608.巫女の、言霊。

 ビャクライン家の四歳児ハナシルリちゃんが『女の勘』で場所を絞って、俺が『波動検知』で特定し、『クイーンピクシー』となったニアが確保して空中から落として骨折させた男は、間違いなく、構成員だった。


『遠話のブローチ』を付けていたのだ。


 間違えて一般人の足を折ってたら大変だった……。

 まぁニアも、確認したから落としたんだろうけど……そうだよね? ……そう信じたい。


 俺は『状態異常付与』スキルで『麻痺』を付与して、動けないようにした。


 そして『隠密のローブ』『遠話のブローチ』を外し、『プリズンキューブ』を回収した。


 これでこの『コロシアムブロック』では、『プリズンキューブ』を全て回収したことになる。

 一安心だが、まだサポート要員の構成員が二人いるはずだ。


 その二人は、『隠密のローブ』だけを所持しているらしい。

 魔物が大量に放出可能な『箱庭ファーム』や、亜空間に対象を閉じ込めることができる『プリズムキューブ』は持っていないようだから、緊急の危険性はないと考えられる。

 だが、何があるか分からないから、早く確保した方がいい。


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 なんだ!?

 悲鳴!?


 俺はジャンプして、高い視点から状況を把握する——

 『視力強化』スキルと『聴力強化』スキルで強化された目と耳で、瞬時に事態を確認する。


 ……魔物人!?


 まずい!

 避難している人たちの中から、『魔物人まものびと』が現れた!

 避難民が、『魔物人』に変性したようだ。 


 しかも二体!

 少し離れた場所で、二体ほぼ同時に現れている。


 そして……二ヶ所とも、『隠密のローブ』らしきものが、落ちているのが見えた。

 この二体は、おそらく残っているサポート要員の構成員が変性したのだろう。

『魔物人』も『死人魔物しびとまもの』のように、薬を飲んで意図的に変性できるのか……?


 やはり『正義の爪痕』は、人が意識を保ったまま魔物に変性する薬を開発してしまったのか?


 二体は、両肩に蛇の頭が乗っていて、人部分の額に蛇の顔が浮き出ているから、蛇の『魔物人』だ。


 二体の近くにいて、魔物化の巻き添えを食った人たちが大怪我をしている。

 そして『魔物人』は、すぐ暴れだしている。


 近くにいる避難民たちが、うまく『魔物人』を避けながら、怪我した人を抱えて運んでくれている。

 素早い動きで、怪我人を全員避難させてしまった。

 中年の男女と老人と若い女性の四人だが、なかなかに凄い動きだ。

 どうやら避難民の中にも、勇敢な人たちがいてくれたようだ。


 彼らのお陰で怪我した人は、危ういエリアから移せたが、早く倒してしまわないと!


 俺は『ハイジャンプベルト』を使って急行しながら状況を確認していたので、怪我人を有志の人たちが避難させてくれたのとほぼ同時に、『魔物人』をつかんで空いているスペースに放り投げた。

 周辺被害が出ないように、戦うエリアに放り投げたのだ。


 少し離れた場所にいたもう一体も、うまい具合に近くに来ていたので、同様に戦闘エリアに放り投げた。


 その辺にはビャクライン公爵やセイリュウ騎士たちがいたので、指示せずとも、狙い通り彼らが攻撃を開始している。


 俺は、怪我した人たちに急いで魔法薬をかける。

 リリイとチャッピーも、すぐに駆けつけて魔法薬をかけてくれている。


 この子たちは場慣れしてきていて、何の指示を出さなくても、即座に的確な行動とってくれる。

 八歳にしてこの判断力……末恐ろしい。

 さすが俺の可愛い天才児たちだ。


 ニアも飛んで来て、空から怪我した人に風の回復魔法『癒しの風』をかけてくれている。

 なんか……人型サイズに大きくなっていると、一回に及ぼせる効果範囲が広くなっている気がする。


 幸いにも死者は出なかったが、軽傷の一人も含めるとかなりの怪我人が出てしまった。


 それにしても……さっき大怪我の人たちを移動させてくれた避難民の中にいた四人組には、助けられた。

 彼らがいなかったら、大怪我をした人が再度攻撃を受けて命を落としていたかもしれない。

 俺は、心の中で名もなきヒーローたちに感謝した。


 怪我人の治療は、全て済んだが……


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 ——バンッ、バンッ


「「「キャーー!」」」


 なんだ!?


 ……まずい!

 次々に『魔物人』が出現している。

 もう構成員はいないはずなのに……


 一度に五カ所も……


 俺はすぐさま五体の『魔物人』を捕まえて、先ほどと同じように放り投げた。


 『魔物人』の殲滅は、ビャクライン公爵たちに任せ、人々の回復をしていると……また『魔物人』が出現した!

 連続するように、二体、三体と増えている。


 もちろん、同様にすぐに対処したが……まただ……


 また『魔物人』に変性する人が出てしまった。


 もう避難している人々は、パニック状態に近い感じになってしまっている。


 一体どういうことだ……訳がわからない……


 ……ん……この声は……


「いざ届けん! 巫女の言霊ことだま! 従者獣の祈りのブレスで人々のもとへ!」


 『光柱の巫女』テレサさんの叫ぶような声を、『聴力強化』された耳が拾った。


 ————皆さん、大丈夫です。

 ————恐れてはなりません。

 ————恐れのマイナス波動が、魔物化を引き起こすのです。

 ————大丈夫です。必ず皆さんは助かります。

 ————神の加護を、人の力を、信じてください。

 ————恐怖だけにとらわれないでください

 ————恐怖を抱いたとしても、必ず希望も同時に抱いてください。

 ————今も守られていることに感謝しましょう。

 ————我々はきっと大丈夫です!


 拡声の魔法道具を使ったかのように、テレサさんの声がコロシアム内に響いた。

 これも『従者獣』の『祈りのブレス』の効果なのか……。

 声を届けるということもできるようだ。


 この内容は……神託が降りたのか、それともテレサさんが考えたことなのか……。


 それよりも重要なのは、その内容だ。

 これが本当だとすれば……恐怖などのマイナス波動が、魔物化する引き金ということだが……。


 その可能性はある……いや、むしろ直感的に当たっていると感じる。

 今、『正義の爪痕』の構成員以外の人たちが、立て続けに魔物化してしまっているのは、まさに恐怖が広がっているからと言える。

 そして……『正義の爪痕』が戦力を小出しにして、しかも全体に満遍なく攻撃を仕掛けていたのは、人々に恐怖を与える為と仮定するならば、納得がいく。

 恐怖を与えて、人々の魔物化を促進しようとしていたのか。

 いったい何のために……?

 ただ単に、戦力として活用しようというだけではないような気がする。

 何か引っかかるが……後にしよう。


 現在の状況を見る限り、恐怖などのマイナス波動が魔物化の引き金になっていると思えるが、多分それだけではないはずだ。

 恐怖だけで人が魔物化するなら、ここでなくてもどこでも、突然魔物化する現象が起こるはずだ。


 そして何よりも『正義の爪痕』は、人を魔物にするための薬の開発をしていたはずだ。

 おそらくだが、その薬と関係があるのだろう。


 だが一般の人が、そんな薬を事前に飲んでいるとも思えないが……これも、今考えてもしょうがない。



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