621.古の少女と、古の少年。

 命じていないのに、俺に向かって来る『魔盾 千手盾』は、少し様子が変だ。

 いつものように、盾の下の方から左右に腕を三本づつ出して虫の脚のようなかたちにしているが、ぎこちない。


 ん! ……この感じ……自律歩行してくるというよりも……なにか……光に運ばれてくる感じがする。

 うっすら光っているのだ。


 俺は、精霊を見る目の使い方をしてみる。

 薄目にして、焦点をぼかす……


 ……おお、千手盾の周りに光のつぶつぶが……精霊たちが集まってきている。

 そして、優しく千手盾を運んでいる感じだ。


 精霊たちが、俺のところに連れて来ているのか……?


 ……ん……なにか聞こえるような……


 耳を澄ませてみる……


 ————泣いてるよ

 ————泣いてるの

 ————助けてあげて

 ————助けてあげよ

 ————盾に残る思念が震えてるの

 ————盾に残る思念が悲しんでいるの

 ————盾に残る思念が愛を叫んでいるの

 ————力を貸してあげて

 ————力を貸してあげよ

 ————みんなでやろう

 ————溢れる霊素を分けてあげて

 ————優しく触ってあげればいいよ

 ————みんな手伝うよ

 ————大丈夫

 ————大丈夫


 囁くような声が聞こえた。


 実際の言葉なのか、念話なのかの区別もつかないほどの声だ。


 だが俺には、聞き覚えがある。


 最初に霊域『ボルの森』に行って、『大霊樹』の中に入ったときに聞いた、精霊たちの声だ。


 精霊たちが、俺に話しかけてきたようだ。


 そしてこの千手盾に残っている思念を、助けてほしいと言っている。


 俺は言われた通りに、千手盾にそっと触れてみる。

 そして……霊素というか、俺の生命エネルギーのようなものを流すイメージで、助けになりたいと念じる……


 千手盾がうっすら光り出した……


 光がはっきりと見えてくる……

 俺じゃなくても、他の人にも光っているのが見える状態だろう。


 強い光ではないが、暖かく柔らかな光が千手盾を包み込んでいる。


 だんだん光の密度が濃くなっていくようだ……。


 千手盾を包む繭のようになっていく……


 その繭が……縦長に広がっていく……


 だんだん……人の形っぽいものになってきている。


 もしかして……


 おお! 柔らかく暖かい光を発していた繭が、一瞬強く輝いた!


 次の瞬間には、光の繭は消え……黒髪の小柄な少女が、泣き顔で立っていた!

 朱色をベースにした綺麗な装飾の軽鎧を、身に纏っている。


「ニト……お姉ちゃんよ、ニト、どうして、しっかりして!」


 突如現れた少女は、俺に地面に押しつけられている首領に、泣きながら抱きついた。

 その流れで、俺は自然に押さえつけるの解いてしまった。


 少女は、首領を強く抱きしめている。


 そしてなぜか首領は、苦しみが収まりぐったりしている。


「姉ちゃん……。死んだはず……どうして……」


 首領が涙を流している。


「私は、確かに死んだみたい……。大丈夫、本体の魂は、ちゃんと輪廻の輪に帰ってる。私は、盾に残っていた残留思念なの……」


「そ、それでも……姉ちゃんに会えて嬉しいよ……」


「ニト、いったいどうして? なにがあったの?」


「お、おれ……思い出したよ。帝国の奴ら、姉ちゃんを騙して殺したんだ。命がけで国を救ってくれた姉ちゃんを……。そして、おれとニコを……う、うぐぅ……」


 首領が、再び苦痛に顔を歪めた。


「ニト、しっかりして! すぐに回復を……」


「いいんだ、姉ちゃん、おれを回復させることはできない。俺は半分死んでるような状態なんだ。回復薬でも回復魔法でも、治せない……」


「そんな……」


「いいんだ。それより聞いて……姉ちゃん。じ、時間があまりない。俺は不完全なコールドスリープで、ほぼ死んだような状態になっていた。だが誰かが……そんな俺を無理矢理生かしたんだ。きっと何かの術を使ったと思う。俺は、記憶のほとんどを失い……人に対する憎しみだけを増幅させた……。俺の大事な姉ちゃんを殺した人族への復讐……それだけの為にここまできた……。わざわざ『正義の爪痕』という組織を作ってまで……。俺の本当の目的は、人族の抹殺だった。魔法機械神を復活させて、楽園を作るというのは……全部嘘なんだ。俺はそうやって人を利用した……。ただ今にして思えば……俺も利用されていたんだと思う。多分……俺を復活させたのは……悪魔だと思う。そしてあの時、姉ちゃんを殺させた黒幕も、多分悪魔だよ。糸を引いていたんだと思う……」


