636.生体コアの、幼女。

 俺は、殲滅兵器の中核となっている移動型ダンジョンのメカヤドカリの口から、内部に突入した。


 渦巻き貝殻形状のダンジョン本体と思われる部分の下に、メカヤドカリが四方に向かって一体ずつ合計四体ついている。

 頭、胴体、足、ハサミ爪がついた巨大メカヤドカリは、おそらく移動用のユニットとして配置されているものだろう。


 俺は、魔物の波を掻き分け、その一つから侵入したのだ。


 共に侵入したのは、『魔盾 千手盾』の精霊顕現体ともいえる『付喪神 スピリット・シールド』のフミナさんだ。


 彼女は、約三千年前……『マシマグナ第四帝国』の末期に、国を救った『九人の勇者』の一人『守りの勇者』だった人の残留思念でもある。


 今は、人型として顕現せずに盾に収まった状態で、俺に背負われている。


 メカヤドカリの口の中に突入したとはいえ、魔物の排出は収まっておらず、魔物を薙ぎ倒しながら進んでいる状態だ。


 しばらく進むと、上方へと続く通路を発見した。

 魔物の出所まで遡れば、ダンジョン本体に着くだろうが、この通路を通った方が早いと判断し、扉を破って侵入した。


 そして俺は、駆け上がる。


 次に出てきた扉を蹴破ると、別の区画に入ったようだ。

 おそらく、ダンジョン本体部分に入ることができたのだろう。


 ここには、魔物はいない。

 いかにもダンジョンの内部といった感じの壁と薄暗い明かりの中、赤い光が点滅している。


 けたたましいアラーム音と共に、警告音声も響いている……


 ————異常、異常、システム不具合、システム不具合

 ————ダンジョン管理システム不具合、ダンジョン管理システム不具合

 ————ダンジョンマスター不在、ダンジョンマスター不在

 ————異物検知、異物検知

 ————システムへの干渉あり、システムへの干渉あり

 ————異物によるシステム障害、異物によるシステム障害

 ————生体コアシステム稼働、生体コアシステム不具合、稼働状況不完全

 ————生体コアによるダンジョン管理不完全

 ————生体コア危険、緊急射出必要、システム不良により不可

 ————異物による浸食……

 ————強制シャットダウン不可、再起動不可

 ————異物検知、異物検知、異物を排除せよ

 ————魔素管理システム不完全、魔素消費状態

 ————警告、システムをシャットダウンせよ

 ————……誰か助けて、お願い……助けて

 ————全システム異常、システム不正変更状態

 ————誰か止めて、誰か助けて……



 なんなんだ……この警告を聞く限り……まるでシステムをハッキングされているような感じだが……。


「グリムさん、急ぎましょう! システム不全で生体コアが危険なようです!」


 盾状態のフミナさんが、俺の背中でそう言った。


 確かに、まずは生体コアを探さないと。


 フミナさんが妹のように可愛がっていたというニコちゃんが、本当に生体コアにされているとしたら、ニコちゃんの命が危ないということだ。


「フミナさん、生体コアのある場所が何処かわかりますか?」


「多分ですが……ダンジョンマスタールームのある区画にあると思います。私の記憶にあるのは、この移動型ダンジョンが建設中の時までですが、ダンジョンマスタールームの場所は覚えています。このまま、まっすぐ行けば、扉が現れるはずです。三つぐらい扉を超えると大きな中枢エリアに出るはずです。そこにあると思います!」


 そう教えてくれたフミナさんの言葉に従い、俺は先を急ぐ——


 そして扉を三つ蹴破った先に、確かに広いエリアが出現した。


 円形の広いエリアの外周部分に、いくつかの扉がある。

 部屋になっているようだ。


「確か……あそこがダンジョンマスタールームだから……おそらくこの二つの扉のどちらかが、生体コアのある場所だと思います」


 俺は、フミナさんが示した二つのうち、一方の扉の前に立った。


 様子を探ったが、普通に開くような感じではない。

 やはり蹴破るしかないようだ。

 だが、扉を破壊した衝撃で生体コアに何かあるといけないので、そっと力を入れてこじ開けた。


 中に入ると……


 ……ここで当たりだったようだ。

 部屋の中央に二つのスペースがあり、一つは椅子の置かれた操縦席のようになっている。

 もう一つは、円柱形のガラス管のようなものの中に、液体が入っていて、幼い女の子が浮かんでいる。


 眠っている状態のようだ。


「ニコ……やっぱりあなたが……」


 俺の背中で盾状態だったフミナさんが人型に顕現して、少女の前に駆け寄った。


 この幼女は、ニコちゃんで間違いないようだ。

 リリイやチャッピーと同じくらいの年頃に見える。


 こんな幼い子を生体コアにして、虐殺の道具にするなんて……はらわたが煮えくり返るようだ。


 ニコちゃんは、眠っている感じなので、本人に意識は無いのかもしれない。

 それによって虐殺行為を見ていないのなら、せめてもの救いだが……。


 フミナさんが必死に呼びかけているが、目を開ける様子はない。


「フミナさん、どうやったら生体コアを排出できるかわかりますか?」


「通常は……声による音声入力だと思いますが……緊急時のために排出スイッチがあると思います……」


 俺とフミナさんは、スイッチらしきものを探した……


 円柱形の台座になっている部分に赤いボタンがある……おそらくこれではないだろうか。


 フミナさんと視線を合わせ、ボタンを押す……


 …………………………


 だが何も起こらない。


「もしかしたら……システムが不完全なために、作動しないのかもしれません……」


 フミナさんが拳を握りしめて、悔しそうにいった。


 もしそうだとすると……破壊して無理矢理出すか、もしくは、このシステム異常の原因を取り去るしかない。


 異物がシステムに侵入しているようなことを言っていたが……


「どうしますか? この装置を破壊してニコちゃんを救い出しますか? それともシステム異常の原因を探してみますか?」


 俺はフミナさんの判断を仰いだ。


「システムから強制的に離脱させた場合に、ニコが危険になる可能性もあります。できればシステム障害の原因がつきとめられればいいんですが……」


 フミナさんも、判断しかねているようだ。


「あ、もしかしたら! もう一つの部屋は、迷宮管理システムの調整ルームだと思います。そこに異物があるのかもしれません」


 フミナさんが、力強く顔を上げた。


「わかりました。行ってみましょう!」


 俺とフミナさんはすぐに部屋を出て、もう一つの扉に向かった。




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