609.隠れてる奴、全員確保。

 『光柱の巫女』テレサさんの言葉が、コロシアム内に響いたお陰で、避難していた人々は落ち着きを取り戻してきた。


 テレサさんのお陰で、何とか人が連続して魔物化するという状態を止めることができたようだ。


 テレサさんは、錫杖を構え念じている。

 また何かしてくれるのか……?


「いざ届けん! 神聖魔法、精霊のささやき! 従者獣の祈りのブレスで人々のもとへ!」


 テレサさんは、再度『神聖魔法』を人々にかけてくれるようだ。

 テレサさんの発動真言コマンドワードの終了とともに、前に立っている『従者獣』アスターの口から、光るブレスが放射された!


 光るブレスが広がっていき、人々の体が光の幕に覆われる。


 どうも最初にかけてくれていた『精霊のささやき』による防御結界は、稼働時間が過ぎて切れていたらしい。


 だから今の騒動で、大勢の怪我人が出てしまったのだ。


 再び一人一人が、防御結果に覆われている。

 これでしばらくの間は、大きな怪我をすることはないだろう。


「みんな落ち着いて! 今、『光柱の巫女』のテレサさんが、守りの結界を張ってくれたから大丈夫よ! それに私たちが絶対に守るから! 信じて! 希望を持って!」


 ニアが拡声の魔法道具で、上空から人々に語りかけた。


 良いタイミングで、いい仕事をしてくれた。

 何か神々しささえある。


 お陰で人々は更に落ち着きを取り戻し、重苦しかった空気が軽くなっていく。


 俺が人々の中から排除した『魔物人まものびと』は、ビャクライン公爵やセイリュウ騎士、ユーフェミア公爵をはじめとした『高貴なる騎士団ノブレスナイツ』の面々に倒された。


『魔物人』は、死んで魔物化状態になっている『死人魔物しびとまもの』と違い、人としての意識が残っている。

 だが今まで『魔物人』になった者は全て、暴走状態というか……悪意剥き出して襲ってきている。


 善良な心を維持したまま『魔物人』になっている者がいないのが、わずかな救いだ。


 なんとなくだが……恐怖だけでなく悪意も強い者が、魔物化してるのかもしれない。

 元々悪意の強い者が恐怖を感じ、『正義の爪痕』が作った薬のようなものに作用して、魔物化を引き起こしているのではないだろうか。


 薬のようなものを飲んでいるはずだが、どうやって一般の人が入手したのかは、わからない……。


 いずれにしろ、人々が恐怖の連鎖でパニック状態になるのが、一番まずい気がする。

 そういう意味では、『光柱の巫女』テレサさんに助けられた。


 俺は、テレサさん達の方に行って、礼を言った。


「グリムさん、テレサの言ったことが多分当たってるわ。他にも何か要素があるんだと思うけど、人が魔物になる引き金になるのは、マイナスの波動よ。恐れや恨みや妬み、そしてそれに伴う怒りの場合も波動を大きく下げてしまうの。それが引き金になるんだと思うわ」


 老巫女のサーシャさんからも、そう言われた。

 やはりそういうことのようだ。


「テレサの受けた神託にも、『恐れてはなりません』という言葉があります。敵は、恐れを蔓延させるような攻撃の仕方をしています。このコロシアム内だけではなく、他の場所にいる人たちにも伝えて、恐れに支配されないようにしなければなりません」


 熟女巫女のアリアさんが、そうアドバイスしてくれた。

『正義の爪痕』の攻撃について、俺と同じように感じていたようだ。


「わかりました。テレサさん、さっきの『祈りのブレス』に乗せた方法で、全域にあなたの声を届けることが可能ですか?」


 俺は、アリアさんに返事をしつつ、テレサさんに訊いてみた。


「わかりません。さっきは、突然頭に思い浮かんだので、やってみたのですが……」


 テレサさんにも、効果範囲はわからないようだ。


「ぼく……もう魔力がなくて……祈りのブレスが出せない……」


 『従者獣』の赤ちゃんパンサーのアスターが、荒い息で言った。


 確かに……この子まだレベル1だし。

 逆に言うと、よく『祈りのブレス』を三回も出せたな。


 おや……レベルが3に上がってる!


 ちょっと気になって『波動鑑定』してみたら……アスターのレベルが上がっていた。


 多分だけど……『祈りのブレス』を出したことによって、レベルが上がったのかもしれない。

 あれだけの人たちに効果を及ぼす技を使ったから、それだけで経験値を得たのではないだろうか。

 しかも低いレベルの時は、必要経験値が少ないからね。


 レベルアップによる回復効果で、今まで魔力が持っていたのかもしれない。


 俺はとりあえずアスターに、『魔力回復薬』と『スタミナ回復薬』を飲ませた。


「ありがと。魔力が戻ったから、ぼく行けるよ」


 アスターが、そう言いながらテレサさんの肩に飛び乗った。

 大人の豹顔負けの速い動きだった。


「声の届く範囲が分からないので、それぞれのブロックに出向いて声を届けた方がいいでしょう。我々も手伝います!」


 熟女巫女アリアさんがアドバイスしてくれて、隣にいる老巫女のサーシャさんが頷いている。


「わかりました。ではそうしましょう! ニア、テレサさんとアスターを連れて『東ブロック』に行ってくれるかい?」


 俺はアリアさんのアドバイスに同意しつつ、ニアに協力を依頼した。


「オッケー、テレサちゃん、アスター、行こう!」


 ニアは、アスターを抱えたテレサさんを後ろから抱きしめて、すぐに飛び立った。


 人型サイズになっていると、こういう動きができるから、すごくいい!

