567.模擬戦第三戦、タッグ戦、その二。
『セイリュウ騎士団』第一位の槍士ヤーリントンさんの流れるような槍捌きと体捌きが凄い。
見ていて、引き込まれてしまう。
とても参考になるし、勉強になる。
エレナさんの剛拳がきれいに受け流されるのは、とても不思議な感じだ。
当のエレナさんも、同じように感じているに違いない。
見た目にはエレナさんが攻めまくっているように見えるが、ヤーリントンさんのペースになっている。
第二位の剣士ソードンさんの方は、ワクワクが止まらないといった感じで、更に目が輝いている。
最初はキャロラインさんの剣撃を受けるのが主体だったが、今では攻撃に転じているのだ。
その攻撃は、かなり滅茶苦茶な攻撃だ。
『コウリュウド式伝承武術』の『基本剣技』の型など無視したような不規則な動きで、我流の剣法みたいだ。
だが実戦では、この方が強いのかもしれない。
実戦向きというか……実戦で培われた剣技という感じだ。
この人も明らかに“達人の域”に達している感じなので、基本の型を自分の中で昇華して、自由な動きの剣技にしているのかもしれない。
案外、極意をつかんだ人の剣技とは、そういうものなのかもしれないとすら感じてしまった。
現に剣撃を受けているキャロラインさんは、かなり必死になっている。
なにせ剣技の中に、自然な流れでパンチや蹴りも組み合わされているからね。
剣技混じりの実戦格闘技という感じだ。
というか……まるで舞踏を見ているようだ……そう剣舞、そんな感じだ。
第一位のヤーリントンさんの力まない流れるような自然体の槍遣い、第二位のソードンさんの楽しそうな剣舞のような剣技……それぞれ目を奪われてしまう。
これを見れただけでも、幸せだ。
ずっと見ていたい感じだ。
そして息もつかせぬ攻防なのに、四人とも疲れ知らずだ。
見ている観客の方が、どこで息をしていいのかわからず、疲れるのではないだろうか。
おおっと、そんな攻防に見とれていられる時間も終わったようだ。
局面が変わった……
ヤーリントンさんの槍が折れたのだ。
柄の真ん中あたりから、真っ二つに折れてしまった。
何度もエレナさんの攻撃を受け流していたが、やはり耐えられなかったようだ。
逆に言うと、よく今まで耐えたともいえる。
普通なら一発で折れてもおかしくない攻撃だからね。
おそらく槍自体が相当な逸品なのだろう。
あとはヤーリントンさんの正確な槍捌きで、衝撃を逃していたからだろう。
エレナさんにとっては、千載一遇のチャンスで、一気に畳み掛ける。
続けざまに正拳を突き出す!
ヤーリントンさんは、体捌きで躱したり、折れた槍を二刀流のように使い、受け流したりしている。
だが折れた槍では威力を抑えきれず、エレナさんの蹴りで二本とも弾かれてしまった。
そこにエレナさんのしゃがみ込むような回し蹴りが炸裂した!
ヤーリントンさんの足を狙った回し蹴りで、ヤーリントンさんは避けきれず地面に転がった。
足への回し蹴りに気づいたヤーリントンさんは、ジャンプで回避したのだが、エレナさんの回し蹴りが途中で上方に軌道を変え、追従したので避けきれなかったのだ。
そしてエレナさんは、一気に畳み掛けた!
なんと馬乗りになったのだ。マウントポジションだ!
胸のあたりに連続の正拳突きを入れている。
ラッシュだ!
鎧の上からでも、かなりダメージを受けているはずだ。
てか……『セイリュウ騎士団』の第一位の人を……馬乗りになってタコ殴りにしているけど……。
威厳とか……いろいろと……いいんだろうか……。
エレナさんも、相当イライラが溜まっていたのかもしれない……。
まぁ気持ちはわからなくもないので……大人気無いとは言わないでおいてあげよう。
ヤーリントンさんは殴られながらも、エレナさんの背中に膝を入れた。
エレナさんは前につんのめったが、そのままくるっと回転し、ヤーリントンさんの頭のすぐ後ろで立ち上がった。
マウントされた状態を脱したヤーリントンさんだが、ダメージで即座には起き上がれないようだ。
そこに、エレナさんの攻撃が襲いかかった!
