735.狼亜人の、親子。
『闇オークション』で落札してきた物が、もう一つあった。
忘れかけていたが……魔法の石のセットも落札していたのだ。
魔法道具作りの材料になる『魔火石』『魔水石』『魔風石』『魔土石』のセットだ。
それぞれの石が、拳大くらいあるから、よくあるサイズの宝石くらいの大きさに分割すれば、かなりの数になると思う。
実際手にすると、拳大よりも一回りくらい大きい感じだ。
これは『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんに、プレゼントすることにした。
俺もいずれ魔法の石を使って魔法道具を作ってみたいと思っているが、今は気持ち的に余裕がないのでできないんだよね。
ミネちゃんに渡して、有効活用してもらった方がいいだろうと判断したのだ。
ミネちゃんは、「これは、なかなかの上物なのです!」と言って、喜んでくれていた。
これで残っているのは、狼亜人の親子だけだが、まだ眠ったままなので、領城に部屋を借りて休ませようと思っている。
移動させようと思って近づいたら、父親が目を覚ました。
「ここは……私は……」
まだ意識がぼんやりしているようだが、警戒するような仕草をした。
「大丈夫です。落ち着いてください。あなたと娘さんは、私が保護しましたから。『闇オークション』にかけられていたところを、落札するかたちで保護させてもらいました。今は、一旦しょうがなく奴隷契約の主人に私がなっていますが、落ち着いたら奴隷契約を解除してあげるので安心してください」
俺は、そう説明してあげた。
だが、突然のことに、話が飲み込めていないようだ。
「ええっと……あなたが、私を落札したのですか……? そして奴隷契約を解除するのですか? それは一体……?」
「あなたを奴隷にするために、落札したんじゃないんです。あなたたち親子を助けるために、落札しました。だから奴隷契約も解除してあげます。開放しますので、もう自由ですよ」
俺がそう言うと、父親は信じられないといった顔をして、俺や周りの人たちを見回した。
「大丈夫よ! 安心して。本当に助けてあげただけだから。よかったら、どうして親子で奴隷になっていたのか、教えてくれる?」
ニアが飛んできて、父親にそう言った。
「羽妖精……もしや……妖精女神様ですか?」
「そうよ。みんなそう呼んでるけど……。でも本当の神様ってわけじゃないから」
「はい、妖精女神様のお噂は、奴隷にされた私でも知っています。では……ほんとに助けていただいたのですね……」
父親はそう言って、自分の身の上を話し出した。
彼は『アルテミナ公国』に住んでいたらしい。
いくつかある亜人族の村の一つに住んでいたそうだ。
ある日、魔物の集団に襲われて、村が壊滅してしまったらしい。
彼の話によると、いくつかの村が悪魔や魔物に襲われ壊滅してしまったのだそうだ。
特に、亜人族の村が狙われていたようだ。
そういえば……チャッピーが住んでいた村も、悪魔の襲撃を受けて滅ぼされたと言っていた。
チャッピーだけが、たまたま村の外に遊びに出ていて、災難を逃れたという話だった。
「そうだったんですか。実はこの子も、『アルテミナ公国』の亜人の村に住んでいて、一人だけ生き残ったそうなんです。その後奴隷商人に捕まって、奴隷になっていたところを私が保護したんです」
俺はそう言って、チャッピーを紹介した。
「チャッピーなの〜。よろしくなの〜」
チャッピーは、いつもの感じで挨拶をした。
「き、君はもしかして……バディード村の生き残りかい?」
狼亜人の父親は、身を乗り出してチャッピーに訊いた。
「バディード村は、チャッピーの村なの……」
チャッピーは、目に涙を浮かべながら答えた。
いつもは考えないようにしているみたいだが、生まれ育った村や、家族のことを思い出してしまったようだ。
「あゝ、やっぱり……おじさんは、何度か行ったことがあるんだよ。君は村長のお孫さんだね……。よ、よく生き残ってくれたね……」
狼亜人の父親は、感無量といった感じで涙ぐんでいる。
チャッピーも優しく言われ、大粒の涙をこぼした。
リリイが心配して、抱きしめてあげている。
さらに話を聞いたところによると、チャッピーが住んでいた『バディード村』というのは、亜人族の村の中でも特別な村だったらしい。
由緒正しい村で、『アルテミナ公国』に住む亜人で知らない者はいない有名な村なのだそうだ。
そして、一番最初に悪魔の襲撃を受け滅ぼされた村なのだそうだ。
