533.成熟した、観戦マナー。

「いいぞ! 犬耳少年!」

「よくやった! 次も頑張れ!」

「また応援してやるぞーー!」

「剣の少年もすごかったぞ!」

「そうだ!剣の少年もまたがんばれーー!」


 バロンくんの予選第二試合の熱狂は、俺たちだけではなかった。

 コロシアムの観客席というかスタジアムというか……とにかく観客の盛り上がりがすごい!


 五試合同時に進んでいるので、全員がバロンくんの試合を見ていたわけではないが、見ていた人たちは確実に熱狂している。

 一回戦同様、大歓声が起きたのだ。

「次も頑張れ」というバロンくんへの声援がかなり飛んでいる。


 俺は心情的にバロンくんの後見人のような感じなので、自分のことのように嬉しい。

 そして負けた剣士にも、称賛の声が送られていて、素晴らしいと思う。


 観客の人たちは熱狂的に盛り上がるものの、耳を塞ぎたくなるような汚いヤジはほとんどない。

 意外に観戦マナーはいいみたいだ。

 公平に試合を評価し負けた方にも称賛の声を送るのは、素晴らしいことだし、マナーも成熟している感じがする。

 まぁセイバーン公爵領では二年に一回『武官登用武術大会』を行っているから、おのずと観戦マナーも成熟していったのかもしれない。


 改めて思ったが、この世界の人々は本当に武術大会が大好きなようだ。

 こんなに盛り上がるんだから、もしこの世界にプロレス興行のようなものがあったら、凄いことになっていただろう……。

 もちろん、この世界にプロレスラーはいないと思うけど……。

 あれ……定期的に戦いをする格闘技団体とかを作って、興行したら凄いことになるんじゃないか……。

 面白いかもしれないなぁ……。


 娯楽の少ないこの世界では、旅の劇団などが来るとみんな大喜びするという話を聞いて、『フェアリー商会』の吟遊詩人を養成する部門で劇団を作ろうと思っていたが……格闘技団体もありかもしれないなぁ……。

 ただ……レベル制のこの世界だと、レベルの高さが決定的な要素を占めるので、難しい部分がいろいろある……。

 俺の元いた世界のボクシングや柔道などで体重別に階級を分けていたように、レベル別で階級を分けて戦えばいいかなぁ……。

 ……やばい、やばい、本気モードで考え出してる……やらないよ格闘技団体……いくらプロレスが好きでも、作りませんよプロレス団体……やりませんから……やらないと言ったらやらないからね!



「バロンは頑張ったね。いい戦いだったさね。後で褒めてあげないとね。久しぶりに“投げ銭”も見れたし。ゼニータほどの腕前じゃないが、いい発想だったね。……それにしても、あの若い剣士は、見込みがあるね。衛兵としてスカウトした方がいいね」


