535.剣士少年の、正体。

「ビャクライン公爵、アナレオナ姉様、お久しぶりです」


 アンナ辺境伯が、ビャクライン公爵と夫人に挨拶した。


「アンナ、大変だったね……」

「アンナ……さぞ辛かったでしょうね。よく頑張ってるわね」


 ビャクライン公爵と夫人が、複雑な笑顔で優しく声をかけた。


 二人が言っているのは、ピグシード辺境伯領を襲った悲劇とその後の女辺境伯として頑張りの事だろう。


 アンナ辺境伯は、もともとセイバーン公爵家の長女で亡くなったユーフェミア公爵のご主人の妹さんにあたる。

 それ故に、同じ公爵家のスザリオン家の次女のアナレオナ夫人とも親しかったようだ。

 アナレオナ夫人の方が三つ年上なので、姉様と呼んでいるらしい。

 セイバーン公爵家とスザリオン公爵家は、領地の場所も比較的近く、頻繁に交流していたそうだ。

 もっとも、お互いに嫁いでからは領地の距離も遠く離れ、数年に一度王城で会うぐらいしか交流ができていなかったとのことだ。


「改めてご挨拶させていただきます。このたび家督を継ぎヘルシング伯爵領の領主となりましたエレナ=ヘルシングです」


 エレナ伯爵は、ビャクライン公爵や夫人とは顔を合わせたことがある程度で、親しいわけではないようだ。

 改めて挨拶をしていた。


「エレナ=ヘルシング伯爵、よろしく。騒動のことは聞いているよ。領主になることをよく決意したね。私にできることがあれば力を貸すよ。これからはエレナ伯爵と呼ばせてもらおう。いいね? ……ところで……今度……一度手合わせでも……うっ」


 ビャクライン公爵がそう言っている途中で、アナレオナ夫人の肘鉄が入った。

 ビャクライン公爵はニヤけ顔で口数が多かったし……この人やっぱり強い女性が好きなんだろうか……。

 そしてバトルジャンキーな要望を満たすために、手合わせを申し出たところで、アナレオナ夫人の肘鉄が入ったわけだ……。


「まったく、あなたったら……。エレナさん、ごめんなさいね。この人の事は気にしないで。あなたのような強い女性が好きだし、何よりも戦うことが好きだからすぐ戦いたがるのよ。まぁ、この美貌で『ヴァンパイアハンター』の実力があるわけだから、主人が戦いたいっていうのもわからなくはないけど……。私もちょっと戦ってみたいし……ふふ。それは置いといて……私も力になるわ。領地は遠く離れてるけど、何かあったら相談して。本来ならヘルシング伯爵と呼ぶべきだけど、これからはお友達ということでエレナさんと呼んでいいかしら?」


 アナレオナ夫人は、ビャクライン公爵に若干のディスりとフォローを入れつつ、笑顔でエレナさんに声をかけてくれた。

 自分もちょっと戦ってみたいということは…… 優しいオーラ全開の良妻賢母の外見とは違って……実は強いのかな?

 てか……まさか夫婦揃ってバトルジャンキーじゃないよね?


 アナレオナ夫人の優しい言葉に、エレナさんは逆に恐縮したようで、ちょっと硬い感じで「是非ご指導願います」と友達になろうと言った人に対しては微妙な答えを返していた……残念。



 そんなところに、今度はセイバーン公爵家長女のシャリアさんが戻ってきた。

 なぜか『セイセイの街』の新衛兵長のゼニータさんも一緒だ。

 現在絶賛職務遂行中のはずだが……。

 そして誰かを連れてきている……あれは……


「いてててててっ、あ、姉上、は、離してください……」


 なんとゼニータさんは、さっきバロンくんといい試合をした剣士少年の耳をつまみ上げながら、連行するようなかたちで連れてきた。

 そして、少年は姉上と言っていたが……


「お母様、先程のバロンと戦っていた剣士少年を連れてきましたわ。見覚えがあったので、ゼニータを呼んで一緒に確認に行ったのですが、ゼニータの弟のトッツァンでした。偽名で出場していたようです」


