761.忘れ去られた、美味しい品種。

 「シャインさん、このブドウは栽培面積を増やさないんですか?」


 俺はシャインさんに尋ねた。

 さっきシャインと呼び捨てにしてみたが、どうも慣れなくて、ついシャインさんと呼んでしまう。


 このブドウとは、シャインさんの農園の雑多な品種が植わっているエリアにあったデラウェアのことだ。

 俺がいた世界のデラウェアと完全に同じではないと思うので、異世界デラウェアといったところだけどね。


「そのブドウは以前からあるんだけど、今ではほとんど栽培されていないのだよ。ワインにするには、香りが出にくいからね。ワインにもできて、生食もできるというのが普及しているのさ」


 シャインさんは、このブドウに俺が興味を持ったことが不思議なようだ。


「そうですか。このブドウを共同で作る農園に植えてもいいですか? 『フェアリー商会』の管理するスペースにだけ植えますから」


「友よ、もちろん構わないよ! 水臭いことは言わないでおくれ。ここにある品種は、自由にしてくれていいよ。そのブドウは、放任してもどんどん伸びて、どんどん実がなるから収穫量はかなり採れると思うよ。他にも、食べるのには適さないけど、ワインにしたら美味しくなるものとかもあるんだよ」


 シャインさんは、淡々とそう答えたが……。

 めっちゃ重要な情報だと思うけど!


 もしかしたら、この雑多に植わっている品種の中に、すごいものが眠っているかもしれないということだよね!?


 これは、試すしかないな……。


 俺は、このブドウ園の片隅にある雑多な品種の栽培エリアも、まとめてデータコピーした。



「ニア様、私はサンディーっす。シャイン様が気持ち悪くて、申し訳ないっす。これタオルっす。使ってください」


 取り巻き美女集団『マスカッツ』の実質的なリーダーの赤毛の美少女サンディーさんが、ニアに声をかけ、タオルを渡した。

 ニアさんは、デラウェアの汁でビショビショなのだ。


「あなたがサンディーちゃんね。グリムから聞いてるわ。話し方と美貌が合ってなくて、めっちゃ面白いわね。気に入ったわ! シャインは気持ち悪いけど、あなたとは友達になれそう!」


「嬉しいっす! ニア様と友達になれるなんて、最高っす!」


 サンディーさんが、笑顔で頭を下げた。

 他の『マスカッツ』の女性たちも、ニアに挨拶をして楽しそうに話をしだした。


 なんとなくだが、シャインさんと一緒にいる時よりも、楽しそうだけど……。

 でもそういうマイナス情報は、全く気がつかないんだよね、シャインさんって。



 ちなみに俺が見つけたこの異世界デラウェアは、一応『デラウエ』という名前で呼ばれているらしい。

『セイセイの街』の掃除貴族デラウエ騎士爵と同じ名前のようだ。


『デラウエ』の栽培面積を増やして、一般庶民が買い求めやすい低価格で提供したらいいかもしれない。

 もちろん、貴族向けの高級ブドウとする手もあるが、最近忘れ去られていただけで、元々あった品種らしいし、庶民向けにした方がいいと思うんだよね。

 一般の人が求めやすい、ブドウにしたい。

 瑞々しくて爽やかな甘さがあって、人気が出ると思うんだよね。

 シャインさんの話が本当なら、収穫量も多いだろうし。


『シャインズマスカット』と『デラウエ』、当面はこの二種類の生食用ブドウの栽培に力を入れていこうと思う。


 それと、ダメ元でこの二つのワインも作ってみようと思っている。

 少し工夫すれば、良いワインができるかもしれない。


 視察も終わったし、そろそろ帰ろうかなと思っていたら、サンディーさんが近づいて俺に耳打ちした。


「グリムさん、お願いがあるっす。うちら、ほんとは商売がやりたいんすけど、グリムさんの計画がうまくいっても、お店に立てるのは午前中の少しの時間だけっすよね? その他の時間はシャインさんを取り巻いてなきゃいけないんすけど、どうせなら、ちゃんと強くなりたいっす。訓練したいんすけど、シャインさんわかってくれないんで、グリムさんから上手く言ってもらえないっすか?」


