536.予選、第三試合。

 ユーフェミア公爵の計らいで、剣士少年ことトッツァン君の衛兵への推薦も決まり、今度こそ落ち着いたかと思ったら……今度は犬耳の少年バロンくんがやってきた。


 というか……実はサーヤに、バロンくんを呼びに行ってもらっていたのだ。

 バロンくんは午後に三回戦目があるが、お昼は一緒に取れるから呼んだのだ。

 戦いぶりも褒めてあげたかったし、多少なりともアドバイスもしてあげようと思っている。


「き、君は……」


 バロンくんが、さっき戦った剣士少年トッツァン君を見て驚いている。


「お、お前は……なぜ……」


 トッツァン君も同様に驚きの声を上げた。


「バロンには、私が『コウリュウド式伝承武術』の『基本剣技』の型を教えたんだよ。彼の使う『護身柔術』の先生は、アグネスさんやタマルさん達だけどね。トッツァンの剣の動きは、バロンは見慣れていたのさ。もちろん、投げ銭も私が教えたんだよ」


 ゼニータさんは、トッツァン君に茶目っ気を乗せて言った。


「えぇ……そ、そんな……半分は姉上に負けたようなもんじゃないですか……。あの時だって、姉上が使う『投げ銭』を見て動揺しちゃったんだし……」


「そこで動揺すること自体が未熟なんだよ……。いずれにしろ、お前の負けだよ。素直に反省しな」


「そ、そんな……」


 トッツァン君は、やるせない表情をして不満気だ。


「あ、あの……ゼニータ師匠の弟さんだったんですか……」


 今までの話を聞いていたバロンくんが、驚きの表情をした後、申し訳なさそうに尋ねた。


「そうなんだよ。私も知らなかったんだ。勝手に出場しちゃっててね……」


 ゼニータさんは、そう言うとトッツァン君の頭を押さえて、挨拶するように促した。

 だが、先にバロンくんが挨拶をした。


「あ、あの……僕はバロンといいます。さっきは試合後に挨拶もできなかったので、気になっていたんです。ありがとうございました」


「なぜ僕に礼を言う? それに僕が気絶してたから、挨拶できなかったって言いたいのか? 言っとくけど、僕は姉さんの技に負けたんであって、お前に負けたわけじゃないからな! 今度は絶対負けないからな!」


 なぜかトッツァン君は、キレ気味にバロンくんに食ってかかった。

 なんとなくだが……負けたバツの悪さや、自分が慕っている姉から自分の知らないところで教えを受けていたという嫉妬が入っている感じがする……。

 まぁ、若いっていいなぁということにしておこう……。


「こら! トッツァン、その態度はなんだ! せっかく挨拶してくれてるのに。仲良くしな!」


 ゼニータさんはそう言うと、再びトッツァン君に威力高めのゲンコツを落とした。

 トッツァン君、涙目だが大丈夫だろうか……。


「ワハハハハ! いやー有望有望! 二人とも素晴らしい試合だったぞ。これから修練を積めば、君たちは必ず強くなる。どうだね、二人ともビャクライン公爵領に来ないかい?」


 突然、ビャクライン公爵が愉快そうに声をかけたのだが……

 完全に場の空気を壊しただけだった。

 だから、すぐにアナレオナ夫人の肘鉄が炸裂して……ビャクライン公爵は静かになった。

 鳩尾みぞおちに入ったらしく、軽く悶絶している。

 やはりアナレオナ夫人は強いようだ。

 そして、全員がビャクライン公爵の今の発言を、まるで何もなかったかのように無視し、それぞれ自己紹介や歓談を始めた。

 ビャクライン公爵って……こんなに軽んじられちゃって……いいのだろうか……がんばれ、溺愛オヤジ!



