546.カレーライスは、戦士の料理?

 俺は、ハナシルリちゃんからもらったレシピをもとに、調理スタッフを集めてすぐにカレーを作る段取りをした。

 そして元々提供する予定だった料理も、量を調整した。

 今日の夕食は、みんなで食べるオードブル形式の晩餐にする予定だったので、大皿料理が各種献立してある。

 ただいま絶賛調理中なのだが、これから作る分の量を調整してもらうことにしたのだ。


 ハナシルリちゃんが持ち込んだカレー用のスパイスは……クミンの種、ターメリックの粉末、赤唐辛子の粉末、コリアンダーの種、シナモン、ブラックペッパーなどだ。


 これに、トマト、おろし生姜、おろしニンニク、みじん切りのタマネギを合わせてルーを作るようだ。

 ちなみに生姜は、ハナシルリちゃんが持ち込んでくれてある。


 スパイス各種は、ハナシルリちゃんが苦労して探しだしたらしい。

 四歳児であり自由に出歩くこともできず、揃えるのに時間がかかったようだ。


 そして調達できた後も、それぞれの分量のバランスが難しく、何度もの試行錯誤の末にレシピをやっと完成させたのだそうだ。

 四歳児であるハナシルリちゃんは、当然、自分で調理はさせてもらえず、領城の料理人たちに頼んで作ってもらったとのことだ。

 これについては、母親のアナレオナ夫人とおばあさんが理解してくれて、協力してくれたらしい。

 ハナシルリちゃんの言うの通りに手伝うように、料理人たちに指示してくれたのだそうだ。


 普通なら四歳児が突然料理を閃いて、材料を集めたりレシピを作ろうとするのはありえないことだし、異常なことだろう。

 でもアナレオナ夫人とおばあさんは、今までのハナシルリちゃんの様子から、必ず何か意味があると思い、協力してくれたのだそうだ。


 カレーが完成したのは、比較的最近のことらしい。

 ちなみにカレーの辛さは、ほんのちょっと辛い“ピリ辛”程度らしい。

 子供でも充分食べれる辛さのようなので、実際は甘口に近いのではないだろうか。


 ビャクライン公爵一家は、カレーの美味しさにすっかり心を奪われてしまったそうだ。

 舌の肥えた領城の料理人たちも、同様に心を奪われたらしい。

 なかでも料理長は、魂を奪われたようになりハナシルリちゃんを崇拝するような眼差しを向けているのだそうだ。

 まぁ確かに『カレーライス』の美味しさを知ったら、それを開発した人を崇拝したくなるのもわかる気はする。

 それは良いのだが……「彼はもう私の言いなりだから、これからの料理開発はすごくやりやすくなったのよね」と言いながら、四歳児の顔で悪い笑みを浮かべるのは本当にやめてほしい。


 領城の使用人たちや近衛兵たちも食べさせてもらい、皆感動に打ち震えていたそうだ。

 そんな評判が領城の外にも漏れ出し、天才児と評判になってきていたハナシルリちゃんの評判が、さらに高まって広がっている状態らしい。

 まぁ全てハナシルリちゃんの自己申告だが、嘘ではないだろう。

 多少盛ってる可能性はあるが……。


「私の領政チートは、もう既に始まろうとしていたのよ! そんな中、将来の旦那と出会って愛の力でパワーアップ! もうどの分野でもチートができちゃうわ! ここからが本格的な私のターンよ!」


 自分で説明していて、だんだん興奮してしまったハナシルリちゃんは、最後にはこんな宣言をしていた。

 一体誰に向かって宣言したのだろう……。

 言っときますけど、“愛の力でパワーアップ”したわけじゃありませんから!

『絆』スキルのお陰で『共有スキル』が使えたり、念話ができるっていうだけですから!

 登録した人は、みんなできますから!


 そんな発言内容だけでも残念感満載なのに……左手を腰に当てて、右手人差し指を立てて突き上げるという古臭いポーズをとっている。

 そう……もはやニアの残念ポーズと完全に一致してしまっているのだ。

 これ……絶対にニアが教えたよね……?

 もし教えてないのに同じポーズをしていたとしたら……めっちゃ怖いわ……。

 考えたら負けだな……無視!





