530.予選、第一試合。

 犬耳の少年バロンくんの最初の試合が始まった。


 拡声機能のある魔法道具を使った選手紹介があり、観客もある程度出場選手の情報を知ることができるようになっている。


 バロンくんは、『光柱の巫女』のテレサさんの孤児院で、小さな子供たちの面倒を見ながら衛兵を目指す『がんばり屋さんな格闘戦士』と紹介されていた。

 一体誰がそういう情報を集めるのだろう……。

 今度運営本部の人に聞いてみよう。

 レベル16であることと『護身柔術』で戦うということもアナウンスされていた。

 そして武器が、『トンファー』という変わった棍棒であることも注目点であるとアナウンスされていた。


 相手の木こり風のマッチョな男は、レベル20で本当に木こりだったらしい。

 木こりをしながら、狩猟も行う怪力狩人という紹介だった。


 バロンくんよりもレベルが4つも高い上に、体格差がかなりあるので、普通で考えたら厳しい試合になりそうだ。



 いよいよ始まる……


 試合開始の合図と同時に、相手の木こり狩人選手は、猛烈な勢いで襲いかかってきた。

 バロンくんは、はじめての試合ということもあり、ちょっと気後れした感じで一瞬動きが出遅れた。


 まずい、あっという間に距離がつまり、相手は完全に攻撃態勢だ。

 斧が真上から振り下ろされる!


 ——ガンッ

 ——ボウンッ、ズズズッ


 バロンくんは、咄嗟に両手の『トンファー』をクロスして突き出し、斧を受け止めたが……悪手だった。

 突進力と体重が乗って振り下ろされた一撃はかなりの衝撃で、小柄なバロンくんでは受け止めきれなかったのだ。

 弾き飛ばされて、地面に打ち付けられてしまった。


『マグネ一式』シリーズの軽鎧をつけていなければ、今の一撃で終わっていたかもしれない。

 この怪力の相手に対して、まともに攻撃を受ける戦い方は、避けた方がいいだろう。


 軽鎧の防御力と、斧の刃が直撃することを防いでいたので、大きな出血はしていない。

 だがバロンくんは、大きく呼吸を乱している感じだ。


「バロン! 落ち着いて!」

「呼吸を整えろ!」


 特別席で子供たちと一緒に観戦していた『護身柔術』の師匠の吟遊詩人のアグネスさんとタマルさんが、大きな声で檄を飛ばした。


 その声にハッとしたかのように、バロンくんが構えをとった。

 そして、軽く頭を振って、アグネスさんたちの方を見て頷いた。


 どうやら落ち着きを取り戻したようだ。


「バロン兄ちゃん! がんばれ!」

「バロン兄ちゃん!」

「「「がんばれ! がんばれ!」」」

「くるりとやっちゃえば、絶対勝てるのだ!」

「チャッピーは信じてるなの!やっつけちゃってなの!」


 子供たちが、力の限り大きな声を出して、応援している。

 リリイとチャッピーも俺の両脇で身を乗り出して、かなり力が入っている。


 それにしても、かなり重い攻撃を繰り出す相手のようで、バロンくんは少しふらついているように見える。

 この体格差では、まともに攻撃を受けたら持たないだろう。

 戦い方を変えないとまずいと思うが……


 そう思っていた丁度その時、木こり狩人選手の体が宙を舞った!


