522.光柱の巫女と、従者獣

「まったく……うちの教会の人材不足にも困ったものね」

「本当ですわね。後で神官長に文句を言っておきますわ」


 ユーフェミア公爵と一緒にきたシスター二人は、そう言いながらにこやかに近づいてきた。


「はじめまして、シスターテレサ。私はサーシャ。知ってると思うけど、あなたの先輩の『光柱の巫女』なの。よろしくね」

「はじめまして、シスターテレサ。私はアリアよ。同じく『光柱の巫女』よ。こんなことになったら困ると思ってたけど、本当になってるとはね。私たちが来たから、もう安心なさい」


 おお、やはりユーフェミア公爵が連れてきたのは、王都にある『総合教会』本部にいるという二人の『光柱の巫女』だったようだ。


 サーシャさんは、八十六歳の高齢の巫女と聞いていたが、六十歳くらいにしか見えない。

 美魔女といっていい美貌だが、それでいて優しいおばあちゃんのような雰囲気がある。

 すごく不思議な雰囲気を持った方だ。


 アリアさんは四十四歳で、ユーフェミア公爵とは旧知の仲とのことだったが、ユーフェミア公爵に似た雰囲気の強い女性といった感じの美魔女だ。

 巫女というよりも、やり手女社長みたいな雰囲気だ。


 テレサさんが『光柱の巫女』になってから数日しか経っていないので、普通の手段では王都からここまで来れない。

 おそらくユーフェミア公爵が、転移の魔法道具を使って連れてきたのではないだろうか。

 なにか……特別なことがあったのだろうか……。


「サーシャ様、アリア様、テレサと申します。よ、よろしくお願いします」


 テレサさんは突然のことに驚き、声を震わせながら挨拶をしていた。

 テレサさんは、王都には一度も行ったことがないようなので、初対面のようだ。

 だが、『総合教会』の神父やシスターで『光柱の巫女』であるサーシャさんやアリアさんを知らない者はいないらしい。

 一般のシスターからすれば、雲の上の存在だと言っていたから、突然の訪問にテレサさんはかなり衝撃を受けたのだろう。


「それにしても、酷いもんだねぇ……。『総合教会』も、もうちょっと考えた方がいいんじゃないのかね。まぁ…… 私も領主として目が行き届かない現実を痛切に感じたばかりだから、人のことは言えないけどね……」


 ユーフェミア公爵が、自虐気味にアリアさんに話しかけた。

 旧知の中ということで、やはりこの二人は仲が良い雰囲気だ。


「それを言わないでよ……。私だってね、この有様に頭が痛いんだから……。まったく……この者たち……どうしてくれようかしら……」


 アリアさんはそう言うと、頬っぺたを膨らました。

『光柱の巫女』というと、もっと厳かな感じの人かと思ったが、フランクな感じのくだけた印象の人だ。


「しょうがないわねぇ……。神に仕える者だというのに、困った人たちだこと。せっかく羽を伸ばそうと思ったのに、早速教会の後始末をしないといけないのね。いつまでたっても、困ったものね」


 サーシャさんは、ほのぼのとした口調で言った。

 綺麗すぎておばあちゃんという外見ではないが、雰囲気はどこにでもいる優しいおばあちゃんみたいな感じの人だ。


 支部長のゴンザレスさんは、相変わらず気絶したままだし、一緒に来た中年の巫女二人はガタガタ震えている。

 そしてさっきから無視されているような感じで……可哀想な状況だ……まぁ自業自得だけどね。


「それにしても……この子たちなのね……『従者獣』……可愛い子たちだこと」


 サーシャさんはそう言うと、赤ちゃんパンサーたちに近づいて、床に座り込んでしまった。

 すると赤ちゃんパンサーのサクラが、なんとサーシャさんの膝の上に乗って甘え出した。


「まぁ、サーシャ様、ずるいですわ」


 今度はアリアさんが隣に座り込んだ。

 すると、すかさずツバキが膝の上に乗って、頭を擦り付け始めた。


 すると今度は、取り残された感じでキョトンとしていたアスターが、テレサさんの体をよじ登った。

 驚いたテレサさんが手を出すと、手の上に乗った。

 テレサさんは、思わず抱きかかえる形になった。

 よちよち歩きしか出できないのに、体をよじ登るなんて凄いな……。


 なんとなく……『光柱の巫女』三人と三体の『従者獣』がペアになった感じになっているが……そういうことなんだろうか……?