——シュッ……
だがその攻撃は、当たることなく止まった。
横たわっているヤーリントンさんの首のあたりに、エレナさんのかかとが寸止め状態で置かれている。
エレナさんは、『かかと落とし』を繰り出していたのだ。
そして、それを当てることなく寸止めした。
かかとは首のあたり、足首からふくらはぎが顔にかかる位置にある。
まともに当たっていれば、首と顔面に大ダメージを受けていただろう。
それ故に、寸止めしたようだ。
さすがエレナさん、冷静さを失っていなかったようだ。
さっき、大人気無いと言わないであげて本当によかった。
エレナさんは、審判の騎士に目で合図を送った。
判定をつけろという意味だが、審判はうろたえている。
このままエレナさんの勝利にしていいかどうか、迷っているようだ。
騎士団の顔とも言える第一位のヤーリントンさんだし、まだ戦える感じはあるからね。
だが……
「参った。私の負けを認めよう。審判、判定しなさい」
ヤーリントンさんが、振り絞るように声を発した。
これを受けて、審判が改めてエレナさんの勝利を判定した。
息を飲むように観戦していた観客たちが、一気に沸き上がった。
今まで溜めていたものを吐き出すような大歓声だ。
だが全体の勝負は、まだついていない。
そんなアナウンスも入り、すぐに熱狂が収まり、再び熱視線が注がれた。
ヤーリントンさんを倒したエレナさんも、休むことなくキャロラインさんのところに向かう。
タッグ戦だからね。
こうなると完全に、こっちのペースだ。
奇しくも今までは一対一の戦いになってしまっていたが、本来は連携ありのタッグ戦なのだ。
こうなると、二対一での戦いになる。
キャロラインさんは、一人でも何とかなるだろうし、多分一人で倒したいという気持ちもあるだろう。
だがタッグ戦であることを優先し、エレナさんと共闘するようだ。
ソードンさんは、追い込まれたかたちになったはずなのだが……なぜか楽しそうに大笑いしている。
「ウハハハハ、最高だね! いやーこんな楽しくなるとは。まさかヤーリントン殿が、マリナ様以外に敗れるとはね。そんな瞬間が見れるとはねぇ……。愉快、愉快! さぁて、美女が二人も相手してくれるんだ、存分に楽しみますか」
『聴力強化』スキルで強化された聴力が、ソードンさんの独り言を拾った。
マリナ様とは、『セイリュウ騎士団』団長のマリナ=セイバーンさんのことだろう。
アンナ辺境伯の実母で、ユーフェミア公爵の義母でもある。
それにしても、この人、ほんとに楽しんでるよ……。
少年のようにキラキラした眼差しのバトルジャンキー……なんなのよそれ!
ソードンさんが積極的に仕掛ける!
本当に、無尽蔵の体力を持っているのではないかと思うほどの動きだ。
ここにきて、更にスピードが上がっている。
ただスピードは、『ヴァンパイアハンター』として高速移動ができるエレナさんたちには、さほど問題ではない。
今回は『ヴァンパイアハンター』としての高速移動は使わずに、純粋に武術勝負を楽しむとは言っていたが、それでも動体視力はスピードに充分ついていけるので、彼女たちがスピードに翻弄される事はないだろう。
ただここまでの戦いぶりを見る限り、もし彼女たちが高速移動を使って攻撃をしても、ヤーリントンやソードンさんなら充分対応できた気もするけどね。
それほどの達人に思えるのだ。
ソードンさんは、長い剣のリーチを活かして、なるべくエレナさんに接近させない距離を保っている。
キャロラインさんにも、鍔迫り合いになって動きが止まってしまわないように注意しながら、剣を打ち込んでいる。
二人相手に、押している感じすらある。
だが実際に押しているのは、やはりエレナさんとキャロラインさんの方だろう。
ソードンさんの持つ長剣を狙っているようだ。
特にエレナさんは、攻防の中で、長剣の腹に何度か拳を入れている。
早い動きの中での打撃なので、剣を折るには至ってないが、ボディーブローのように長剣にダメージが蓄積されているはずだ。
そしてキャロラインさんの剣撃も、あえてソードンさんの剣を打ちにいっているようだ。
完全に長剣を破壊するつもりのようだ。
ソードンさんが使ってる長剣も、かなりの逸品だと思うんだけど……。
なるべく破壊しない方がいいと思うんですけど……。
エレナさんとキャロラインさんに、『壊し屋』みたいな称号がつかないことを祈ろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます