526.迷子の、正体。

「こんにちは、かくれんぼでもしてるのかい?」


 俺は三、四歳くらいの女の子に声をかけた。

 おそらくこの子が、迷子の子だと思う。


「そう、隠れてるの。だから内緒にして」


「でも、おうちの人が心配してるんじゃないかなぁ」


「いいの。あたし、束縛されんの嫌いだし」


 そう言って女の子が、ニコッと笑った。

 束縛されるのが嫌なんて……ちょっとおませさんな感じだ。

 でもすごく賢そうな子だ。


「お名前は?」


「私は、ハナシルリ」


「おじさん、いや、お兄さんは、グリムっていうんだ。よろしくね」


「グリムお兄さんね。よろしく。ここで一緒に観てもいい?」


 俺たちと一緒に、観戦したいということだろうか……?

 それにしても……この子は、見た目の年齢の割に、すごいしっかりしている。

 リリイたちと話しているのと、あまり変わらない感じだ。


「それはいいけど、一つお願いがあるんだ。おうちの人が心配してるから、ここにいるって教えてあげよう」


「えー……。まぁしょうがないか。グリムお兄さんに、迷惑がかかるかもしれないもんね」


 すごくしっかりした受け答えで、俺の事まで心配している。

 本当に、この子は何歳なのだろう……。


「ハナシルリちゃんは、いくつなの?」


「私は四歳」


 子供らしく、指を四つ立てて答えたが、四歳とはとても思えない受け答えだ。


 とりあえずは、探している家の人に教えてあげないといけない。

 俺はサーヤに目配せをした。

 サーヤは、すぐ察してくれて、知らせに行ってくれた。



「ハナシルリ様、こちらにいらしたのですか!」

「ハナシルリ、無事でよかった!」

「ハナ……心配したよ……」

「ハナ、ケガはない?」


 護衛兵と兄弟と思われる男の子たちが、涙目になりながら駆けつけた。


「あたし、グリムお兄ちゃんと一緒に、ここで観る!」


「ハナシルリ、父上と母上が心配している。戻ろう!」


 一番年嵩の男の子が、抱きしめながら言った。

 だが、ハナシルリちゃんはすぐに振りほどいた。


「いやぁぁぁ! 私はグリムお兄ちゃんと一緒に観るの! ぜぇぇぇったいに、ここで観る!」


 ハナシルリちゃんは、大きな声を上げて腕を組んだ。

 テコでも動かない感じに、両足を踏ん張っている。


「ハナシルリ……」

「兄上、ハナはこうなったら、もう無理ですよ……」

「ハナ……あゝ困った……」


 三兄弟が困り顔だ……。


「イツガにぃに、ソウガにぃに、サンガにぃに、お願い! お、ね、が、い……」


 ハナシルリちゃんは、今度は、可愛く……めっちゃつぶらな瞳をウルウルさせている。

 めっちゃかわいい……。

 こんなお願いされたら……もう言うことを聞くしかないと思うが……。


 やはり……兄たちに抗う力はなかったようだ。

 みんなデレっとした顔になっている。

 もしかしたら、この兄たちは、かなりのシスコンかもしれない。

 まぁこんなに可愛かったら、無理もないけどね。


「わかったよ。しょうがないなぁ。にぃにが、父上たちに報告に行ってくるよ。お前たちは、ハナシルリを頼むよ」


 一番年嵩の少年はそう言うと、駆けていった。


 残された少年二人と護衛兵に、俺は手で促して席に座ってもらった。

 立っていると、他の観覧者の迷惑になるからね。

 そして何故か……ハナシルリちゃんは、俺の膝の上に乗っている。

 両脇には、リリイとチャッピーが陣取って、お姉さんモードになっている。


「ハナシルリちゃんは、リリイが守ってあげるから、任せてなのだ!」

「チャッピーが、お世話してあげるなの〜」


「リリイねぇね、チャッピーねぇね、ありがと!」


 ハナシルリちゃんは、またも目をウルウルさせて笑顔で言った。


 これにはリリイとチャッピーも、完全にノックアウトを喰らったようだ。

 デレデレしてニヤけている。

 そして、ねぇねと言ってもらったのが嬉しかったようで、体をクネクネさせている。


 本当に周りの人間を魅了してしまう可愛さだ……。

 ハナシルリちゃんは、黒っぽい落ち着いた感じの赤髪をショートにしている。

 日本人のハーフっぽい顔つきで、本当にかわいいのだ。

 兄たち三兄弟は、白髪、明るい赤髪、銀髪で精悍な顔つきだった。

 大人になったら、男臭い感じのイケメンになりそうだ。



 少しして、威厳が漂う貴族の男性と女性がやってきた。

 呼びに行った男の子が一緒なので、おそらく父親と母親だろう。

 コロシアムの貴族席に今着いた感じなので、おそらくハナシルリちゃんが先行して飛び出ちゃったのだろう。

 大会運営委員の文官さんが、おろおろしながら一緒に来ている。


「ハナシルリ、 一人で飛び出してはダメと言ってあるでしょ」


 お母さんとおぼしき女性は、優しく諭すようにハナシルリちゃんに歩み寄った。


「ハナや……ちちは、心配で……心配で……死んでしまいそうだったよ……」


 お父さんとおぼしき男性は、登場したときの威厳が全くなくなり、ただの子煩悩なデレデレオヤジになっている……この人は一体……。


「あ、あの……ビャクライン公爵閣下、すぐに席をご用意いたしますので、どうぞこちらに……」


 文官の男性が、おろおろしながらそう言った。


 ビャクライン公爵閣下って……?


 ええ! ビャクライン公爵って……もしかして四公爵家の一つだよね……。

 なぜここに……?

 前に聞いた話では……ビャクライン公爵領は、コウリュウド王国の西に位置していて、東のセイバーン公爵領とは反対側だった気がするが……。


「そうか、では参ろう」


 ビャクライン公爵がそう言って、ハナシルリちゃんを抱きかかえようと近づいてきた。


「いやぁぁぁ! ハナは、ここでグリムお兄ちゃんと一緒に観るの!」


 ハナシルリちゃんが叫びながら、イヤイヤポーズをとった。


 そして……今まで俺の膝の上に乗っていたハナシルリちゃんに集中していた皆さんの意識が、突然、俺に向けられた。

 今までは、ただの椅子と化していたのだが……いきなり視線が突き刺さっている……。


 母親である夫人の視線は優しいが……父親のビャクライン公爵は、凄まじい圧で俺を睨んでいる。

 まるで……娘に手を出す不埒者を見るような感じだ……。

 まぁその気持ちは、わからないでもないけど……娘を溺愛してる感じだし……。


 それにしても……やばい感じだ……本当に視線が鋭い……。 


「まぁ……アナレオナ叔母さま、タイガ叔父さま、どうして!? どうしてここに!?」


 突然、俺に救いの手を差し伸べるかのような綺麗な声が響いた。

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