 ◇





 カレーが出来上がり、夕食の準備が整った。

 みんなお待ちかねだ。

 そしてこの晩餐会場には、カレーの良い香りが漂っている。


 ビャクライン公爵一家と護衛の近衛兵以外は、初めて食べるわけだが、すでにこの独特の匂いで、ただならぬものを感じているようだ。

 子供たちを含めみんなワクワク顔だ。


「えぇ皆さん、お待たせいたしました。今日は元々用意したメニューに加えて、特別にビャクライン公爵家のハナシルリちゃんが考案した『カレーライス』という素晴らしい料理を用意しました。えぇ……ビャクライン公爵閣下からも、一言お願いします」


 俺は何か言いたそうにモジモジしていたビャクライン公爵を察知して、一言話す機会を提供した。


 ビャクライン公爵は、椅子から立ってわざわざ中央に出てきた。


「えぇ……皆さん、わが愛するハナシルリが開発した『カレーライス』は、すばらしい料理なのであります。ハナシルリの天才的な愛くるしさが凝縮されたような、究極の逸品であります。そして『カレーライス』は、戦士のための料理なのであります! 食べると体が熱くなり、エネルギーが湧き出してくるのです。食べるほどに強くなる魔法の食べ物なのでゴフッ」


 ビャクライン公爵が熱くなりすぎて、わけのわからないことを口走り始めたところで、アナレオナ夫人がやってきて、肘鉄を喰らわせた。


「皆さん、失礼いたしました。この人熱くなっちゃうと話が長くなるので……。さあ、早く食べましょう」


 アナレオナ夫人はみんなに謝った後で、ビャクライン公爵を促した。


「えぇ、とにかく……美味しいからいっぱい食べなさい! ハナや、いつものやつやろう」


 ビャクライン公爵は話を終えたかたちにして、今度はハナシルリちゃんを抱き上げた。


「みなさん、おかわりがいっぱいあるので、どんどんたべてください。じゃあ、いぃたぁだぁきぃます!」


 ハナシルリちゃんのめちゃめちゃ可愛い『いただきます』が、食事開始の合図となった。

 普通なら超絶可愛い四歳児のゆっくりした話し方と可愛い『いただきます』なのだが……。

 俺にはもうぶりっ子にしか見えない……まぁ実際ぶりっ子してるわけだけどね……。

 この可愛いハナシルリちゃんの姿を、純粋な気持ちで見れないのは本当に辛い……トホホ。


 今回は給仕スペースに大皿料理が並んでいて、自分の食べたい料理のところに行って給仕スタッフから取り分けてもらうスタイルなのだ。

 ソーセージ、サイコロステーキ、唐揚げ、かき揚げ、ビーフシチュー、野菜炒め、オムレツ、サラダ、おにぎりなど子供たちも食べやすいメニューを用意してあるのだが……

 やはり独特な匂いと、わざわざ特別メニューとして組み込まれたことに対する期待とで、カレーのコーナーが大行列なってしまった。

 そして何故か行列の先頭にいるのはビャクライン公爵だ……大人気無いと思ったのは俺だけだろうか……。

 まぁその気持ちはわかるけどね。

 俺とジョージもワクワクが止まらない!

 もう今日はカレーしか食べないかもしれない!


 ちなみにカレーといえば『福神漬け』なのだが……今回は残念ながら無い。

『福神漬け』も欲しかったが……ハナシルリちゃんは『福神漬け』の作り方は覚えていないらしく、作れていないとの事だ。

 確かに『福神漬け』って買ってくるものであって、自分で作ったりはしないもんね。

 ただ俺は、なんとなく作り方の見当がついている。

 大根やレンコンやナタマメなどに、醤油や砂糖や塩やお酢で味付けすれば作れたような記憶がある。

 元々『福神漬け』は七種類の野菜を使っていて、七福神にあやかって『福神漬け』という名前になったと何かで読んだことがある。

 ただその七種類の野菜が何だったのか覚えていない。

 実際よく食べていた『福神漬け』に、七種類も野菜が入っていたかわからないし、意識していなかったので思い出せない。

 大根とレンコンとナタマメがあれば、なんとかなるだろう。

 少なくとも大根はすぐ手に入るので、大根だけの『福神漬け』は作れそうだ。

 今日は時間的に無理だったが、今度『福神漬け』作りにチャレンジしてみようと思う。


 ただハナシルリちゃんは侮れない。

『福神漬け』は再現できていなかったが、『らっきょう漬け』は作っていたのだ。

 そして今回『らっきょう漬け』も持参してくれていた。

 カレーの付け合わせで、らっきょうが食べれるだけでめっちゃ嬉しい!

 まさにグッジョブだ!

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