520.異物混入、ワイン。

 屋台の食べ歩きを終えて、子供たちはみんなお腹ポンポコリン状態だ。

『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんも、屋台との壮絶な連続バトルを終えてご満悦だ。

 ミネちゃんの戦いぶり……もとい食べっぷりからして、当然俺が渡したお小遣いでは足りず、「戦には、お金がかかるのです……。無念なのです!」と言いながら、屋台を制覇できないと涙目になっていたので、しょうがなく追加でお小遣いをあげた。

 ニアがいたら、絶対に「甘い!」と怒られていただろうが、まぁいいだろう。


 俺もいろいろ食べてみたが、やはり一番印象に残ったのは、ザリガニかもしれない。

 子供の頃田んぼの用水路なんかでよくとっていて、飼育もしていたので食べるのはちょっと気が引けたが、チャレンジしてみたのだ。

 そういえばザリガニを飼育していた時に、何かの本で読んだ知識で青魚ばかりを餌にすると、赤いアメリカザリガニが青くなるというのを知って実験したことがあった。

 サバの切り身だけをやり続けたら、何度かの脱皮の後に、ほんとに青いザリガニになって驚いた記憶が蘇った。

 そんなことを思い出して、このザリガニは何色なのかと考えてみたが、屋台には茹で上がった状態で置いてあるだけなので、赤くなっていて元の色はわからなかった。

 気になって屋台のおじさんに尋ねると、元の色は茶色っぽいらしい。

 アメリカザリガニとは違うようだ。

 サイズも一回り大きく、体型も少しズングリしていて太い感じだ。

 体型は、どちらかというとロブスターに近いかもしれない。

 まぁロブスターにしては、サイズは小さいけどね。

 ロブスターと思った方が食べやすいので、ロブスターと思って食べた。

 ロブスターもザリガニの仲間だけどね。

 同じ科の生物だったはずだ。

 ロブスターは海に住んでいて、ザリガニは淡水に住んでいるというのも違いの一つだったかな。


 ちなみにザリガニの味は、エビとカニを足したような味で、どっちかというとカニに近い感じだった。

 結構美味しかったのだ。

 ただ殻をむくのが面倒だし、しっぽの部分しか食べれないので、全体の大きさから見ると食べられる部分がかなり少ない。

 フードファイターのミネちゃんも頑張って食べていたが、やはり殻をむくのが面倒くさかったようだ。

「このザリガニさんは、なかなか手強いのです。ミネの手を煩わせまくるのです。でも負けないのです! 次に会うときには、対ザリガニ用最終決戦兵器を作ってくるから、覚悟するのです!」と言いながら、若干キレ気味に食べていたのだ。



 日も暮れてきたので、孤児院に帰ることにした。


 孤児院を増設して元行商団のルセーヌさんたちの住む場所を作り終えたのだが、やはり孤児院の子供たちと一緒に、一家族のように暮らしてくれるらしい。


 孤児院は、今までは大人がテレサさん一人だったが、ルセーヌさんたちが一緒になるので、大人女子は七人になる。

 テレサさんは、『光柱の巫女』となり忙しくなるし、ルセーヌさんはユーフェミア公爵勅命の極秘任務がある。

 元行商団の大人女子五人も、『フェアリー商会』で働いてもらうことになったので、孤児院を専属で見れるわけではない。

 それでも、七人で助け合えば大丈夫だろう。


 俺たちは、ルセーヌさんたち用に増設した部分に泊めてもらっている。


 孤児院に着くと、丁度怪盗ラパンことルセーヌさんと敏腕デカこと新衛兵長のゼニータさんの特捜コンビが戻って来た。

『マットウ商会』についての調査を終えてきたようだ。


 そして何故か……俺に報告をあげている。

 俺に報告する必要はないと思うのだが……。

 話を聞くと、ユーフェミア公爵から今後の対応については、俺と相談するようにと言われていたらしい。

 ユーフェミア公爵からは、俺は何も聞いてないんだけど……まぁいいけどね。

 おそらく『正義の爪痕』が絡んでいるのであれば、『正義の爪痕』をおびき寄せる『三領合同特別武官登用武術大会』までは、刺激しないで泳がせた方がいいから、その点も含めて俺と協議しろと言うことなんだろう。


