527.溺愛オヤジと、シスコン三兄弟。

 声の主は、第一王女で審問官のクリスティアさんだった。


「まぁクリスティア! あなたこそ、どうしてここに?」


 ビャクライン公爵夫人は、そう言いながらクリスティアさんを抱きしめた。


「クリスティア様、なぜこちらに?」


 ビャクライン公爵も驚きの声を上げた。


「叔父さまったら、様なんてつけないで! いつものように、クリスティアって呼んでください!」


 クリスティアさんが茶目っ気を含めて言うと、公爵は苦笑いしていた。


「クリスティア様……お、お久しぶりです……」

「ク、クリスティアさま……」

「………………」


 三兄弟が、真っ赤になりながらガチガチになっている。

 クリスティアさんは、憧れのお姉さん的な感じなのかもしれない。


「まぁイツガ、ソウガ、サンガ、大きくなったわね!」


 クリスティアさんがそう言って、三兄弟の頭を撫でると、少年たちは更に真っ赤になっていた。

 実に初々しい感じだ……。


「そして、あなたがハナシルリちゃんね! はじめまして、いとこのクリスティアお姉ちゃんよ!」


 クリスティアさんはそう言って、今度は俺の膝の上のハナシルリちゃんの頭を撫でた。


「クリスティアねぇね、ごきげんよう、ハナシルリです」


 ハナシルリちゃんは、これまた可愛さ全開でしっかり挨拶をした。


「まぁなんて素敵なご挨拶。なんてかわいいんでしょう……」


 クリスティアさんの顔が……デレデレ顔になっている。

 そして……ハナシルリちゃんに頬ずりしだした。

 完全に……ハナシルリちゃんの可愛さにやられたようだ……まぁ無理もない。


 そしてまた……俺はただの椅子状態になっている……トホホ。


 またもやタイミングを逃し……名乗ることはおろか、立つことすらできないでいる……何この状況……。


「それにしても……どうしてグリムさんが、ハナシルリちゃんを抱えているのかしら?」


 クリスティアさんのその一言で……再び……ただ椅子から、注目の的に戻ってしまった。

 今度こそ立ち上がって、ちゃんと名乗りたいと思ったのだが……

 更なる爆弾が投下された……。


「ハナは、グリムお兄ちゃんと一緒に観るの! 大きくなったら、結婚もするし! 運命の人だから!」


 ええ! ……ハナシルリちゃん……なんてことを……。


 結婚って……、運命の人って……

 普通なら、小さい子供の言うことなので、笑って済むはずだが……

 どう考えても、この父親には通用しないだろう……

 そう思いつつ視線を上に向けると……ビャクライン公爵から俺に向けて、凄まじい殺気が放たれていた……。

 これ本気のやつだし……。

 全然冗談になってないし!


 おまけに兄の三兄弟まで、全力の殺気を俺に向けている。

 この子たち未成年なのに……かなりの殺気を放っている。

 ある意味有望だが……ある意味やばい……本気のシスコンらしい……。

 夫人は、なぜか笑っている。

 というか……夫人のこの反応が普通だと思う。

 四歳児の結婚発言に、本気の殺気は、大人気ないと思うのだが……。

 とてもそんな抗議はできないけど……。

 娘を溺愛する父親とシスコンの兄たちには、言うだけ無駄だろうし。


「叔父さま、それにイツガたちも、どうしてわたくしの大切なグリムさんに殺気を向けているのかしら?」


 思わずクリスティアさんがそう言って、俺を取り囲んでいる公爵たちを止めてくれたが……。

 なにか……問題発言が含まれている気がする……。


 そして……公爵夫人は、それを逃さなかった。


「まぁ! クリスティアにも、とうとう大切な人ができたのね! それは素晴らしいわ! そして、ハナシルリには、強力なライバルね。オホホホホ」


 夫人がそう言って笑ってくれたので、ちょっと場の空気が和んだ気がしたが……そう甘くはなかった。


「クリスティアねぇねは、ライバルじゃないの。ねぇねもあたしも、他のねぇねたちも、みんなでグリムお兄ちゃんのお嫁さんになって、楽しく暮らすの! お嫁さん連合は、楽しいの!」


 せっかく和みかけた空気が……ハナシルリちゃんの無邪気な爆弾投下によって、凄いことになってしまった。


 再び溺愛オヤジとシスコン三兄弟の殺気に襲われてしまった……。


 このわけのわからない殺気を浴びるリピート状態……何とかしてほしいんですけど……。


「まぁ! それはいいわねぇ! 私もハナシルリちゃんとずっと一緒にいたいから、嬉しいわ!」


 クリスティアさんがそう言って、フォローしてくれたが……


「き、貴様は何者なのだ!?」


 とうとう我慢できなくなったビャクライン公爵が、俺に誰何してきた。

 怒鳴ってはいないが……めちゃめちゃ怒気が乗っている……。

 ビャクライン公爵は、背も高くバキバキの筋肉戦士のような感じの人なのだ。

 服の上からでもわかるほどだ。

 白髪を刈り上げた感じで、雰囲気は、イケメンマッチョなセイバーン軍の近衛隊長ゴルディオンさんに似た感じだ。

 めっちゃ迫力があって……普通なら怒気を乗せられたら、縮み上がるだろう。


 俺は、やっと名乗るタイミングができたので、ハナシルリちゃんを抱きかかえながら立ち上がった。

 そしてハナシルリちゃんを地面に下ろそうとしたのだが、ハナシルリちゃんはそれを察知したのか俺の首に抱きついてきて離れなかった。

 しょうがなくそのまま挨拶をした。

 一応、相手は公爵なので片膝をついて挨拶をした。


「私は、ピグシード辺境伯家家臣グリム=シンオベロン名誉騎士爵と申します」


 名乗ったはいいが、首にハナシルリちゃんが抱きついたままなので、とても微妙な感じだ。


 そして……俺にしっかり抱きついているハナシルリちゃんを見て、ビャクライン公爵は少し涙目になっているように見える。

 これ……さらに恨みを買っているような気がするが……なんなのよ、この状態……。


「それにしても……ハナが家族以外の者に、こんなに安心して身を預けるなんて……グリムさんて、すごいのね……ふふふ」


 公爵夫人はそう言って、感心するとともに笑顔になったのだが……俺にとっては、むしろマイナスだ……。

 今の発言で、さらに溺愛オヤジとシスコン三兄弟の殺気が強まっている……。


「もう! ちちうえも、にぃにたちも、グリムお兄ちゃんを大切にしないなら、ハナはみんな嫌いになっちゃいます!」


 ハナシルリちゃんは、めっちゃ切なそうに、そして可愛い感じで言った。

 そんなふうに言われたら……抵抗できるオヤジなんていないと思うが……。

 なんかこの子……確信犯じゃないよね……?


「ハナや……ちちは、お前を心配しているだけだよ……」

「ハナシルリ……」

「ハナ……」

「そんな……」


 溺愛オヤジとシスコン三兄弟の殺気は、一瞬で消えた……そして、あとには……おろおろする情けないオヤジと兄たちの姿だけが残った……なんのこっちゃ!


「まぁ皆さん、周りの方に迷惑ですから、一旦は座って話しましょう」


 クリスティアさんがそう言ってくれて、何とか場がおさまり……少しは落ち着いて話をできそうな雰囲気になった。



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