワよ、きっと!」


 ニアが興奮気味に、声を弾ませた。


 そういえば、前にニアが笑える付喪神の話の一例として言っていた。

 何代にもわたって、一族で長く使われていたクワが付喪神化して、話をするようになり、説教したり、勝手に畑を耕したりする笑える話があるとのことだった。


 もしかして、そのクワってこと……?

 だったらすごいなぁ……。


 ニアの話では、相当古い時代の昔話のようだったが、その付喪神が今の時代にもいるということかもしれない。


 シャインさんも『マスカッツ』のみんなも、付喪神の事はあまり詳しくないようで、ピンと来ていない。


 思わぬところで、付喪神情報をつかんだかもしれない。

 これは確かめに行くしかない!


「シャインさん、その荘園の夜の見回りに、私たちもついて行っていいですか?」


「もちろんだよ、友よ! 大歓迎さ! また“さん付け”に戻っているよ。君と私の仲じゃないか。ニア様のように、シャインと呼んでおくれ。私はニア様にシャインと呼ばれる度に、体の奥底が喜びに打ち震えるのだよ」


 シャインさんは、爽やかな感じで若干気持ち悪いこと言っている。

 いや……だいぶ気持ち悪い……。


 てか……この人、Mっ気もあるのか……もうわけわからんわ!



 俺たちは、『マスカッツ』のみんなが乗ってきていた馬車に同乗させてもらって、荘園の村を目指した。





 ◇





 少しして、『領都セイバーン』の内壁を出た荘園エリアにある村の一つに到着した。


 マスカット家が管理を任されている村の一つで、様々な野菜を栽培している村のようだ。


 荘園の村は割り当てられた作物を作る村人がいて、村長が全てを管理している。

 実際の運営は、村長を中心とした村人が行っているのだ。

 それを管理しているのがシャインさんのような貴族であり、収穫高の確認や領に収める生産物の受け取りなどをしているようだ。


 今朝、この村の村長から、夜にクワのお化けが出るという訴えがあり、シャインさんは即日の今夜足を運んだわけである。

 意外とフットワークが軽いというか……領に与えられた仕事は真面目にしているようで、何よりである。


 村長が出迎えてくれた。


「マスカット子爵閣下、出向いていただきありがとうございます。私はまだ見ていないのですが、何人かの村人が夜に宙を舞うクワを見ているのです。何やら言葉のようなものを、ぶつぶつ言っていたとの証言もあります。皆気味悪がっております。村で使っているクワには、怪しいものは無いのですが……」


 村長が、シャインさんに礼を言った後、矢継ぎ早に事情を説明してくれた。


「村長、いいのですよ。この村の人々を守るのは、我がマスカット家の仕事ですから。クワの魔物がいるのであれば、私の美しさの光で浄化してあげましょう。ハハハ」


 シャインさんは、爽やかに笑った。

 美しさの光では、魔物は浄化できないと思うんですけど……。


 全く以て、緊張感のかけらもない……。

 まぁ不安におののいているよりはいいけどさ。


「シャイン、普段通りにしてないと出てこないと思うから、村人には家に戻ってもらった方がいいと思う。俺たちは、草むらに隠れて様子を見よう」


 俺は頑張って、シャインさんに友達のようなフランクな感じで話しかけてみた。

 慣れないから、我ながら気持ち悪い。


「おお、友よ、そうしよう」


 シャインさんは微笑んだ。



 しばらく息を潜めていると……何か音がした。


 『聴力強化』スキルで強化した聴力が音を拾った。

 そして『暗視』スキルを使い、目を凝らす……


 少し遠くの方に、何かが動いている。


 あれは……確かにクワだ。

 クワが、里芋の畑を耕しているようだ……。


「まったく……最近の農民は、基本がなっちゃいない。いくら放任でも育つからって、土寄せぐらいできるじゃろうに! 土寄せをやっただけで大きくなるのに、手抜きしよって。しょうがない奴らじゃ」


 強化された聴力が、そんな独り言を拾った。

 間違いないようだ……クワの付喪神だろう。


 さてどうするか……挨拶をして仲良くなりたいところだが、驚かせたくないし……。


「ここは私に任せて! ちょっと行って話してくるからさ!」


 ニアは、目を爛々と輝かせて飛んで行ってしまった。

 しょうがない、ここはニアに任せよう。



「おお、なんじゃい! 急に現れおって、びっくりするじゃないか!」


 クワの付喪神が、驚きの声を上げた。

 どこにも顔がないので、表情はわからないが、声の感じが驚いている。


「ごめんね。あなたは、クワの付喪神でしょ? 私はニアよ、あなたと友達になりたいの」


 ニアは、くるっと一回転して言った。


「なんだい、ワシのことを知ってるのかね? 驚かんのか? 今の時代じゃ、みんな驚いて化け物扱いするのにのう」


 クワの付喪神は、ちょっと意外そうなトーンだ。


「驚くわけないでしょう! 私、付喪神が大好きなの! 仲間にも付喪神が三人いるのよ! あなたは、だいぶ長い時代を生きている付喪神なんでしょ? 昔話にクワの付喪神の話があるけど、あなたのことなんでしょう?」


「ああそうじゃ。ワシの話が本になっとるのは、知っておる。ワシは、付喪神の中でも有名じゃからのう! 久々に目覚めて、活動したくなったんじゃが、ワシの話を知ってる者と会えるとは嬉しいのう!」


「本当、すごい! 私、あなたのお話が大好きなのよ。友達になって」


 ニアは、予想した通り昔話に出てくるクワの付喪神だという確認が取れて、超ハイテンションになっている。


「ああ、いいとも。こんな可愛い子ちゃんなら、願ったり叶ったりじゃよ!」


「ねぇ私のことは、ニアって呼んで。あなたの事は、なんて呼べばいいの?」


「ワシの事は……クワの親方様と呼ぶ者が多かったのう。畑仕事を教えてやったからのう。そのうち約してクワ様と呼ぶ者もいたのう。クワちゃんで、いいぞい」


「ふふふ、可愛い。じゃぁクワちゃんね。よろしく!」


 ニアは笑いながら、空中を一回転した。

 すごく楽しそうだ。


「こちらこそよろしくなのじゃ、ニアちゃん。ところでニアちゃんは……名前の感じからして……もしかしてティタちゃんの子孫かえ?」


 クワちゃんは、少し懐かしむような感じで、突然そんなことを言った。


「ええ! クワちゃん、私のひいお婆ちゃん知ってるの!?」


 ニアが、驚きの声を上げた。



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