「そ、そんな……あの時みんなで、倒したはずなのに……」


「ああ……魔王と協力していた悪魔は、姉ちゃんたち『勇者団』が倒してくれた。でも、他の悪魔が動いていたみたいだ……。あの時問題になっていた人の魔物化も……おそらく悪魔が糸を引いていたと思う。『魔物人』を倒すための殲滅兵器を暴走させたのも、悪魔の仕業だと思う。それによって、結局『マシマグナ第四帝国』は滅んだ。勇者召喚までして魔王を倒して、千年の呪いを回避したというのに、結局は悪魔の策によって自滅してしまったんだ」


「なんてことなの……。別の悪魔が帝国に入り込んでいたというの……。でもあの時の帝国は、慢心に満ちていたし……。帝国に残った勇者も、私だけだった。そこを悪魔に付け込まれてた……」


 少女は、悔しさに打ち震えているようだ。


「姉ちゃん、ニコが……ニコが大変なんだ。殲滅兵器の生体コアにされたんだ。俺……止めようとしたんだけど……ダメだった。殲滅兵器が帝国を滅ぼしてしまったんだ。でもニコは起動と稼働の為のコアになっているだけで……ニコがやったわけじゃないんだ。止めようとして呼びかけたけど、ニコに意識はなかった。システムが暴走して、『魔物人』だけでなく人まで殺してしまったんだ。それも多分……悪魔の仕業だと思う。俺は、薄れゆく意識の中で見たんだ。帝国が滅んだ後に、大量の人の怨念を吸収する悪魔の姿を……。それで悟ったんだ。すべては悪魔の仕業だったんだと……。今思い出したよ。それなのに……時を越えて今また悪魔に利用されていたなんて……」


「そんなことがあったなんて……。ごめんね、ニト、私が守ってあげれなくて……」


「いいんだ。ごめん、姉ちゃん……悪魔に利用されちゃって。今の時代でも、悪魔たちは大量虐殺で人の怨念を集めようとしているみたいだ。姉ちゃん、俺がしてしまったことで……あの『魔物人』殲滅兵器が起動してしまう……。『魔物人』の発生をシステムが感知してしまったと思う。そのために俺が……大量の魔物人を発生させてしまったから……。多分……今でもニコが生体コアになってるはず……。システムの起動とともに、コールドスリープから目覚めてしまう。姉ちゃん、お願いだ……ニコを助けて。あの子の意思でやってることじゃないんだ。システムに囚われているだけなんだ。俺のせいでニコが……。助けてあげて……」


「わかった。ニコは助けるから、ニトも元気になって」


「姉ちゃん、俺はいいんだ。多くの命を奪ってしまった……。本当に心から……人族を恨んでしまっていた。俺たちを生み出し、使い捨ての道具にした……。それに姉ちゃんの命を奪った。そんな恨みと怒りで、大変なことをしてしまった。今頃正気と記憶を取り戻しても、もう遅いのに……。大好きな姉ちゃんだって人族なのに……俺は人族を殲滅しようとしてしまった。俺は、姉ちゃんを失って辛かったのに……多くの人の大切な人を奪ってしまった。許されることじゃない……」


「だったら償わなきゃ! 死んじゃダメでしょ! 生きて償いなさい!」


「ごめんよ。ほんとにもう無理なんだ。ホムンクルス用の培養槽で何とか命をつないできたけど、今回外に出たことで、もう無理なんだ。細胞の崩壊は止められない。姉ちゃん、俺を浄化してほしい。『光柱の巫女』に頼んでほしい。このままだと……たぶん……俺はアンデッドになってしまう……。『癒しの勇者』の姉ちゃんがかけられたのと、同じような呪いがかけられていると思う。いやそれよりもっとひどい奴だ……。俺はきっと意識も記憶もなくす。殺戮するモンスターになってしまうよ。もうこれ以上はやだよ……助けて姉ちゃん……」


「ニト……」


「頼む……姉ちゃん。死んでからでは、遅いかもしれない。死にゆくこの瞬間、浄化してほしい……」


 首領は、力なく目を閉じた。


「ニト! ニト! ニトォォ!」


 古の少女は、悲痛な叫びをあげた。




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