  二人の報告によると、いくつか怪しい動きがあったようだ。


 臨時の仕事を依頼するために、街のゴロツキを雇おうとしたらしいが、ゴロツキがいなくなり困っているらしい。

 そして、代わりに貧しい人たちに声をかけて、商会に連れて来る算段をしていたそうだ。


 街のゴロツキがいなくなったのは、俺の分身である『自問自答』スキル『ナビゲーター』コマンドのナビーが一掃してしまったからではないだろうか。

 ナビーさんの仕事には、悪徳商会を困らせるという思わぬ追加効果があったようだ。


 それから商会としての動きでは、奴隷の販売を中止して商品だった奴隷たちを特別に用意した屋敷に住まわせているとのことだ。

 食事をしっかり与え、ワインまで振る舞っているらしい。

 話だけ聞くと、良いようにも思うが……何か引っかかる。


 そして販売しないにもかかわらず、新たに奴隷を仕入れようとしているとのことだ。

 貧しい家に、子供を奴隷として売るように持ちかけているらしい。


 もう一つ商会が最近力を入れているがワインの卸売らしく、街の宿屋や酒場に格安で卸しているようだ。

 今まで取引していなかったところも、通常の半値で商談を持ちかけて新規取り引きを増やしているらしい。


 ワインを仕入れる特別なルートがあるのだろうか……。


 もし半値くらいで売っても利益が取れるような仕入れルートがあるなら、商売として間違っているわけではない。

 少ない利益でも、『三領合同特別武官登用武術大会』や『光柱の巫女』の出現で、来訪者が増えることを考えれば、今のうちに販売ルートを増やしておくのも、一つの戦略だろう。


 ただ……何となく違和感を感じる。

 仮に安く仕入れるルートがあったとしても、わざわざ半値まで落として売る必要はないと思う。

 相場価格か多少下げる程度で売れば、かなり利益が出るはずだ。

 販売先を増やすのは、配送などの手間や経費もかかるから、同じ利益なら少ないところに高く売った方がいいと思うんだが……。

 まぁこれは販売戦略の考え方だから、どっちが良い悪いという問題では無いけどね。

 安売りしてもシェアを抑えてしまうということは、戦略としてありうるからね。


 敏腕デカのゼニータさんも、このワインの安売りに引っかかっているようで、『マットウ商会』で個人用に売っているワインと、酒場におろしている樽のワインを購入してきたらしい。


 何かが混入しているのではないかと考えているようで、『鑑定』スキルを持った者に見てもらうつもりらしい。


 そういうことなら、俺がすぐ『波動鑑定』で見てしまいたいが、『鑑定』スキルを持っていることは一応秘密にしているので、何でもありの妖精女神ニアさんに見てもらうことにした。


 ニアに鑑定してもらいつつ、俺も密かに『波動鑑定』をした。


 『名称』は『セイセイワイン』となっていて、別の飲み物になっているということはない。

 ただ『状態』表示が、『異物混入状態』となっている。


 やはり、まともなワインではなかったようだ。


 だが……詳細表示は、表示されない。

 何が混入されていて、どんな効果があるのかは分からない状態だ。


 ニアが鑑定結果を伝えると、ルセーヌさんもゼニータさんも、頷きながら思案顔になった。


「やはり……このワインには、何かあるのですね……」

「このワインを人々が飲むのは、危険だと思います。グリム様、どういたしましょうか?」


 ルセーヌさんとゼニータさんが言った。

 なんとなく……半日でぎこちない感じが取れてきたようだ。


「そうだね……本来ならこのワインを取り締まったり、商会に立ち入り調査に入りたいところだけど、『正義の爪痕』と繋がっていた場合、警戒されると困るからね。『正義の爪痕』と繋がってるかは、まだわからないんだよね?」


「はい。今のところ……それらしき形跡は発見できていません。今晩、改めて怪盗として潜入してみます。『正義の爪痕』と繋がる証拠がないか書類などを調べてきます」

「私も何かあったときのために、近くで待機して支援できるようにします」


 ルセーヌさんとゼニータさんがそう申し出た。

 怪盗を衛兵長が護衛するというのは、冷静に考えると変な話だが、ユーフェミア公爵の目論見通りこの二人は、いいコンビになりつつあるようだ。


「わかった。充分気をつけてやってね。それから、確証が掴めないときのために、次善の策をとっておこう。それも二人に頼みたいんだけど、いいかな?」


 俺がそう言うと、二人は首肯した。


 俺が二人に頼んだのは、『ワインすり替え作戦』だ。


 出荷前のワインを、異物が混入されてない別のワインにすり替えるという作戦である。


 他の商会で販売している通常のワインを大量に買って、すり替えてしまおうと思っている。


 これなら『マットウ商会』に異変を気づかせることなく、ワインを飲む人の安全も確保できる。

 最近増えているという酒場での喧嘩というか……急に酒癖が悪くなるということは、おそらくこのワインと関係しているだろうからね。


「すり替えるワインは、販売している商会から買ってもいいとは思いますが、この街の荘園で作っているワインですから、守護様に頼んで直接提供してもらってはどうでしょう?」


 ゼニータさんが、提案してくれた。


 なるほど……それはいいかもしれない。

 俺たちに流している事は極秘にしてもらって、すり替え用のワインを用意してもらうことにしよう。


 それから俺は、今回手に入れてくれた異物混入ワインを、王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんに分析をしてくれるように依頼した。

 どんなものが混入されているかを特定するのは、かなり大変な作業らしく、ドロシーちゃんでもできるかわからないらしい。

 知られていない未知のものだった場合、検出方法がなくて解明できない可能性が高いそうだ。

 でもそれならそれで、未知のものが入っているということがわかるから、それだけでも前進だからね。

 もちろん『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんも、協力してくれるとのことだ。


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