610.女が二人、見ている。
『正義の爪痕』の前線作戦指揮室。
新幹部『魔物の博士』と『酒の博士』が、呆然と戦況を見つめている。
「おい、特殊部隊『エクストラワン』の隠密要員たちが、全て拘束されてしまったぞ……」
「ああ……奴らに気づかれたようだ」
「望遠装置で様子を確認したが、装備も全て没収されたようだ……」
『魔物の博士』がお手上げとばかりに、椅子の上で天を仰いだ。
「まぁ、奴らの基本的な役割は、第二波までだからいいだろう……」
『酒の博士』が、諦め顔でお茶をすすった。
「まだ『プリズンキューブ』には、魔物が残ってるのに……使わずに終わるとは口惜しい……」
「それは保険だから、諦めるしかあるまい」
「わかっているわ……」
「それにしても……なぜ魔物化の波が起きなかったのだ……。あのコロシアムの中では、魔物化の波が起きそうになったのに……」
『酒の博士』が、腕組みして考え込んでいる。
「そうだな。すぐに収まってしまった……。やはりワインが行き渡ってなかったんじゃないか? 因子を持った者が極端に少ない気がするが……」
『魔物の博士』が『酒の博士』に対して、疑念の目を向ける。
「そんなはずはない! あれだけのワインの量だ。どこに消えたというのだ!」
『酒の博士』がまたかという顔をした後、睨みつける。
「わかった、わかった。そう睨むな。それよりも『光柱の巫女』が邪魔だな」
「ああ、おそらくあの女のせいで、魔物化の波が止まったのだろう」
「あの巫女たちの力は、全くの想定外だったな……。早く始末してしまえばよかったのだ!」
『魔物の博士』が、拳を机に叩きつける。
「だがそう悪いことばかりでもないかも知れんぞ……」
憤る『魔物の博士』を見ながら、『酒の博士』は不敵な笑みを浮かべた。
「どういうことだ?」
「皆の希望になっているあの『光柱の巫女』たちが、もし死ねば……」
「なるほど……絶望が広がるか!」
『魔物の博士』も怒りを収め、一瞬笑みをこぼした。
「まぁ一番いいのは、妖精女神と使徒どもが死ぬことだがな」
「確かに……奴らが倒れれば、皆確実に希望を失うだろうよ。だが奴らは手強いぞ……」
「もうすぐ首領様が来るのだ。あとは任せれば良い。我々の役目はここまでだ」
「そうだな。首領様の第三波が始まれば、もう奴らも終わりよ、フッフ」
『魔物の博士』が、嗜虐の笑みを浮かべた。
「これからの展開が楽しみだな。ムッハハ」
——ゴンッ
「なんだ!? 何かが当たったぞ!」
『魔物の博士』が、慌てて椅子から立ち上がった。
「おかしい……鳥がぶつかった程度では、こんな衝撃にはならないぞ」
『酒の博士』も立ち上がり、装置を動かす。
「周辺を望遠装置で確認する! ……なんだ!? 川岸で女が二人、こっちを見ている……」
『魔物の博士』が、驚きの声を上げた。
「まさか気づいたのか?」
『酒の博士』が焦りをにじませる。
「いや、そんなはずはない。隠蔽機能は作動している。見えないはずだ」
「そうだな……だが、なぜあの女たちは、我らの方向を見ているのだ……」
◇
(マスター、『正義の爪痕』の指令室のようなものを発見しました! 上空に浮遊しています。隠蔽機能で姿が見えませんが、間違いありません。やっと見つけました!)
俺の分身、『自問自答』スキル『ナビゲーター』コマンドのナビーから念話が入った。
ナビーには『アラクネーロード』のケニーとともに、敵の頭を潰すべく指揮している人間を探してもらっていたのだ。
まさか上空にいたとは……
今まで見つからなかったはずだ。
逆に言うと、よく見つけたものだ。
(わかった。どのぐらいの大きさなのか分からないから、攻撃を仕掛けてみよう。ナビー、ケニー、ジョージたちで攻撃を仕掛けてみて。巨大ザメの浄魔で近づいて、場合によっては体当たりさせて。他のみんなは、不測の事態に備えて防御態勢で待機だ)
俺は『絆』通信のオープン回線で、皆に指示を出した。
「私も行ってくる! グリムがいつも使ってる『魔法銃』貸して。二丁ね」
ニアは、やる気満々のようだ。
人型サイズに大きくなってるから、今までは使えなかった武器が使い放題なんだよね。
いろいろ使ってみたいのだろう。
俺はニアに、『魔法銃』を二つ渡した。
俺も、状況を確認してから行くつもりだ。
だが、一旦はここで様子を見る。
そのかわり、ナビーの一番近くにいるハチの『
敵は、この『コロシアム村』の北側のマナゾン大河に注ぐ支流の上空にいるらしい。
この場所の上空にいたら……探しようがない。
ナビーたち、よく探し出したな……。
ナビーとケニーは、すぐに応援に来たジョージたちと合流した。
そして、百メートルの巨大ザメ浄魔の背に乗った。
ナビー、ケニー、『魚使い』ジョージとその『
まったく見えないが……ナビーたちには大体の場所の見当がついているらしい。
まず最初に、ナビーが仕掛けるようだ。
先頭に立つと、愛用の二本の大剣を構えた。
これは以前、『武器の博士』から没収したもので、『階級』が『
『魔剣 ハウリング 右牙』と『魔剣 ハウリング 左牙』という名称の二本だ。
二対一組で使う魔法剣なのだ。
ナビーは、俺の願望の表れのせいか……未だに……元いた世界の知的な美人秘書スタイルのままだ。
タイトなスカートのビジネススーツと少し尖った眼鏡をかけている。
完全にできる女……キャリアウーマンスタイルなのだ!
そして、そのスタイルのまま大剣を二本軽々と担いでいるのだ!
しかも、なぜか……というか、俺の願望のせいだろうが……ヒールを履いている!
スーツ、メガネ、ヒールの姿で、大剣二本を肩に担いでいるのが、めちゃくちゃかっこいい!
違和感満載のはずなのに……なぜか絵になるのだ。
このアンバランスで凶悪な感じ……もし『舎弟ズ』たちが見たら……全員の変態具合が加速してしまいそうだ……。
まぁそんなことを今考えてもしょうがないが……とにかくナビーさん、かっこいいです!
ナビーは、二本の大剣を体の前で縦にクロスさせると、今度は剣同士を軽く擦り合わせながら剣先を前方に向けた!
——キキキイイインッ
——ビュウン、ビュウン、ビュウウウウンッ
剣と剣が薄く擦れ合う音が、途中から不思議な共鳴音へと変わる——
「吠えろ! ハウリング!」
ナビーの
そして、二つの竜巻は共鳴しているかのようにうねりながら、前方に発射された!
——ギュウィウィーーンッ
衝撃音とともに、何もない上空が揺れた!
絵の一部がズレるかのような大きな違和感を残す……
間違いなくあそこに巨大なものがある!
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