 その後は、みんなでワイワイ楽しくお昼を食べることができた。


 ビュフェ形式で屋台料理を大量に並べてあるので、みんな気軽に、難しいマナーなどを気にせず食べることができた。


 予想外の大人数になったが、逆によかったかもしれない。

 ビャクライン公爵一家が突然参加して、緊張した空気になってもおかしくなかったが、孤児院の子供たちを含め人数が多いので、いい感じでガヤガヤしていたのだ。






 ◇






 午後になって、バロンくんの予選三試合目が始まろうとしている。


 この三回戦目を突破すれば、予選突破で明日の本選に出場できる。

 バロンくんの目標は、予選突破なので大事な一戦だ。


 ただユーフェミア公爵を始めとした皆さんは、難しい戦いになると考えているようだ。

 今まで開催されてきた『武官登用武術大会』では、予選最終戦は実力ある者が揃うので、急に質が上がったのだそうだ。

 もちろん、みんなバロンくんを応援しているが、予選突破にはかなりの実力が必要なのは間違いないらしい。

 バロンくんのレベルや経験から考えてもそうだし、修練がわずか二十日程度であることからすれば、もし予選突破すれば大金星ということになるだろう。

 ただ俺としては、かなり良い装備を与えてあるし、対戦相手との相性によっては充分可能性があると考えている。

 もちろん子供たちは、全員バロンくんに勝ってもらうために、全力応援の体制だ。


 選手紹介のアナウンスが始まった。

 先に紹介されたのはバロンくんだ。

 そして対戦相手の紹介が始まった。

 ここはじっくり聞いてみよう。

 ん……というか……対戦相手のあのスタイルは……


 ——それではご紹介します! 

 ——相対しますは、外国からの参加であります。

 ——東の『ヘルメス通商連合国』から、はるばるやって来たアンティック=ヒノキ選手です!

 ——年齢は二十二歳、そしてレベルは23です。

 ——彼はなんと約六百年前に滅んだとされる幻の『シンニチン王国』の末裔で、国技とされていた伝説の体術『格闘術プロレス』の伝承者であります!

 ——本日私三回目のアナウンスですが、未だに信じられません!

 ——自己申告ですので、間違いだった場合はご容赦を!

 ——そんな事はさておき、今回も彼の不思議な体術にご期待ください!

 ——奇しくも体術同士の戦いとなりました。

 ——『護身柔術』対『格闘術プロレス』……さあ、盛り上がっていきましょう! 武術ファイトォォォ、レディィィィ、ゴォォォォォ!


 俺は、アナウンスを聞き、そして選手の姿を見て……呆然としている。

 予選三回戦目だから……この選手は一回戦二回戦と戦ったはずだが、存在に気づかなかった。

 まぁ全試合を観ていたわけじゃないから、この選手以外も見逃している選手は多くいるのだが……。

 もっと早く存在を知りたかった……。

 俺にとっては、衝撃でしかない。


 上半身裸で、首から赤いタオルのような布を下げている。

 さすがに下半身は、黒の短いパンツというわけではなくズボンのようなものだが……俺の知ってるプロレスラーそのものじゃないか……。

 さっき格闘団体を作るとか意味不明な妄想したときに、この世界にはプロレスラーはいないと決めつけていたが……いたようだ。

 ただ……俺の知っているプロレスラーかどうかは、まだわからないけど……。


 それにしても……このアンティック選手は、黒髪で日本人っぽい顔な上に、髪型が微妙にリーゼントっぽい不思議な感じの髪型になっている。

 そして伝説の体術『格闘術プロレス』って……普通にプロレスだよね!?

 アンティック=ヒノキという名前といい、赤いタオルのような布といい……俺が元いた世界で好きだったカリスマレスラーにそっくりなんですけど……。

 ただどっちかっていうと、そのものまねをする“ものまね芸人”に似てる感じだけど……。

 格闘術で戦うわりに、細身で引き締まった体なのだ。


 約六百年前に滅んだ『シンニチン王国』の国技だった『格闘術プロレス』を伝承しているということらしいが……もしかして創設者は……転移者か転生者かな……。

 もしそうだとしたら、本当に俺が知っているプロレスそのものかもしれない。


 なんか突然のことに、頭の整理が追いつかない……。

 でも……なんか嬉しい感じだし、ワクワクする!

 大森林の浄魔『マナ・ボクサーマンティス』のイーノとノーキにも、見せてやりたいなぁ……。


 バロンくんに是非とも勝ってもらいたいが、アンティック選手の戦いも楽しみだ!



 

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