531.気に入られた、護身柔術。

「シンオベロン卿、あの犬耳の少年は貴公の知り合いのようだが……」


 一緒に観戦していたビャクライン公爵が、俺に尋ねた。

 俺たちがバロンくんを応援していたのを見て、興味を持ってくれたようだ。


「はい。二十日ほど前に『セイセイの街』を訪れたときに知り合ったのですが、それからは親しくさせてもらっています」


「ほほう……もしやあの『護身柔術』という体術を仕込んだのは、貴公かね?」


「いえ、私ではありません。私の仲間に、会得している者がいて、師匠となって鍛えてくれたのです」


「そうか……。あの『護身柔術』という体術は、かなり優れた体術のようだ。最小限の動きで、相手の動作や攻撃を利用しながら制する素晴らしい試合だった。『柔よく剛を制す』ということを、体現するような爽快な試合だった。短い試合時間ではあったが、見ごたえのあるものだったよ」


 ビャクライン公爵は、『護身柔術』を高く評価してくれたようだ。


「そう言っていただけると幸いです。『護身柔術』は身を守る術として、女性や子供にも普及したいと考えているんです」


 俺がそう言うと、ニアが続けた。


「そうなの! 『護身柔術』の基本の型を体操にして、誰でも基礎を身につけられるようにした『護身柔術体操』っていうのも作ったのよ! ピグシード辺境伯領とヘルシング伯爵領では、もう広まってきてるのよ!」


「体操にしたのですか……。そんなものまで……」


 体操にしたと聞いて、ビャクライン公爵は少し驚いたようだ。


「さっき戦ったバロンくんは、将来衛兵になりたくて衛兵隊で下働きしていた子なんだけど、わずか二十日ほどの特訓で、あそこまで強くなったんだもん!」


 ニアは、ドヤ顔でアピールした。


「な、なんと……そうだったのですか! 僅か二十日ほどで……。できれば、その師匠殿と一度手合わせを願いたいですな! うはははは」


 ビャクライン公爵は、そう言うと豪快に笑った。

 見た目のイメージ通り……バトルジャンキーかもしれない……。


「父上、ハナも『護身柔術』を習う!」


 相変わらず俺の膝の上にいる四歳のハナシルリちゃんが言った。


「ハナちゃんには、リリイが教えてあげるのだ! ねぇねに任せてなのだ!」

「チャッピーねぇねも達人なの〜。まずは体操から教えてあげるなの〜」


 リリイとチャッピーが、すかさず立候補した。


 可愛いハナシルリちゃんのお世話をしたくて、たまらないようだ。


 だが、このハナシルリちゃんは、俺の密かな『波動鑑定』によれば、『先天的覚醒転生者』で普通の四歳児とは違うんだけどね……。


「まぁいいわねぇ! 私も習おうかしら……美容にも良さそうだわ」


 母親のアナレオナ公爵夫人が楽しそうに言った。


「叔母さま、ほんとにいいわよ。美容にもいいし、体操するだけで自然に型が身に付くんですもの。グリムさんの商会の皆さんは、毎日体操をして自然に型を身に付けているから、自分の身を守れてしまうのよ!」


 第一王女で審問官のクリスティアさんが、自分の商会のように自慢気だ。


「まぁ素敵ね! ビャクライン家も、全員習いましょう!」


 アナレオナ公爵夫人が、楽しそうに目を輝かせた。


「母上、本当に私たちもやるのですか? 私はもっと剣術の練習がしたいです!」


 長男のイツガ君が、そう主張した。

 どうも彼は、剣術の修練に夢中になっているようだ。

 何となく……気持ちはわからないでもない。

 剣道に打ち込みたいのに、練習時間を削って柔道もやれと言われているような感じかもしれない……。


「これ、イツガ、今の戦いを見ていなかったのか。確かに一つの道を極めることも重要だが、全て繋がっているのだよ。この『護身柔術』は、お前が極めたいと思っている剣術を高めるのに必ず役立つ。剣術だって体捌き、相手の動作予測、相手の動きの利用が必要だ。剣術にしろ槍術にしろ、極めるにはそれぞれの武器を自分の体の一部のようにすることが重要なのだ。その意味では、そもそも自分の体を自在に使えなくてはならない。体術は非常に重要なのだよ。今の『コウリュウド式伝承武術』は、体術が抜け落ちてしまっているから、この『護身柔術』を学ぶのはすごく良い機会だと思うぞ。実は、そういう目で今の試合を見ていたのだ」