  三体の赤ちゃんパンサーは、それぞれ懐いた感じになっていて離れようとしない。

 やはりパートナーってことかなぁ……。


 父パンサーのグッドと、母パンサーのラックも近づいてきて、赤ちゃんパンサーたちの様子を見ている。

 グッドもラックも、赤ちゃんパンサーたちが話したり歩いたりしたことが嬉しいようだ。


「「あの……」」


 赤ちゃんパンサーたちとの楽しいひと時を邪魔するように、放置状態にされていた中年シスター二人が、声を発した。


「ああ、ごめんなさいね。あなたたちの処分が残っていたわね。まずは支部長を起こしなさい」


 アリアさんが、少し厳しい口調で言った。


 シスター二人は、慌てて支部長を起こしている。

 体を揺すっているが、なかなか起きない。


「う、ううう……。いったいなにが……」


 支部長はようやく目を覚ましたが、何が起きたのか分からず呆然としている。


「ようやく目を覚ましたようですね、ゴンザレス支部長。あなたも、随分偉くなったものね。本部の許可もなしに、何をしようとしていたのかしら」


 サーシャさんが、優しいおばあちゃん口調なのだが……目が鋭く光っている。


「サ、サーシャ様……なぜここに……」


 支部長は驚き、顔をこわばらせた。


「そんな事はどうでもいいのよ。どうして無理矢理『光柱の巫女』を連れて行こうとしたのかしら? あなたも神父なら、『光柱の巫女』は行動の自由が保障されているって知ってるはずだけど?」


「そ、それはですね……こんなおんぼろな教会にいるよりも、領都の教会にお連れして、ゆっくりしていただこうかと……それに領都の方が、信者もたくさん来ますので……」


「どうしてあなたに、それを判断する権利があるのかしら? 説明してもらえますか?」


 あくまでサーシャさんは、優しいおばあちゃん口調なのだが、逆にめっちゃ怖い感じだ……。


「そ、それはその…… せっかく現れた『光柱の巫女』ですから、有効活用した方が教会のためにも信者のためにも……」


 支部長は、必死に弁解しているが、完全にボロを出してしまっている。

 この人……“有効活用”とか言っちゃってるし……。


「有効活用ですって? まるで私たち『光柱の巫女』は、物みたいな言い方ですね。ほほほ」


 サーシャさんは、多分キレてると思うけど、笑顔のままだ。

 よく見ると、氷のような視線を支部長に浴びせている。


「アリアさん、あなたに任せるわ。神官長には、私から後で言っておくから」


 サーシャさんはそう言いながら、アリアさんを見て微笑んだ。


「かしこまりました。それでは、私の方で処断させていただきます。『光柱の巫女』の自由行動の権利を侵害しようとした懲戒処分として、支部長を解任いたします。一神父として研鑽を積み直してください。支部長に従っていたあなたたちシスターも一緒です」


 アリアさんは、冷たく言い放った。


「そ、そんな……なぜ私が……?」


 支部長は、信じられないといった表情をしている。


「なぜですって? それがわからないから、あなたは支部長失格なのです。教会を追い出されない慈悲に感謝して、勉強し直しなさい」


「な、なぜ私がこんな目に……。教会のために人生を捧げてきたのに! こんなこと、許されるはずがない!」


 支部長は、激昂してアリアさんにつかみ掛かろうとした。


「ああっ」


 だが、アリアさんに抱かれている赤ちゃんパンサーのツバキが出した光のオーラのようなものに触れて、また気絶した。


 短く情けない悲鳴をあげて気絶する姿は、なんとなくコミカルにも思えてきた。


 見ている俺たちは呆れるしかなかったが、アリアさんは二人の中年シスターに、領都支部に連れて帰るようにと指示を出していた。


 気絶したまま、おとなしく帰ってくれることを祈るのみだ。



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