760.ドン引きの、ニア。

 夕方になって、俺は再び『領都セイバーン』にやって来た。


 ナルシストなイケメン貴族シャイン=マスカット氏と共に、彼の農園を訪れるためだ。

 午前中に会ったときに、夕方に農園を見せてもらうという約束をしていたのだ。


 農園を実際に訪れて、『固有スキル』の『絶対収納空間』の『データ収納』コマンドを使って、農園のデータを手に入れることが目的である。

 そしてそれをもとに、領都郊外の草原に農園を作ってしまうつもりだ。

 彼の農園の空きスペースにも、増設してあげようと思っている。


 もちろん『固有スキル』の事は公開していないので、妖精女神の使徒の力を借りるということにしてある。

 今は、視察だけすることにしていて、実際の農園作りは夜のうちに密かにやってしまうつもりだ。


 今回は、俺一人で来ようと思ったのだが、ニアがどうしても行きたいというので連れてきた。


 シャインさんの実物を見てみたいというわがままを言ったのだ。


 セイバーン家の三姉妹と『ドワーフ』のミネちゃんが、ディスりながらみんなを止めていたのを見て、逆に興味を強めてしまったらしい。

 まぁニアさんらしいけどね。


 大体の農園の場所を聞いていたので、現地集合になっている。


 遠くに人影が見える。

 あの煌びやかな雰囲気……彼が来ているようだ。

 もちろん取り巻き美女集団『マスカッツ』もいる。


「やぁ、我が友よ! 待っていたよ。私のように光り輝くぶどうたちも待っているよ。おや……羽妖精……そして美しい……。あなたは、妖精女神様ですね。なんて美しいんだ! まさに女神! あゝ我が女神様!」


 シャインさんは、俺に声をかけてくれたが、途中でニアの存在に気づき、近づいて跪いた。


「ニ、ニアよ。よ、よろしくね」


 まだそれほど変なことを言っていないと思うが、やはり気持ち悪いのか、ニアがちょっとぎこちない。


「我が友よ、君はやっぱり素晴らしい! こんなに美しい方と共に歩むなんて。ニア様の為ならば、私もいつでもお供いたします。ただ私の美しさとニア様の美しさで光が増し、夜のない世界になってしまうかもしれませんね。ハハハハハハ」


 シャインさんは、上機嫌だ……。

 なんか……午前中に会った時よりも濃いなぁ……。

 ユーフェミア公爵と三姉妹が言っていたのは、このことなのか……?

 美人を連れて行くと、より面倒くさくなって、話も進まなくなると言っていたが……。

 美人を褒めることと自分を褒めることが加速するのか……?


「あの……シャインさん、早速ですが農園を見せてもらいたいんですけど……」


 俺は、ニアを守るためにも本題に入った。

 ニアが早くもドン引きしてるからね。


「おお、友よ。わかっているよ。それに、もっとフランクに話しかけてくれていいんだよ。君とはもう友人なんだから。ニア様とも、もう特別な関係です。あなたの光で私を照らし、私の光であなたを照らしましょう! ふふ」