 シャリアさんが悪戯な笑顔を浮かべながら、楽しそうに報告した。


「ユーフェミア様、申し訳ございません。我が愚弟が偽名で出場した上に、とんだ恥をさらしました」


 ゼニータさんが少し気まずそうに、ユーフェミア公爵に詫びを入れた。


「ハハハハハハ、そうかい、あんたの弟かい! これは驚いた。でもある意味納得だね。なにも謝る必要はないさね。偽名を使うことも正式には禁じていないし、あんたは見てないだろうけどいい試合だったよ。この子もあんたが鍛えたのかい? 相当長い期間真面目に訓練をしていたっていうのが、戦いぶりでわかったよ。負けはしたものの将来有望だから、衛兵として勧誘しようと思ってたのさ」


 ユーフェミア公爵は、笑いながら上機嫌でゼニータさんの肩を叩いた。


「ほ、本当ですか!? なります! はい! すぐに衛兵になります!」


 話を聞いていた剣士少年は、大喜びで手を上げ、元気全開の声を張り上げた。


 ——ゴツンッ


「いてててて……」


 だがすぐに、ゼニータさんのゲンコツが頭に落ちた。

 結構強めのゲンコツで、剣士少年は若干の涙目になっている。


「まあ、そう怒りなさんな。この子の話も聞こうじゃないか」


 ユーフェミア公爵が仲裁に入り、ゼニータさんと剣士少年トッツァンくんの話を聞くことになった。

 ただ二人とも、俺や仲間たち全員及びビャクライン公爵一家、エレナ伯爵たち、アンナ辺境伯たちまでいる中での話だったので、かなり話しづらそうだった。

 少し同情した。

 まるで公開裁判みたいだもんね……。


 二人の話によると……


 ゼニータさんは、ヘイジ準男爵家の第一子の長女で、衛兵隊に入って『特別捜査班』の班長として活躍していたわけだが、トッツァン君はその姉に憧れ、自分も衛兵になろうと思っていたらしい。

 トッツァン君は次男で、姉の後を追って本気で衛兵になるつもりで日々修練していたようだ。

 家督を継ぐこともできないし、衛兵隊に入隊し独立するつもりだったらしい。

 家督は当然のことながら、長男が継ぐようだ。

 ちなみに長男はガタノ君といい、家督を継ぐ為に父である準男爵の仕事を手伝っているらしい。

 トッツァン君は、大好きな姉が領都から『セイセイの街』に転勤になったこともあり、武術大会に出場しようと考えたそうだ。

 武術大会で実力が認められれば、未成年でも衛兵隊に入れてもらえる可能性があると思い参加したらしい。

 ちなみに実家には『セイセイの街』に転勤になった姉に会いに行くという書き置きをして、家出同然に出てきたらしい。

 話を聞く限り、ゼニータさんのことが大好きなようで、この子もある意味シスコンかもしれない。

 妹が大好きなビャクライン公爵家のシスコン三兄弟とは逆に、姉が大好きなシスコンのようだ。

 ゼニータさんもトッツァン君の事は可愛がっているようで、怒りつつも、心配している様子が感じとれる。


「ゼニータ、弟の意志を汲んでやったらどうだい? 家督を継げるわけじゃないし、どっちみち独立しなきゃいけないんだから。さっきの試合を見る限り、鍛えたら相当強くなれるし、将来は騎士にだってなれる可能性があるよ。危険が伴う仕事で心配だろうけど、あんたの下に置いて自分で鍛えたらどうだい?」


 ユーフェミア公爵が優しい笑みを浮かべながら、まるで娘を諭すように声をかけた。


「は、はい。そこまでおっしゃっていただけるなら……ユーフェミア様のお役に立てる立派な衛兵に育てます」


 ゼニータさんも、気持ちを固めたようだ。


「そうかい、それじゃ私の特別推薦で『セイセイの街』の衛兵隊に入れるとしよう。二人で一緒に暮らしたらいいさね。もちろん改めて衛兵隊への入隊のテストと検査は受けてもらうけどね。『武官登用武術大会』参加者の推薦入隊は公式の入隊だから、コネを使った入隊じゃない。安心して堂々と入りな」


「ありがとうございます」

「ユ、ユーフェミア公爵閣下、あ、ありがとうございます。必ずお役に立ちます! 強くなってセイリュウ騎士になります!」


 ゼニータさんとともに、トッツァン君が涙目になりながら宣言した。

 騎士団に入るとまで宣言してしまった。

 いい目をしている……若いっていいなぁ……と思わず“おじさん心”で感心してしまった。

 夢は大きい方がいいし、この子は見込みがあるからね。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る