 ビャクライン公爵は、イツガ君に諭すように言いながら頭を撫でた。


 ただの脳筋な溺愛親父ではなく、立派な武人だったようだ。

 おそらくビャクライン公爵は、武術についてかなり造詣が深いのだろう。

 先程の試合の評価も鋭かったからね。


「はい、父上わかりました。剣術の為にも『護身柔術』をしっかりマスターします!」

「私もがんばります!」

「僕もやります!」


 シスコン三兄弟が元気に言った。

 ちゃんとビャクライン公爵の言ったことを理解したようだ。


 ビャクライン公爵一家は、本当に家族で『護身柔術』に取り組んでくれるようだ。

 まずは『護身柔術体操』からマスターしてもらおう。

 遠く離れたビャクライン公爵領でも、『護身柔術体操』を広めることができるかもしれない。


 そんな時だ、俺たちのところにユーフェミア公爵がやってきた。


「タイガ! アナレオナ! なんだい、お前たち……なんでここに……」


 まさかのビャクライン公爵一家の姿に、さすがのユーフェミア公爵も驚いたようだ。


「ユ、ユーフェミア様……」

「ユフィ姉様、お久しぶりですわね」


 ビャクライン公爵は、少しぎこちない感じで言葉が続かなかった。

 そしてアナレオナ公爵夫人は、うれしそうに軽やかにユーフェミア公爵に挨拶をした。


「なんだい? 一体どうしたんだい? 子供たちも来てるのかい!? イツガ、ソウガ、サンガ、おや……ハナシルリだね。一家で来てるのかい!?」


 ユーフェミア公爵は、驚きつつも子供たちに優しい視線を向けた。


「ユ、ユーフェミア様、お久しぶりです」

「お、お久しぶりです」

「…………」


 シスコン三兄弟は、ユーフェミア公爵にも緊張してうまくあいさつができないようだ。


 そんなシスコン三兄弟を置き去りにするように、ハナシルリちゃんが輝く笑顔をユーフェミア公爵に向けた。

 そして堂々と挨拶をした。


「はじめまして、ユーフェミア様。わたしは、ハナシルリ=ビャクラインです。お目にかかれて光栄です」


 めちゃくちゃちゃんとした挨拶をした。


「こりゃ驚いた! ハナシルリ、いいあいさつだね。ありがとう。とてもタイガの娘とは思えないね。この可愛さも、賢さも、アナレオナに似て良かったさね」


 ユーフェミア公爵は、めちゃめちゃ感心しつつ、少しの茶目っ気を乗せて軽くビャクライン公爵をディスった。


 ただ当のディスられた本人のビャクライン公爵は、少し頬を赤らめニヤッとしている。

 ディスられたことよりも、ハナシルリちゃんが褒められたことの方が嬉しかったのか……ただ……なんとなくユーフェミア公爵を見つめてニヤッとしているようにも見えなくはない……。


 どうもそれは当たっていたようで、アナレオナ夫人がビャクライン公爵のお尻を軽くつねった。


「まったく、あなたったら、相変わらずユフィ姉様に、タジタジのデレデレね。いつになったら、初恋の人を忘れるのかしら……。本当に失礼な人だわ!」


 そう言いながら、アナレオナ夫人はもう一度ビャクライン公爵のお尻をつねった。

 ただアナレオナ夫人は、怒っていると言うよりはお約束のギャグような感じでビャクライン公爵をいじめている感じだ。


 というか……今の話からしてビャクライン公爵は、ユーフェミア公爵が初恋の相手だったらしい。

 確か国王と同じ歳で仲がいいということだったから、友達のお姉さんに初恋をしたみたいな感じなのだろうか。

 まぁそのこと自体は、よくあることだからいいと思うけど……それを夫人に子供たちの前で言われるのは微妙じゃないだろうか。


 でも初対面の俺でもわかるくらい、未だに初恋の人にデレデレするのだから言われてもしょうがないか……。

 公爵の威厳は全くなくなっている……残念。


 アナレオナ夫人が、ユーフェミア公爵に先ほど俺たちに説明してくれたことを話してくれた。

 なぜ遠いセイバーン公爵領の武術大会を見に来ていたのかということについてである。


 ユーフェミア公爵は、驚きつつも納得したようで、ハナシルリちゃんの頭を優しく撫でている。


 話の感じからして、この二人もかなり仲がいいらしい。

 さっき聞いた話によれば、アナレオナ夫人のお姉さんはこの国の王妃で、もともとはユーフェミア公爵の親友だったらしいから、アナレオナさんとも仲が良かったのだろう。


「タイガ、まったく、あんたは娘にデレデレじゃないか……まぁその気持ちはわからなくもないがね。この領で問題起こすんじゃないよ!」


 ユーフェミア公爵は、ビャクライン公爵を完全に邪険に扱っている感じだ……。


「ユーフェミア様、問題など起こしません。おとなしくしています……」


 先ほどまでの豪快な印象は、完全に消え失せている。

 うってかわって、言葉少ない少年のような感じになっている……。

 豪快な野生の虎が飼い慣らされて子猫になった感じだ……残念。

 やはりこの国で一番強いのは、いろんな意味でユーフェミア公爵ではないだろうか……。



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