 再度突進してきた木こり狩人選手を、バロンくんは『護身柔術』の体捌きで交わしながら、足払いをかけたのだ。


 ドスンという衝撃音をあげて、木こり狩人選手は地面に転がった。


 『護身柔術』の極意の一つは、相手の動きを利用することなので、体格差がある相手にも非常に効果的なのだ。

 バロンくんは落ち着いて相手の動きを見て、素早い動きでかわすとともに相手の勢いを利用し、足払いで投げあげたのだ。

 見事な攻撃だった。


 だが、木こり狩人選手は耐久力もあるようで、すぐに立ち上がった。

 首をぐるぐる回しながら、四股を踏むような動きをしている。


「ぐあああああああっ」


 野獣のような雄叫びをあげて、バロンくんを睨みつけた。

 怒りが頂点に達したかのように、全身に力を入れている。


 自分よりもはるかに小さい少年に投げ飛ばされたら、イラッとくるのはわかる。

 だが……戦いにイライラは禁物だ……。

 まぁ俺の場合、人のことは言えないが……。


 怒りに任せた攻撃は、力強いが完全に直線的に動きになっている。

 これなら、素早さが売りのバロンくんなら、確実に躱せるだろう。


 バロンくんは、素早いフットワークで避けながら、すれ違い様に『トンファー』の一撃を的確に入れている。

 致命的なダメージは与えられていないが、木こり狩人選手のイライラ度は増しているようだ。

 すごい形相で襲いかかっている。

 普通ならビビるくらいの形相だが、バロンくんは平気なようだ。


 完全にバロンくんのペースになり、優勢な感じだが、あまり試合を長引かせるのは得策ではない。

 そろそろ決め手がほしい感じだ……。


「バロン! 勝負時だ!」

「攻めていけ!」

「特訓の成果を見せろ!」

「必殺技だ!」


 アグネスさんとタマルさん、そして練習相手になってくれていた吟遊詩人見習いのギャビーさんとアントニオ君が大きな声で叫んだ!


 バロンくんにしっかり聞こえたようで、大きく頷いた。

 そして、後ろに数歩距離をとった。


 木こり狩人選手は、怒りに任せて襲っている。


 その時バロンくんは、低い姿勢……まるで陸上のクラウチングスタートのような体勢をとった。


 そしてすぐに飛び出すと、木こり狩人選手に突進した!


 真正面から飛び込んでくるバロンくんに向け、木こり狩人選手は更に大きく斧を振りかぶった。


 次の瞬間、バロンくんは一度しゃがみ込むように体勢を低くした。

 そして迫る巨体に、下から両腕を突き上げた!


 両腕のアッパー気味のボディーブローが、木こり狩人選手の腹部にめり込んだ!

 綺麗に入った感じだ。

 木こり狩人選手は、「ゲボッ」という呻き声をあげて、膝から崩れ落ちた。


 拳とともに、突き出た『トンファー』の先端もボディーに深く突き刺さったので、大ダメージだと思う。


 内臓が破裂していてもおかしくない衝撃だ。

 木こり狩人選手は、膝から崩れたまま膝立ちの形で静止している。

 口から泡を吹いて、白目をむいているので、ノックアウトだろう。


 本当にピクリとも動かない……完全に気絶しているようだ。

 てか……死んでないよね……?

 内臓の損傷は間違いなさそうなので、早く治療した方がいいんじゃないだろうか……。


 レフリーの騎士が、すぐに状態を確認し、戦闘不能と判断したようだ。

 バロンくんの手を高く上げて、勝利を宣言した。


 すぐに救護班が現れて、木こり狩人選手に回復薬をかけている。


 意識を取り戻したようだ。命に別状はないようで良かった。


 そしてバロンくんは、大歓声を浴びている。


「バロン兄ちゃん、おめでとう!」

「バロン兄ちゃん、かっこいい!」

「「「バロン兄ちゃん、ありがとう」」」

「すごいなぁ、犬耳のぼうず、気に入ったぞ!」

「ちっこい体で大男に勝つなんて、すごいぞ兄ちゃん!」

「よくやったぞ小僧!次の試合も応援するぞ!」


 孤児院や行商団の子供たちに混じって、一般のお客さんからもバロンくんに声援が飛んでいる。


 観客の視線は五つの試合に振り分けられている状態なので、全員がこの試合を注視していたわけではないが、それでもかなりの歓声がバロンくんに送られている。

 登場のアナウンスの時に、『光柱の巫女』の関係者という感じの説明がされたから、ある程度の人数の観客は試合に注目してくれていたようだ。

 バロンくんは照れ臭そうに、四方にお辞儀をして闘技場から降りた。


 『護身柔術』の特訓がかなり効いていたようで、思ったよりも良い動きだった。

 『トンファー』もある程度使いこなせている感じだし、次の試合も期待できそうだ。



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