 ユーフェミア公爵が、独り言のようにそんなことを言った。

 やはり俺と同じように考えていたようだ。

 敗北した剣士君は、かなり見込みがあるからね。

 日ごろからの努力が、戦いぶりで分かったし。


「お母様、その件は私にお任せください。少し気になることもありますし……」


 今度は長女のシャリアさんがそう言った。


「なんだい? 気になることって……」


 ユーフェミア公爵が少し意外な顔をした。


「いえ、ちょっと確かめたいことがあるだけです……ふふふ……」


 シャリアさんが意味ありげな笑みを浮かべた。


「まぁいいさね。任せるよ」


 ユーフェミア公爵の言葉に、首肯するとシャリアさんはすぐに席を立った。





 ◇





 お昼は特別室でみんなで食べることにした。


 このコロシアムは、よくある競技場と同じような構造になっていて、周囲の観戦するスペースは高い場所に位置している。

 その下のスペースに、いろいろな施設が作られているのだ。

 その中に区切られた個室もいくつかあって、大きなパーティールームのような部屋もある。

 貴族席の下に作られている広い個室の一つに、皆さんを案内した。


 俺の仲間たちや、貴族席の隣の特別席で観戦していた孤児院や元『花色行商団』の子供たちも一緒だ。

 そして当然のごとくビャクライン公爵一家も、一緒に来ている。

 というか……ハナシルリちゃんが俺から離れないので、必然的にそうなった……トホホ。


 食事は、各種屋台から大量に運んでもらってオードブルのような形になっている。



「ただいまなのです! ミネは激しい戦いから、勝利の報告とともに帰還したのです!」


 そう言って元気よく入ってきたのは、『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんだ。

 フードファイトを終えて帰ってきたようだ。

 実は彼女は、この『コロシアム村』の屋台を制覇しに行っていたのだ。

 大会初日の興奮が抑えられず……といっても、観戦ではなく食べ歩きの屋台巡りに行ってしまったのだ。

『コロシアム村』は先行して宿泊施設としてオープンしていたので、昨日までもある程度の屋台は出ていたのだが、今日から四日間限定で参加してくれる屋台商もいるので新しい屋台も出ているのである。


 大会初日の午前中にして、ミネちゃんは目新しい屋台を全て制覇してしまったらしい。

 そういう意味で“勝利の報告”という事なんだと思うが……。

 いつも思うが……何が勝利の基準なのかわからないし、ぶれてる気がする……考えたら負けだな……無視!


「これからお昼ですのに、もうお腹いっぱいになっちゃいました。え! ビャクライン公爵閣下、アナレオナ様、なぜここに……? お、お久しぶりです……」


 ミネちゃんと一緒に行動していた人族の天才少女ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんが、ポンポコリン状態のお腹をさすりながら帰ってきたが、ビャクライン公爵一家を見て慌てて居住まいを正し、挨拶をした。

 当然のことながら、面識があったようだ。


「ドロシー、噂は聞いているよ。相変わらず頑張ってるみたいだね」

「まぁドロシー、会えて嬉しいわ! あなた……大人びて……。綺麗になったんじゃない?」


 ビャクライン公爵とアナレオナ夫人が、嬉しそうにドロシーちゃんに駆け寄った。


「ドロシー、元気だったか?」

「ドロシー姉様」

「ドロシーお姉ちゃん」


 シスコン三兄弟も当然ドロシーちゃんと面識があるようで、皆嬉しそうに挨拶した。


「ごきげんよう、イツガ。ソウガ、サンガ、大きくなったわね」


 ドロシーちゃんは、イツガくんに若干冷たい視線を送りつつ、下の二人には優しく頭を撫でてあげていた。

 同い歳のイツガくんとは、何かあったのだろうか……昔悪戯されたとかそんなことかなぁ……。

 満面の笑みだったイツガ君の方は、ドロシーちゃんの反応が期待に反していたようで、微妙な顔つきになっている。


「こんにちは、わたしはハナシルリです。ドロシーねぇねに会いたかったのです。いろいろ教えてほしいことがいっぱいあるのです!」


 ハナシルリちゃんが自ら進んで、ドロシーちゃんに挨拶に行った。


「まぁ、ハナシルリちゃん、なんてかわいいの! よろしくね。ドロシーお姉ちゃんが何でも教えてあげるからね!」


 ドロシーちゃんはそう言うと、ハナシルリちゃんを抱き上げた。


「ドロシー、ハナシルリも君に劣らず天才だと思うんだ。いろいろ教えてあげてほしい」


 ビャクライン公爵がそう言いながら、デレデレのニヘニヘ状態になっている。

 そして、ちょっとよだれが垂れそうにすらなっている……。


 俺ですらそう思ったのだから……

 ここにいる女性陣全員が……そう思ったらしく……ビャクライン公爵に対して一斉にジト目を向けている。

 身分を気にしないニアさんはともかく、普通なら身分を気にするはずのアグネスさんやタマルさんたちまで含めたほぼ全員が、遠慮せずにジト目を向けている……。

 この空間に公爵の威厳は、ほぼない……残念!


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