537.意外な、決着。

 犬耳少年バロンくんと、伝説の体術『格闘術プロレス』を伝承しているというアンティック選手は、睨み合って間合いを測っている。


 バロンくんも、得体の知れない体術を警戒をしているようだ。

 バロンくん……いつも通り戦ってくれればいいと思うが……もしアンティック選手が使う技が俺の知っているプロレス技なら、組み合うのは避けた方がいいだろう。

 強烈な投げ技がある可能性があるからね。

 ただ今からバロンくんに伝えることもできないし……。


 バロンくんは『魔竹のトンファー』を装備しているが、アンティック選手は素手だ。

 ここまで武器を手にした相手に、素手で勝ち上がってきたということだろう。


 バロンくんが少しずつ警戒しながら、距離を詰めている。


 ……かなり距離が詰まってきたが……


「たあぁぁっ」


 突然、アンティック選手が両腕を振り上げ、バロンくんに掴みかかるように迫って来た。


 それをバロンくんは腕を突き上げるように、左右に開きながら払った。

 そしてそのまま頭突きをアンティック選手の顎に打ち込んだ!


「ぐふっ」という声を漏らしながら、アンティック選手が後方に吹っ飛んだ。

 かなりのクリーンヒットだ!

 並の選手だったら、この一発で勝負がついたんじゃないだろうか。

 改めて思うが……バロンくんは格闘センスがあるようだ。


 ただアンティック選手は並外れた耐久力があるようで、大きなダメージを受けていない。

 出血した口の血を吐き捨て、首を左右に振ると、軽く立ち上がった。

 そしてニヤけている……なんか嬉しそうだ……。

 この人も完全にバトルジャンキーのようだ。


 追撃を狙ったバロンくんだったが、急に動きを止め距離を保った。

 相手の誘いに気づいたのかもしれない。


 今度はアンティック選手がラッシュをかける。

 ボクシングのように左右の拳を連打して、バロンくんに襲いかかっている。

 この動きは……あまりプロレスっぽくない……ボクシングの要素も入っているのか……というか総合格闘技なのか……まぁ今はそんなことはどうでもいいが……。


 それをバロンくんは、体捌きで躱したりトンファーで受けているが、アンティック選手は連打を続けている。

『魔竹のトンファー』に拳を当てたら、かなり痛いと思うのだが……。


 バロンくんはレベル16で、アンティック選手は23だから、やはりレベル差も効いているのかもしれない。

 今のところは、バロンくんの機転と装備の力もあって対等な感じで戦えているけどね。

 長引くようだと厳しいかもしれない。


 パンチのラッシュで、バロンくんの動きが若干鈍くなった時だ——

 なんとアンティック選手は地面を蹴り、高くジャンプするとバロンくん目掛けて両足でキックを放った!

 そう……俺の知っているプロレス技で言えば『ドロップキック』だ!

 しかもジャンプ力がかなりあるので、プロレスで言うならコーナーポストの上から放つような上からのドロップキックなのだ。

 ただこれを察知したバロンくんは、トンファーを構え受け止めた。


 ——バゴンッ


 ——ズズズズズズッ


 バロンくんは、キックの勢いを殺すことができずに、大きく吹っ飛んで地面を転がった。


 大きなダメージは受けていないが、すぐに起き上がることはできないようだ。


 そこへ、アンティック選手はスライディングするように追撃のキックを打ち込んだ。

 バロンくんが更に地面を転がる。


 そしてアンティック選手は、倒れているバロンくんに駆け寄り両足を脇の下に抱えた!


 ええ!


 ……まずい! ……あれはもしや……うわぁ……やっぱり……


 なんとアンティック選手は、そのまま自分を中心としてぐるぐる回り出した。

 そう……プロレス技で言うなら『ジャイアントスイング』だ!

