538.元気があれば、なんでもできる!

「バロン、起きて!」

「バロン、しっかりしろ!」

「バロン、バロン」

「バロン、目を覚ませ!」


 予選三回戦を残念ながら敗退してしまったバロンくんに、『護身柔術』の師匠となっていた吟遊詩人のアグネスさん、タマルさん、ギャビーさん、アントニオ君が心配そうに声をかけている。


 俺はアグネスさんたちと共に、試合終了後すぐに治療室にやってきたのだ。

 リリイを始めとした子供たちも心配して一緒に来たがったが、大人数で押し掛けるわけにいかないので我慢してもらった。


 バロンくんはかなりのダメージを負い完全に気を失っていたが、今は回復薬による治療で傷自体は治っている。


「ああ……し、師匠……僕は……負けたんですか……?」


 バロンくんは、虚な表情で力なく声を出した。


「ええ、残念ながら勝つことはできなかったの」

「だが、いい勝負だった」

「それに負けたといっても、引き分けのようなものよ」

「トンファーは狙ったのか?」


 アグネスさんたちの答えに、バロン君は戸惑いの表情になった。


「バロンくん、惜しかったけど素晴らしい戦いだったよ。覚えてないようだから、私が教えてあげよう」


 俺はバロンくんの頭をなでながら、声をかけた。


「グリムさん……お願いします。振り回されたあたりから、ほとんど覚えていません……」


 バロンくんは、体を起こしながらそう言った。

 やはり途中から覚えていないようだ。


 俺は、試合の成り行きと結果を説明してあげた。


「そうだったんですか……。完敗です。すごい体術でした。トンファーは……意識が朦朧としながら、どうにかしなきゃという思いで放り投げたんだと思います。それが運良く相手選手に当たっただけです……」


 バロンくんが涙目になりながら唇を噛み締めた。

 予選突破が目標だったから、やはり悔しいよね。


「バロン、惜しかったねぇ。でもいい戦いだった。胸を張りな」


 ユーフェミア公爵がそう言いながら、治療室に入ってきた。

 わざわざここまで来てくれるなんて……。


「ユ、ユーフェミア様……予選が突破できず、すみません」


 バロンくんはうつむいた。


「なぜ私に謝る。胸を張れと言っただろ。今の悔しさをバネに、もっと精進すればいい。それにね、私はあんたを勧誘しに来たんだ。早く声かけとかないと、アンナやエレナに取られちまうからね。ハハハハハハ」


 ユーフェミア公爵は、バロンくんの頭を撫でながら豪快に笑った。


 そしてハテナ顔のバロンくんに、ニヤりと微笑みながら続けた。


「すぐにでも衛兵になりたいという気持ちに変わりがなければ、『セイセイの街』の衛兵隊に推薦するよ。どうだい? 引き続きゼニータの下で修行しながら働けるよ」


「ほ、本当ですか……すぐに衛兵隊に入れてもらえるってことですか?」


「改めて衛兵隊への入隊テストと検査は受けてもらうけどね。『武官登用武術大会』参加者に出す特別推薦だから、すぐにでも衛兵になれるさね」


「お、お願いします。がんばります。人々を守れるよう強くなります!」


 バロンくんは元気を取り戻し、満面の笑顔になった。



 バロンくんは、俺たちと一緒に観客席で観戦することになったが、その前に、対戦相手に挨拶をしたいというので、アンティック選手を訪ねることにした。


 彼は別の治療室で、治療を受けているようだ。


 俺もぜひ話をしたいので、バロンくんと一緒に行くことにした。



 アンティック選手がいると思われる治療室のドアを開けると……


 アンティック選手は治療が終わり、なぜか腕立てをしていた……。

 そして顔のあたりの床がびちょびちょに濡れている……。

 どうやら泣いているようだ。

 泣きながら腕立てをしているのか……


「あ、あの……先程戦わせていただいたバロンといいます。私の完敗です。……すみません……本来ならあなたは本選に出場できたはずなのに……」


 バロンくんは申し訳なさそうに声をかけた。


 すると……腕立て伏せの途中でアンティック選手の動きが止まった。


 彼はさっと立ち上がると……俺たちの方に向けて思いっきり笑顔を作った……のだが……涙だけでなく鼻水も垂らしていたらしく、涙と鼻水でビチャビチャになった顔が笑っている。