その後は、悪魔が直接現れるようなことはなかったが、魔物の集団に襲われて滅ぼされる村がいくつも出たらしい。
かろうじて生き残った人たちも、奴隷商人につかまって奴隷にされるという状態だったのだそうだ。
この父親は、妻と上の娘と行き別れてしまい、下の子を連れて命からがら逃げ伸びたところを、奴隷商人に捕まったらしい。
大怪我を追って抵抗できない状態の時に、助ける代わりに言うことを聞けと言われて、奴隷にならざるを得なかったとのことだ。
おそらく彼の村も全滅で、妻と上の娘も生きている可能性は低いと悲痛に語っていた。
『アルテミナ公国』が政情不安で、いろんなものが機能していないという話は何度か聞いていたが、かなりやばい状態のようだ。
悪魔や魔物が村を襲っても、国は有効な対策を打てないでいるらしい。
元冒険者たちが組織した自警団が、力のない人々を守っているという状態らしい。
この親子が奴隷商人に不当に奴隷にされても、国は何もしてくれなかったわけだ。
それどころか、そういう人たちがどんどん増えているという状態とのことだ。
そして、親子は高値で売れるセイバーン公爵領まで連れてこられ、『闇オークション』にかけられたということのようだ。
この父親は、『ウルフリン村』という狼の亜人が多く住む村に住んでいたそうだ。
名前をベオさんというらしい。
ウルフリン氏族の血統でもあるので、ベオ=ウルフリンと名乗ることもあるそうだ。
ただステータス画面上の『名称』は、あくまでベオと表示されているらしい。
三十八歳とのことだ。
娘さんは、セレンちゃんという名前で、八歳だそうだ。
「私と娘を助けていただき、本当にありがとうございます。このご恩をどう返せばいいか……私にできることがあれば、何でもいたします。どうか仕えさせてください」
「『アルテミナ公国』には帰らなくてよろしいのですか?」
「はい。本当は、帰りたい気持ちもあります。ですが……この子が危険にさらされる可能性があります。落ち着くまでは……控えようと思っています。生活を立て直して、もう一度鍛えてから行きたいと考えています」
ベオさんは、複雑な表情で答えた。
「そうですか……じゃあ、私のやってる商会で働きますか?」
「はい、お世話になれるのであれば、何でもいたします。よろしくお願いします」
ベオさんは、深く頭を下げた。
ということで、この親子はしばらくの間、『フェアリー商会』で働いてもらうことにした。
住む所も提供してあげられるし、少ししたら落ち着くだろう。
問題は、どの場所でどの部門で働いてもらうかだが……
「旦那様、少し確認したいこともありますので、この親子は私の方で面倒を見るかたちでよろしいですか?」
『アメイジングシルキー』のサーヤが、担当を買って出てくれた。
もちろん、俺に否やはない。
サーヤに任せることにした。
人を見る目のあるサーヤだから、何か考えがあるのだろう。
そんなところに、女の子の方も目を覚ました。
最初驚いていたが、父親のベオさんが事情の説明してくれて、落ち着いたようだ。
「あの、セレンです。助けてくれて……ありがとうございました」
セレンちゃんは、ぎこちない感じでお礼を言ってくれた。
「セレンちゃん、リリイは、リリイなのだ。よろしくなのだ」
「チャッピーなの〜。お友達になりたいなの〜」
早速リリイとチャッピーが、話しかけてくれた。
「え……お友達になってくれるの……?」
セレンちゃんは、少し驚いて、少しウルウルしている感じだ。
「もちろんなのだ!」
「お友達になるなの!」
「よ、よろしくお願いします……」
明るく手を差し伸べたリリイとチャッピーに、セレンちゃんが涙目になりながら頭を下げた。
「よし、じゃぁお風呂に入っておいで。セレンちゃんを綺麗にしてあげよう。ベオさんもどうぞ、お風呂でさっぱりしてください」
俺はそう言って、親子をお風呂に送り出した。
リリイとチャッピーとサーヤが案内してくれた。
お風呂といっても、元々領城に備え付けてあるあまりゆっくりできないお風呂だ。
まぁ体が綺麗になればいいだろう。
「お風呂と言えば……この領城にも大きな浴場を作ってほしいと思ってたところさね。場所は確保してあるから、頼んだよ」
ユーフェミア公爵が、急に思い出したように言った。
そして一方的に頼まれてしまった……まぁやるけどさ。
この後にも、何度か来ることになりそうだから、気持ちよくお風呂に入れるように作ってしまおう!
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