 シャインさんは、俺に返事をしつつも、さらにニアに絡んでいる。

 わけのわからないことを口走っているし……。

 これは、ほんとに面倒くさいかもしれない。


「わ、わかったわ。とにかく行きましょう……」


 ニアは、顔を引きつらせながらそう言った。


「ニア様、私の事はシャインとお呼び下さい。もう親しい間柄ですから、ふふふ」


 シャインさんが金髪を風になびかせながら、爽やかに言った。

 基本的に人の話は聞かずに、自分の言いたいことを言う人なんだよね、この人……。


 ニアは、顔に斜線が入った感じで固まっている。


「わかったから! じゃぁシャインと呼ぶけど、とっとと行くわよ! 早く農園に案内して!」


 ニアが気を取り直して、指示を出した。

 もうすでに、面倒くさくなったらしい。

 邪険に扱っている。

 だからやめた方がいいと言ったのに……。


「わかりました。それでは、参りましょう! おいで、ビューティフォー!」


 シャインさんは、純白の愛馬を呼んだ。

 ビューティフォーは、年老いて捨てられるところをシャインさんが引き取った『軍馬』だ。

 遠目には綺麗な白馬だが、近づくと高齢なのがわかる。

 でもビューティフォーは、凛としていてとても気品のある馬だ。


「ニア様、少しだけ歩きますので、どうぞこちらにお座り下さい」


 シャインさんがそう言って、ビューティフォーの鞍に綺麗な布をかけた。

 ニアを座らせるつもりらしい。

 女性に対する気遣いということだろう。

 でも……ニアさんは飛んでいるし、わざわざ馬に座る必要はないと思うんだけど……。


 ニアは、一瞬、躊躇した感じだったが、面倒くさいと思ったのか、そのまま座った。

 ゲンナリしている。



 少し歩いて、農園が見えてきた。


 ブドウの農園は綺麗に作られていて、柵のような形に仕立てられている。

 いわゆる『垣根仕立て』というやつだろう。

 畑に柵のようなものを立てて、そこにブドウの枝を仕立てていく方法だ。

 いくつもの垣根が並んでいる形になっている。


 ブドウの実が、たわわに付いている。

 今は九月なので、ちょうど収穫の最盛期だろう。

 もっともこの世界では、俺の常識とは違い、果実の収穫適期がかなり長いようだから、本当の最盛期はこれからなのかもしれないけどね。

 それに、この地方は一年中温暖な気候のようなので、日本のような春夏秋冬があるわけではないから、かなり長い期間収穫できるのかもしれない。


 この状態を、データコピーして増やせることは非常にありがたい。

 果実が収穫できる状態で、農園を増やせるってことだからね。


 この農園は、親の代から仕えている使用人が管理しているらしく、非常に管理が行き届いている。


 農園のはずれには、何種類かの違うブドウが生育している。

 品種の特性を見たり、改良に使っているのだろう。


 その中に、俺は見慣れたブドウを発見した。

 あれは……


「シャインさん、このブドウも一房もらっていいですか?」


「我が友よ、水臭いことを言わないでおくれ。もちろん食べたいだけ食べてくれて構わないよ。ただそのブドウの皮は固いから、実だけを食べた方がいい。皮ごと食べることも、もちろんできるけど。それに、いい加減私のことは、シャインと呼び捨てにしてくれて構わないよ、友よ!」


 シャインさんが、爽やかに言った。

 確かに、もうシャインさんと呼ぶのも面倒くさくなってきたから、シャインと呼び捨てにしちゃおうかなぁ……。


「ありがとう、シャイン」


 これは礼を言って、早速ブドウを口に放り込んだ。


 やはりそうだ!

 この味は……俺の知っているデラウェアだ。


 俺がいた世界で、子供の頃のブドウと言えば、デラウェアだった。

 すごく懐かしい味なんだよね。

 そして美味い!

 原点のブドウの味という気がする。


 この異世界デラウェアも、『ジベレリン処理』という“種なし”にする処理をしなくても、種無しブドウができるらしい。

 俺がいた世界のブドウ農家が聞いたら、かなり羨ましがるだろう。

 農作業の手間が格段に減るからね。


 種なしのブドウでも、枝を挿し木したり、接木したりして、苗を作ることはできるから、増やせるのはわかる。

 だが、品種改良するときはどうするのだろうという素朴な疑問があるんだよね。

 種なしだからね。

 まあ種なしでも花は咲くわけだから、種があるものと交雑するのかなあ……?

 今度ゆっくりシャインに訊いてみよう……いや、弟のシャイニングさんに訊いた方がよさそうだ。


 ニアにも、一粒食べさせた。


 ニアも美味しいと思ったらしく、無言で食べだした。


 やばい……ブドウ汁でビシャビシャになっている。

 この人……ジューシーなものを食べると、いつもビシャビシャになるんだよね……。


「ニア様、ニア様は食べる姿も美しい! 全身が光り輝いています!」


 シャインがそう言って、またニアに絡んできた。

 全身が輝いているんじゃなくて、ビシャビシャに濡れているだけなんだけど……。

 でもシャインの目には……水も滴るいい女に見えているのかもしれない……。


 ニアは何事もなかったかのように、完全に無視して食べ続けている。


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