562.模擬戦第一戦、弓術戦。

 この弓術戦は、お互いに戦うのではなく、標的を射ってその精度を競う方式とのことだ。


 お互いが標的に対して平行に並び、矢を射るのである。


 標的は特別に作られた投石機から、空中にむけ発射される拳大の石だ。

 それを先に落とした者が勝つ形式で、何回か行い総合点で優劣を決めるらしい。


 打ち出された石を射抜くわけだが、なんだかクレー射撃みたいな感じだ。


 今回は、五回の投石で勝負を決めると発表された。



 試合開始の合図とともに、投石機から石が空中に射出された——


 ——シュッ

 ——ビュンッ


 ——ボンッ


 投石とほぼ同時に弓が射られ、あっという間に石が粉砕された。


「「「うおぉぉぉぉ!」」」


 息を飲んでいたスタジアムが、一気に湧き上がる!


 先手を取ったのは、『セイリュウ騎士団』のユミルさんだ。


 投石とほぼ同時と思える速さの弓捌きだった。

 本当にクレー射撃みたいだったのだ。


 アンナ辺境伯は、矢を射らなかったようだ。


 でも動揺した様子はないので、何か考えがあるのだろう。

 何かの調整なのか……それとも相手の技量を見たのか……。



 続いて第二投——


 ——シュッ

 ——ビュンッ

 ——ビュンッ


 ——バチィンッ



 ああ!

 どっちも外した……


 投石と同時に、両者が矢を射ったのだが、石に当たる寸前、互いの矢がぶつかったのだ。

 これにより両者不命中となった。



 続いて第三投——


 ——シュッ

 ——ビュンッ

 ——ビュンッ、ビュンッ


 ——バチィンッ

 ——バンッ



 おお、なんだ……


 なるほど……そういうことか……。

 アンナ辺境伯の矢が命中している。

 第三投は、アンナ辺境伯の勝ちだ。


 投石と同時に射られた両者の矢は、なんとまたしても石に当たる直前でぶつかったのだ。

 ところが、それで終わりかと思った矢先に、もう一つの矢が石に着弾し粉砕したのだ。


 それは、アンナ辺境伯が連射していた矢だった。

 ぶつかり合いを予想し、もう一矢射っていたのだ。

 何という読み……そして何という早業!


 アナウンスで今起きたことが解説されると、観客から割れんばかりの大歓声が起こった。


 これで三投が終わり、一勝一敗となっている。

 残り二投だ。


 アンナ辺境伯もしかして……。

 うーん、もし俺の想像が合っていれば、この勝負はアンナ辺境伯の勝ちかもしれない。



 第四投が空中に放たれる——


 ——シュッ

 ——ビュンッ、ビュンッ

 ——ビュンッ、ビュンッ、ビュンッ


 ——バチィンッ

 ——バチィンッ

 ——バンッ


 うおっ、なにそれ!

 凄い……


 第四投も、アンナ辺境伯が取ったようだ。


 なんとまたしても、両者の矢がぶつかり合ったのだ。

 そして前回同様、アンナ辺境伯は二射目を連射していたのだが、同じ手は食わないとばかりにユミルさんも連射していたのだ。

 それが上空に進む石の手前で、お互いにぶつかり合ったのだ。

 両者痛み分けかと思いきや……アンナ辺境伯はそれを読んでいたかのように、もう一矢射っていて命中粉砕させたのだ。

 つまりアンナ辺境伯は、事態を予測しかつ石が上空に上がる軌道も予測して、三連射していたということだ。

 ……凄すぎるんですけど。


 ただ普通に見ている人には、何が起きたのかさっぱり分からない状態で、シーンとしている。


 そこに、またアナウンスで解説が入り、待っていたかのように大歓声が沸き上がった。


 これでアンナ辺境伯が一歩リードだ。

 今の勝負を見て思ったが……おそらく、俺の想像は当たっているだろう。

 多分……アンナ辺境伯は、相手のユミルさんの矢の軌道を把握し、わざと石の手前でぶつかるように射っているんだと思うんだよね。

 それほどの先読みと命中精度の射矢を連続してやっているなんて、普通では考えにくいが……アンナ辺境伯ならできてしまう気がする。

 俺の想像通りなら、次もアンナ辺境伯の勝ちで、この第一戦は『高貴なる騎士団ノブレスナイツ』の勝利となるだろう。



 最後の第五投が打ち上がる——


 ——シュッ

 ——シュッ

 ——シュッ

 ——シュッ

 ——シュッ

 ——シュッ


 合図と同時に石が射出されたが、なんと、同時に六個射出された!


