622.千手盾と、守りの勇者。

「私たちが浄化いたします。これ以上、この子に罪を犯させないために。この子の望みを叶えてあげましょう」


 離れた場所にいたはずの『光柱の巫女』サーシャさんが現れた。

 熟女巫女のアリアさんと新人巫女のテレサさんも一緒だ。


「あ、ありがとう……お、お願いします。償えないけど……でもこれ以上……災厄を撒き散らす存在にはなりたくないんです。悪魔の思い通りには……なりません。ど、どうかお願いします」


 首領は、声を振り絞って礼を言うと、安堵の表情を浮かべながら目をつむった。


「わかりました。あなたを浄化します。神が力を貸してくれるでしょう。きっと償いにも力を貸してくれるでしょう」


 老巫女のサーシャさんが、優しく微笑んだ。


「「「汚れを払い、浄化する! 届け! 神聖なる光!」」」


 『光柱の巫女』三人が、阿吽の呼吸で発動真言コマンドワードを唱え、『神聖魔法』の『神聖なる光』をかけてくれた。

 一人でも充分浄化できると思うが…… 三人同時にやるのは、何か意味があるのだろうか。

 とりあえず威力は、かなり高まりそうな感じではある。


 三人が前に突き出した手のひらから、光のシャワーが降り注ぐ。


「ねえちゃん、最後にねえちゃんに会えてよかった。そしてごめんね。俺……怒りに我を忘れちゃって……大変なことしちゃった……。ごめん……ほんとにごめん。ニコも守れなかった。どうか……ニコを助けて……」


 ニトと呼ばれた首領だった古の少年は、浄化され絶命した。


 その体は砂のように砕け、神聖なる光と共に、どこかへ消えてしまった。


 古の少女は、腕の中にいた少年を失い、嗚咽している。



「大丈夫ですか? あなた達の話を聞いていたので、なんとなくの事情はわかりますが、もしよろしければ、詳しく説明してもらえませんか? あ、私はグリムといいます」


 俺は、少女の嗚咽が少し収まったところで話しかけた。


「はい、すみません。グリムさんですよね。わかります。私は、あの千手盾に付いていた残留思念ですから。私はフミナといいます。正確には……あの千手盾を使っていた『守りの勇者』フミナ=センジュの残留思念です」


 古の少女は、そう挨拶してくれた。


 黒髪ショートで小柄な彼女は、可愛い感じの美少女だ。


 千手盾は、朱色をベースに金色の縁取りがされているのだが、それと同じような配色の軽鎧を着ている。

 肩、胸、胴、腰、腕のパーツが金属製になっていて、足パーツはブーツになっている。

 黒のミニスカートを履いている。


 古の英雄譚『魔法機械帝国と九人の勇者』に出てくる『守りの勇者』が、女性だとは思わなかった。

 勝手に男性だと思い込んでいたし、この英雄譚の内容をちゃんと聞いたこともないんだよね。


 今まで出てきた情報は、『魔盾 千手盾』が『守りの勇者』が使っていた盾に似ているという話と、『家精霊』こと『付喪神 スピリット・ハウス』のナーナが作った『魔竹シリーズ』の武具が『斬撃の勇者』の初期装備に似ているという話だった。

 ちなみに『斬撃の勇者』の初期装備は、剣道の防具や竹刀のことらしい。

 この話を聞いたときに、『斬撃の勇者』はおそらく日本から召喚された召喚転移者じゃないかと思っていたが……『守りの勇者』もどうやら日本人のようだ。

 後で詳しく訊いてみよう。


 そして、やはりと言うべきか……千手盾は『守りの勇者』が使っていた伝説の盾だった。


「あの……申し訳ないんですが、勝手に『鑑定』させていただきました。今のご自分の状態をご存知ですか?」


 この子は、顕現してすぐ首領少年に駆け寄り抱きしめていたから、自分の状態の確認はしていないと思うんだよね。

 申し訳ないが、俺は勝手に『波動鑑定』させてもらったので、わかっている。


「あなたは、ただの残留思念ではありません。残留思念が、一時的に実体化しているわけではなくて……付喪神化していますよ」


 俺は、続けて彼女に説明してあげた。


 フミナさんは、一瞬驚きの表情を浮かべ……セルフステータスのチェックを始めた。


「ほ、ほんとに……付喪神スピリット・シールド……それが今の私……わずかに残ったただの残留思念だったのに……」


 フミナさんは、思ってもみなかったようで、驚いてへたりこんでしまった。


「精霊たちが、あなたを助けたいと力を貸してくれたみたいです。あなたには、やるべきことがあるのではないですか?」


 俺は、さっきの会話を聞いていたから、大体の事情を察している。

 フミナさんは、ニコという子を助けなければならないはずだ。


 そしておそらく……精霊たちがこの子を後押しして、付喪神化したのもきっと意味があることだと思う。


「はい、そうです。私には、助けなければならない子がいます。そして、この盾の力を使って再び人々を守りたい……そう思っています。ニトの魂が安心して休めるように……。あの子は、私の弟みたいな存在なんです。あの子の代わりに、私が人々を守ることで償いたいです!」


 フミナさんは、強い決意を滲ませている。


 俺が黙って頷くと、彼女も頷いて言葉を続けた。


「なんとなく……今わかってきました……。千手盾に残っていた私フミナの残留思念と千手盾を機能させていた魔法AIと精霊たちが混じり合って、今の私になっているみたいです。フミナとしての意識だけではありません。いろいろな感覚があります。おそらく……私以外にもこの盾で戦った守人がいます。その人たちの思念も混ざっているみたいです。そして……今の所有者であるあなたの思念も感じます。だから……あなたのことも、なんとなく肌で感じるというか……体の中でわかる感じです……」


 フミナさんはそう言うと、少し恥ずかしそうにうつむいた。


 なるほど……。

 千手盾が付喪神化するときに、フミナさんの残留思念だけでなく、魔法AIの思考的なものと、この盾に残っている他の思念も、まとまったのかもしれない。

 当然俺も何度かこの盾を使っているから、俺の思念も入っているということなのだろう。


 精霊たちがたくさん集まっていたから、その力で多くを包含し付喪神化してくれたようだ。

 その時に、主たる人格がフミナさんになったのだろう。


 俺の思念も入っているから、肌で感じるということらしいが……

 なんとなく……恥ずかしいような気がする。

 どこまでわかるんだろう……。

 ……まぁ今のところ、人に知られて恥ずかしいことは、してないつもりだけど……オホン。




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