 ニアの働きが、今まで以上に際立っている。


 俺は、『従者獣』サクラを抱えたサーシャさんとツバキを抱えたアリアさんを両脇に抱えて、『ハイジャンプベルト』で、飛び立った。


 『南ブロック』にサーシャさんを下ろし、『西ブロック』にアリアさんを降ろした。

 そして俺は『北ブロック』に向かった。



 少しして、各ブロックで人々にメッセージを伝え終わった後、状況を確認した。

 東西南北の各ブロックでは、避難してる人々の中から魔物化する者は出ていなかった。


 『西ブロック』『南ブロック』『北ブロック』では、まだ潜伏構成員を確保していなかったが、仲間たちの活躍によりすべて確保し拘束した。


『西ブロック』は、『スピリット・ブラック・タイガー』のトーラと、『家精霊』こと『スピリット・ハウス』のナーナが活躍してくれて発見できたようだ。


 トーラは、野生の勘と匂いを頼りに見つけ出したようだ。

 野生の勘はわかるが、匂いって……どんな匂いで見つけたんだろう?

 そう思って、トーラに尋ねてみたが……「わかんない、悪い奴の匂い」と答えただけだった……まぁいいけどさ。

 悪意の波動のようなものも、認識阻害されているはずだから、『悪意察知』スキルも効果がない。

 やはり勘なのかもしれない。


 ナーナは、霊素の揺らぎというか空間の違和感のようなものを見つけて捕まえたようだ。

 感覚的なもので、ナーナ自身もうまく説明できないみたいだ。


 ナーナは『付喪神 スピリット・ハウス』だが、家の精霊とも言うべき存在なのだ。

 サーヤとナーナが愛した家に残っていたナーナの残留思念と精霊たち結びついて付喪神化したからだ。

 だからナーナは、精霊やその素の霊素に敏感なのかもしれない。

 場所による濃淡はあるにしろ、どの空間にも霊素がある。

 そして、霊素が精錬された存在である精霊も存在している。

 それゆえに、生物の周辺の霊素は、それに沿って多少の揺らぎを生じさせているのかもしれない。


 ナーナの話を聞いて、そんなふうに感じたが……よく考えてみたら、精霊を見る目の使い方をすれば、もしかしたら精霊の動きなどで隠れている奴を発見できたかもしれない。

 まったく思いつかなかったが……今度試してみよう。


『南ブロック』は、『スピリット・オウル』のフウと『兎亜人』の四姉弟の末っ子ワッキーががんばったらしい。


 ワッキーの発案で、人のいない空間全てに砂を撒いたのだそうだ。

 フウが空から砂をまとめて撒いて、途中で砂の軌道が変わったところに潜伏していると判断したらしい。

 そして、そこに向けてワッキーが、魔法のボールを蹴って倒したようだ。

 それをすぐに、ミルキー、アッキー、ユッキーたちが拘束したのだそうだ。


 確かに言われてみれば、その作戦はアリだ。

『隠密のローブ』を着て姿と気配を消して、認識阻害をしているとしても、その場には存在しているわけである。

 砂や水をかければ、その者に当たってわかるわけだ。


 素晴らしいアイデアだ。ワッキー、グッジョブ!


 まぁ人が沢山いるエリアでは、できないけどね。

 今回は運良く、構成員たちが避難民たちのいるエリアに紛れる前に見つけ出したようだ。

 建物の中に隠れていなかったことも大きい。


 『北ブロック』は、陸ダコの霊獣『スピリット・グラウンドオクトパス』のオクティが大活躍だったようだ。


 といっても……その活躍ぶりは、めちゃくちゃだ。


 『ヴァンパイアハンター』のエレナ伯爵やキャロラインさんがやったように、適当に空間を打ちまくるという力押しの無茶苦茶な検知方法だったらしい。

 オクティは八本の腕に、以前手に入れた『ミスリル銀の魔法釣竿』を持って、周辺の空間を打ちまくったとのことだ。

 釣竿の糸の先には打撃用の鉄球パーツをセットして、ルアーフィッシングのように何回も竿を振ったらしい。

 このやり方で、四人確保できたようだが……みんな瀕死の状態になっていたとのことだ。

 下手したら、即死してたと思うんだけど……まぁ即死しても自業自得だけどね。


 それにしても……この当てずっぽう作戦……意外と効くのかもしれない……。


 なんか……一生懸命集中して『波動検知』で探している自分が、ちょっと切なくなる……トホホ。


 これで『コロシアム村』全域にいる潜伏構成員は、拘束できたはずだ。


 後は指令を出している幹部だけなのだが……いったいどこにいるのか……



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