 それを見せられた俺たちは……笑えない……残念感しかない。


「私に謝る必要などないよ。君はできることを最後までやった。私にも油断があったのだ。技の決まり具合に酔って、空中から迫る武器に気付けなかった。まさに未熟そのもの……。逆に君は、私に大事なことを思い出させてくれた。“残心”……決定的な技が決まっても、油断せず心を残すべきだった。注意を払うべきだったのだ。ありがとう。君のお陰で、私はまた強くなれる。そして、元気があれば何でもできるんだ! 君も元気を出してがんばりたまえ! その若さで素晴らしい体術だった。きっと素晴らしい格闘選手になるだろう。いずれまた戦おう、ダー!」


 アンティック選手は、ビチャビチャの顔のままバロンくんに熱く語り、最後は腕を突き上げ気合を入れていた。

 なんかプロレスラーの試合後のインタビューみたいな感じで……ほんとにプロレスラーっぽい。


「ありがとうございます。ぜひまた戦えるように、僕も精進します」


 バロンくんもいい笑顔で答えた。


「よーし、一緒に頑張ろう! 修練は辛いことが多いが、君に特別な魔法の言葉を教えよう! 『元気があれば何でもできる!』この言葉を唱えれば、どんな大変な修行にも耐えられるんだ。これは我が一族に伝わる秘伝とも言えるものだ。君はもはや私の友だ。この言葉を受け取る資格がある。今度会ったときには……我が一族に伝わるもう一つの秘伝『闘魂注入』の儀式も教えよう! 楽しみにしていてくれ!」


 アンティック選手は、満足そうに熱弁しながらバロンくんと肩を組んだ。

 二人仲良くなって盛り上がっているのは喜ばしいが……『闘魂注入』の儀式って……絶対ただのビンタだよね……まぁ今突っ込むのはやめておこう……。


「あの……私はバロンくんの後見人のような者でグリムと申します。少しお話を聞いてもいいでしょうか……」


 バロンくんたちの盛り上がりが一段落したので、俺はようやく話しかけた。


「これは失礼しました。私はアンティック=ヒノキです。私に話とは……」


「はい、実は……伝説の体術と言われている『格闘術プロレス』について知りたいのです。あなたは失われた『シンニチン王国』の末裔で、国技であった『格闘術プロレス』を受け継いでいるということなのでしょうか?」


「ええ、そうです。もっとも誰も信じてくれませんけどね、約六百年前に滅んだとされる『シンニチン王国』は、元々小さな国だったし、資料もほとんど残っていないのです。ただ我が一族に伝えられている指南書と、代々伝わってきた口伝があるのです。約六百年も遡るので、私が正当な血筋かわかりませんが、指南書と口伝があるという事だけが証明です」


「あの……『シンニチン王国』の初代国王とかが、別の世界から来たとか……そういう伝説は無いでしょうか?」


「な、なぜそれを……? 詳しい記録は失われたようですが、国を築いた初代様は異世界人だったとされています。『格闘術プロレス』は初代様が創設されたもので、国を挙げて国技として培われてきたもののようです。実は『アンティック=ヒノキ』という名前は、『格闘術プロレス』の後継者が代々受け継いできた名前でもあるのです」


 アンティック選手は驚きながらそう答えた。


 やはり俺の考えは当たっていたようだ……。

  『シンニチン王国』を作った初代王は、俺と同じような異世界からの転移者もしくは転生者で間違いないようだ。

 それゆえにプロレスを知っていたのだろう……というかプロレスラーだったのかもしれない。


 

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