 『マスカッツ』のみんなは、自分たちには戦闘センスがないと言っていたが、どうせ取り巻きを続けるなら、ちゃんと強くないなりたいと思っているようだ。


 本当は、この子たちを取り巻きから解放してあげて、お店をやらせてあげるのが一番いいと思うが……シャインさんの監視をする必要もあるんだよね。

 一人で行動させるよりは、『マスカッツ』のみんなが周りにいたほうが、マシなのは間違いないからね。


 シャインさんが変なことに巻き込まれないようにする為にも、当面は今の体制がいいだろう。


 ニアは、何かを察知したのか、途中から俺の肩に乗って一緒に話を聞いていた。


「わかったわ。私に任せて!」


 ニアは男前な感じで、サンディーさんに声をかけた。


「ちょっとシャイン、この『マスカッツ』の子たちは、ちゃんと強いのかしら?」


 ニアが、シャインさんに尋ねた。


「ニア様、この子たちは美しいのですよ。見ていただいてわかる通り、私と同様に美しい! 私を取り巻く花たちなのです!」


 爽やかに、そして陶酔するような表情でシャインさんが答えた。


 てか……ニアの質問に対して、全く答えてないんですけど……。

 噛み合わなさすぎるわ!


「だから、私が訊いてるのは、この子たちが美しさだけじゃなくて、強さも兼ね備えているのかってことよ!」


 ニアが切れ気味に、邪険に言った。


「ニア様、この子たちは美しい。それでいいのです。強さは必要ないのですよ。私が美しくかつ強いのですから」


 シャインさんが、堂々と言った。


「ちょっとシャイン、あんた何言っちゃってるわけ!? 本当の美しさはね、強さに裏打ちされているものなのよ。心の強さで美しさは磨かれ、武力的な強さで更に輝くのよ!」


 ニアは、超ドヤ顔で言った。

 しかも、いつもの左手を腰に当て、右手人差し指を突き上げるという残念ポーズをしている。


 微妙にいいことを言っているような、わけのわからないことを言っているような……まぁいいけど。


「シャインさん、確かに彼女たちは美しいですが、武術も鍛えてレベルも上がって、自分に自信を持てば更に美しくなると思います。彼女たちをより高みに導いてあげることこそが、主人であるシャインさんの役目ではないですか?」


 俺は、美しさをポイントに話をした。

 この人の扱い方が、わかってきたからね。


「友よ、確かにそれはそうだね。ニア様のように美しく、強くなることが、更なる高みに登ることになる!」


 シャインさんは、閃いたという顔をした。

 てか……今頃気づいたのか!?


「そうでしょう? じゃあこの子たちを、これから訓練しましょう。私とグリムで考えてあげるから。いいわね?」


「ええ、ニア様。この子たちがより美しくなるなら、私は構いませんよ」


 シャインさんは、軽く言った。

 今まで反対してたのは、何だったのよ!


「それじゃあ、明日から毎日午後は特訓よ! シャイン、あなたが責任を持って教えるのよ! まずは『コウリュウド式伝承武術』の基礎からね。あと『護身柔術』も身に付けた方がいいから、それは私の方で手配してあげるから!」


「ええ、ニア様。美しき私が教えれば、美しきこの子たちは、すぐに強くなってしまいますよ。そして更に美しくなる。なぜこのことに気がつかなかったんでしょう。私としたことが、ははは」


 シャインさんは、楽しそうに笑った。

 なに、この人……?


 まぁサンディーさんたちの要望が通ったから、良しとしよう。

 シャインさんのことを、まともに考えると疲れるから……そして考えるても無駄だから……やめておこう。



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