 足を両脇に変えて、自分がその場でぐるぐる回転することによって、相手に遠心力でダメージを与える技だ。


 まさか異世界で『ジャイアントスイング』を見ることになるとは……。

 バロンくんは、ぐるぐる回されている。


 この世界では『ジャイアントスイング』なんてみんな見たことないだろうから、プロレス観戦のように一回二回三回という回数コールは起きないが……。

 それにしても……凄いジャイアントスイングだ。

 ずっと回転してる。

 やばい……しかもかなりのスピードだ。

 どうにかして脱出しないと、下手したら失神してしまう。


 何が起きたかわからず、されるがままになっていたバロンくんも、まずいことに気がつき、少し動き出した。

 というか……暴れだした。

 だが、足首を脇の下にがっちりフォールドされていて、抜け出せないようだ。

 回転スピードが速くて遠心力が強いので、バロンくんは上手く体が動かせないみたいだ。

 このままでは、ほんとにやばい。

 そう思った時だ——


 ——ビュン、グシャッ


 ——ズズズズズズッ


 バロンくんは『ジャイアントスイング』から抜け出した。

 というか、放り出され遠心力の威力のまま飛ばされた。


 バロンくんは回転させられながら、必死に“投げ銭”を投げたようだ。

 上手くアンティック選手の鼻に直撃でき、それにより足をホールドしている力が弱まり抜け出せたらしい。

 アンティック選手は、鼻から大量出血している。


『ジャイアントスイング』からなんとか抜け出したバロンくんだが、かなりのダメージを受けている。

 今もしっかり受け身を取れず、地面に激突するようなかたちになっていた。


 バロンくんはそれでも頑張って、フラフラしながら起き上がる。


 そこにアンティック選手が突っ込む!

 鼻の大量出血を一切気にせず突進した!


 あれ……でも近づいたら急に勢いを緩めて……ふらふら立っているバロンくんの後ろに優しく寄り添った。

 そしてお腹に手を回して抱きしめた……。

 ま、まさかのバックハグ……?

 ラブストーリーならドキドキする場面だが……。

 いや……違う……あの態勢……まさか……あの技出さないよね……ああ! ……やばい!


 ——スッ、ドスンッ


 なんとアンティック選手は、バロンくんをバックハグのまま後ろに放り投げた!

 そう、プロレス技で言うと『ジャーマンスープレックス』だ。

 綺麗な弧を描いた。

 そしてアンティック選手のブリッジも完璧だ。


 バロンくんは、何が起きたのかもわからなかっただろう。

 残念ながら頭を地面に直撃され、体は“くの字”に折れ曲がっている。

 おそらく気を失っている……。

 残念だが、ここまでのようだ……。


 ……おお、いや、まだ勝負はついていないかもしれない。


 ——ゴンッ

 ——グシャッ


 なんとアンティック選手も泡を吹いて気絶してしまった。


 それは……バロンくんが、最後に攻撃を放っていたからだ。

 意図的か偶然かわからないが、バロンくんはジャーマンで後ろに投げられる瞬間、二本のトンファーを空中に放り投げていたのだ。

 そのトンファーがジャーマンのブリッジを決めているアンティック選手の鳩尾みぞおちと股間に、それぞれ直撃したのだ。


 これによりアンティック選手も気を失ってしまった。


 レフリーの騎士が両者の状態を確認し、大きく手をクロスさせた。


 両者気絶で続行不能となり、試合が終了したようだ。

 両者ノックダウンといったところだろう。


 このような場合は、両者とも敗退となるようだ。


 そして本来なら進むはずだった決勝トーナメントの対戦相手は、不戦勝として扱われるらしい。


 まったく予想だにしないかたちで、試合が終わってしまった。


 そしてコロシアムの観客も微妙な空気になっている。


 ただ誰彼となく、称賛の声をかけだすと、みんな思い出したかのように歓声を上げた。


「よかったぞー! 犬耳少年」

「次の大会でがんばれよー!」

「いい勝負だったぞー!」

「銭貨も大事に使えよー!」

「プロレスの兄ちゃん、楽しかったぞー!」

「そうだプロレス大将、また見せてくれ!」

「二人ともよく頑張ったぞー!」

「気絶してるからわかんないかもしれないが、俺たちは認めるぞ!」

「そうだ、胸を張れ!」


 ……よかった。

 両者とも敗退という珍しい結果になったが、観客席の皆さんから称賛が送られている。

 俺も全く同じ気持ちだ。

 一部“投げ銭”についての真っ当な指摘があったが、それはご愛嬌だろう。


 あとでバロンくんを褒めてあげよう。

 そして時間があれば、あのアンティック選手とも話がしてみたい……。


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