532.予選、第二試合。

 ビャクライン公爵一家を見て驚いていたユーフェミア公爵との一通りのやりとりも済んで、再び俺たちは予選の観戦をしていた。


 ユーフェミア公爵も少し時間があるようで、そのまま俺たちの場所に留まっていろんな話をしながら観戦していた。

 先程のバロンくんの一回戦目は、コロシアムを歩きながらだが遠目にギリギリ決着のシーンが見れたとのことだ。

 バロンくんの戦いぶりを褒めていた。


 やはりユーフェミア公爵はアナレオナ夫人と仲が良いらしく、隣に座って観戦しつつ色々と話し込んでいた。


 超絶可愛く、そして賢い四歳児のハナシルリちゃんは……俺の『波動鑑定』によれば実は『先天的覚醒転生者』だが……相変わらず俺の膝の上に座っている。

 両脇をリリイとチャッピーがガードしてくれているからいいけど、時々溺愛オヤジとシスコン三兄弟の視線が俺に突き刺さっている。


 本当はハナシルリちゃんと秘かに前世についての話をしたいのだが、こんな状態なので全くタイミングがつかめていない。



 昼に近い時間帯になって、バロンくんの二回戦目が始まった。


 今度の相手は、剣士のようだ。

 選手紹介では触れられていなかったが、持っている剣や装備もしっかりしているので、なんとなく貴族の子弟っぽい。

 もしくは貴族の傍系かもしれない。

 年齢は十四歳でバロンくんと同じで、レベルはバロンくんより二つ高い18だ。

 レベル差が大きくないし、剣術で接近戦だからバロンくんにとっては悪い相手ではない感じだ。

 ただ持っている剣が、大剣とまではいかないがかなり長い剣なのでリーチが長く、その点ではバロンくんに不利かもしれない。


 一回戦を突破したお陰で、バロンくんはすっかり緊張も解けたようだ。

 体に変な力は入っていないように見える。

 いい感じの動きをしている。


 ただ相手の剣士も、研鑽を積んでいるようで、剣の太刀筋はしっかりしている。

 俺は剣術を正式に学んだことはないが、『剣術』スキルのスキルレベルが10のせいか、なんとなく評価できてしまうのだ。

 太刀筋の良し悪しなどが自然とわかってしまう。

『コウリュウド式伝承武術』の基本の型っぽい動きなので、やはり貴族の子弟かもしれない。


 だがそれもバロンくんにとっては、有利な条件といえるだろう。

 バロンくんも新衛兵長のゼニータさんに、『コウリュウド式伝承武術』の基礎にあたる『基本剣技』の型を習っているからね。

 初めて見る動きの剣士と戦うよりは、動きに見覚えがあるから有利だろう。


 剣士は、何度かいい打ち込みを見せているが、バロンくんはうまく躱したりトンファーで受け止めている。

 だが剣士がうまく適度な距離をとって、間断のない打ち込みを見せているので、バロンくんは懐に入り込めず決定打を打ち込めていない。

 接近戦といっても、剣とトンファーではリーチが違うから、懐に入り込めないと厳しい感じだ。

 この剣士は、荒削りだが意外といいセンスをしているのではないだろうか。

 剣を打ち込みながら、バロンくんと戦う術を見いだしてきている感じだ。

 この子も、将来有望だと思う。


 少しバロンくんが心配になってきた。



 ……俺の心配は的中したようで、徐々にバロンくんが押されて防戦一方になってきた。


 レベルが低い割に、この剣士は体力もあるし、キレの良い打ち込みを連続で出している。

 彼はバロンくん同様未成年だし、もし鍛錬だけでここまでレベルを上げたとしたら、かなり修練を積み重ねてきているはずだ。

 それを裏打ちするような技のキレと持久力だ。


 そのせいでバロンくんは、トンファーを使って受け流すのがやっとの状態だ。

 ただ逆に言うと、あの打ち込みをかすり傷程度で受け流しているバロンくんも凄いんだけどね。

 バロンくんは逆に、この二十日間で実力をつけ、魔物との戦闘も経て実戦勘も身に付けている急成長タイプなのだ。


 バロンくんもよく頑張っているが、防戦一方ではジリ貧になるだけだ……。

『護身柔術』特有の柔らかい動きが出来なくなってきている。

 かなりまずい感じだ……。


 リリイとチャッピー、隣の特別席で応援している『護身柔術』の師匠のアグネスさんとタマルさんもそれを感じているようで、心配気な表情になっている。


 最初はバロンくんにとってやりやすい相手だと思ったが、予想に反して強敵だったようだ。