 密かに、投石機が六台設置されていたらしい。


 突然のサプライズだが、運営側としては当初から計画していたことだろう。


 アンナ辺境伯もユミル騎士も動じることなく、連続で矢を射る。

 石が六個打ち上げったのを瞬時に理解したようで、今までのように一つの石に連射するのではなく、六個それぞれを狙って射ったようだ。


 おそらく……こうなると六つの石をどの順番で狙ったかで、どっちの矢が早く届くが決まる。

 矢を射るタイミングが同じ時に、もし同じ石を狙っていたら、お互いに弾き合う可能性が高い。

 だがこの考えも二人の連射速度が全く同じならという仮定であって、結局、連射速度の速い方が勝つのかもしれない。


 ——バチィンッ

 ——バンッ

 ——バンッ

 ——バチィンッ

 ——バンッ

 ——バンッ


 結果は……


 二つは、互いの矢がぶつかり合い不発となり、残り四つは互いに二つずつ石を粉砕した。

 両者痛み分けのようだ。


 と思ったのだが……


 ——バンッ

 ——バンッ


 追加で石が二つ弾けた!


 不発により空中に舞い上がっていた二つの石が落ちてきたのだが、それに向けて空から二本の矢が降ってきたのだ。

 そして、地面に当たる寸前の石を粉砕したのだ。


 なんと……アンナ辺境伯は、六連射の後に早業で二連射していたようだ。

 外した石に対して即座に、そして密かに矢を射っていたのだ。


 ユミルさんに気づかれないように、放物線を描くように射っていたようだ。

 石の落下予測と矢の軌道計算が完璧だ!

 超絶技巧だ!


 一度外した石に、もう一度射ってはいけないというルールは無いから、これもアリだよね。

 常に冷静な感じのユミルさんも、驚いた表情をしている。


『弓術』スキルのスキルレベルが8になったと言っていたが、その効果だろうか……。

 いや、それだけではないような気がする。

 天性の才能というか……スキルの能力を完全に引き出せる力があるということではないだろうか。


 それにしても……この空から矢が降ってくる光景……一度見た記憶がある。


 『ナンネの街』奪還戦の時に、アンナ辺境伯が使った『コウリュウド式伝承弓技  龍の雷光らいこう!』と似ている。

 あの技を応用したに違いない。


 それにしても凄い弓技だが……これも普通の観客は何が起こったかわからない状態だ。


 恒例のアナウンスが流れ、起きた現象が説明されると、観客のボルテージが一気に高まった!


 そして、五投中、三つをアンナ辺境伯が取ったことにより、勝利が宣言された。


「「「うおぉぉぉぉ!」」」

「アンナ様、最高です!」

「ユミル騎士、凄かったぞ!」

「アンナ様、ありがとう!」

「ユミル騎士、頑張れ!」

「アンナ様、戻って来て!」

「ユミル騎士、お嫁においでよ!」

「「「アンナ様、アンナ様、アンナ様」」」


 コロシアムに大きな歓声が上がり、素晴らしい弓技を披露してくれたアンナ辺境伯とユミルさんに声援と感謝の声が届けられた。

 一部ドサクサに紛れたプロポーズ発言があるのは、ご愛嬌ということにしておこう……。


 俺的には……アンナ辺境伯の完全勝利に見えた。

 第一投で矢を射らなかったのは、ユミルさんの矢の軌道などを確かめるためだろう。

 それをもとに、敢えて石の直前でユミルさんの矢に当たるように狙ったようだ。

 ユミルさんは真正面から的を狙ったわけだが、アンナ辺境伯が老練さで一枚上手だったということだ。

 老練さなんて言うと失礼かもしれないから……作戦勝ちと言い直しておこう。

 まぁそれも、超絶技巧があってこその話ではあるが。


 アンナ辺境伯はユミルさんに歩み寄り、一言二言声をかけている。

 ユミルさんは涙を滲ませながら笑顔を作り、アンナ辺境伯に頭を下げた。

 そして片膝をついて、貴族の礼をとった。


 そんなユミルさんを見て、アンナ辺境伯は微笑みながらまた声をかけた。

 そして肩に手をかけ立ち上がらせると、抱きしめた。



 この姿を見て、引き続き観客の大声援が飛んだ。

 ボルテージが更に高くなったような気がする。


 素晴らしい勝負だった。

 さすが我らがアンナ辺境伯!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る