 予選の二回戦目としては、手強い相手に当たってしまったらしい。


 ……先ほどから剣士が連続で打ち込みを入れているが、さすがにエンドレスではできないようで、一瞬動きが鈍くなった。


 この隙をついて、バロンくんは一旦大きく距離をとった。


 一瞬の判断だが、良い判断だったと思う。

 あのままでは確実にジリ貧だったからね。

 これで少しは立て直せるだろう。


 ただバロンくんは、大きく息を乱している

 にわか仕込みの限界かもしれない。

 もっとも、息が切れているのは剣士の方も同じようだ。

 小休止とばかりに、大きく呼吸を整えている。


 だが剣士は、すぐに上段の構えをとって攻撃態勢に移った。


「タアァァァァ!」


 気合一閃、バロンくんに向かって走り出した。

 ここまで聞こえる大声だ。


 バロンくんも同時に攻撃態勢で走りだした。

 相撲の立ち会いのように、ほぼ同時の動き出しだ。


 だがこのまま突っ込んでも、剣士の方が武器のリーチが長い分有利だと思うが……。

『護身柔術』本来の動きで、躱したり相手の動きを利用した技を出さないと厳しいんじゃないだろうか……。


 ——おお!


 ——ビュンッ、バンッ、

 ——バゴンッ

 ——ズンッ、ズズズズズーーーー


 なんと!

 ほぼ一瞬で勝負がついてしまった!


 優勢だった剣士が吹っ飛び、地面に横たわり気絶している。

 そう……バロンくんが勝ったのだ!


 両者同時に走り出した後、バロンくんは剣士に銭貨を投げつけたのだ。

 それを払うために剣士の動きが止まった一瞬のタイミングで、バロンくんは飛び込み剣士の剣に両腕のトンファーを全力で叩き込んだのだ。

 しかも剣刃ではなく、剣腹を狙って叩き込んだようだ。

 強力なトンファー二つの攻撃を受けた剣は、砕け折れてしまったのだ。


 そして、その強烈な打撃で剣士は体勢も崩され、加速の勢いそのままに頭から地面に突っ込んでしまっていた。

 顔の皮膚がむけて、血だらけになって気絶してしまっている。

 命に別状は無いようだが、頭の打ち所が悪かったのかもしれない。

 完全に気を失っている。


 それにしても、あんな隠し球があったとは……。


 おそらく……『コウリュウド式伝承武術』の『基本剣技』の型を教えてくれていた新衛兵長のゼニータさんが伝授してくれたものだろう。

 ゼニータさん本人が使っているところはまだ見たことがないが、銭貨や銅貨などを投げつけて罪人を捕らえるのが得意だとユーフェミア公爵が言っていたからね。

 確か……『投擲』スキルも持っていたはずだ。

 投げ銭も習っていたということのようだ。


 予想外の攻撃に、剣士が動揺した一瞬の隙をついたバロンくんの素晴らしい勝利だ!

 追い込まれても諦めずに、勝利をもぎ取ったバロンくんを後で褒めてあげようと思う。

 苦戦したが、何とか二回戦を突破することができてよかった。


 相手の剣士も、素晴らしかった。

 十四歳だし、今後大きく化ける可能性があると思う。

 見る人が見たら、スカウトの声がかかるんじゃないだろうか。

 というか……来てくれるかわからないが、ピグシード辺境伯領としても声をかけたいと思っている。

 十分、衛兵としてやっていけそうだし、将来はもっと上を目指せるんじゃないだろうか。


 バロンくんの勝利は、本人の諦めない心と機転の賜物だが、俺が与えた装備もかなり役立っていたはずだ。

 普通の装備なら、ここまで戦えていなかっただろう。

 特に『魔竹のトンファー』が、その威力を十分に発揮してくれた。

 剣士が持っていた剣も、『鑑定』はしていないがかなりの上物だったと思うので、それを叩き折ったのは、やはり『魔竹のトンファー』の性能が大きいと思う。

 ただあの一撃には、バロンくんの気合と魔力がこもっていたので、強化されていたのは間違いない。

 そういう意味では、バロンくんは『魔竹のトンファー』を使いこなしつつあるようだ。

 嬉しい限りだ。


 辛勝だったが、俺としては興奮する素晴らしい試合だった。

 まるで俺の大好きなプロレスで、劣勢の末に一瞬の逆転技でスリーカウントをとったような……そんな感じの興奮だった!


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